写真何でも情報 EXPRESSコラム・ギャラリー
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平成10年8月29日
ちょっとした撮影のコツや本格的な撮影方法、最新の写真・カメラ用語解説など写真とカメラに関する最新の話題を毎週さまざまな角度から取り上げていく「写真何でも情報 EXPRESS」。これを読んでスキルアップ!
「人の名前と地名は読めなくても恥ではない」と、昔からいわれていますが、この富山県には難しい地名が多くあります。2~3挙げてみますと、石動=いするぎ、氷見=ひみ、婦負=ねい、この婦負などは富山県人でなければ、ほとんど読めないでしょう。この婦負郡の中心的存在が八尾町です。“やお”と読まないでください。“やつお”です。
富山県では、おわら風の盆、こきりこ節、麦屋節が三大節です。この中で、もっとも情緒豊かなのが“おわら風の盆" といわれていますが、この行事が催されるのが八尾町です。自然豊かな町の雰囲気におわら踊りはピッタリな感じがします。
この“おわら" の舞いは三味線、太鼓、胡弓の音色に合わせて、情緒豊かに舞われますので、大騒ぎする祭のムードとはひと味もふた味も違います。威勢のいいのが祭で、少々の小雨でも決行されますが、衣装、楽器が繊細ですので、少しの雨でも中止になります。それだけに雰囲気を大切にする行事といえます。踊り手が無心になって踊る姿が何ともいえない美しさが漂います。この無心さを破らないのが見物人のいわばエチケットになっています。ぼんぼりに浮かぶ、浴衣姿に編笠の間から顔を覗かせたその姿を写真にして、多くの傑作が撮られていますが、踊りや演奏の邪魔にならないよう撮影してください。念のため。
飛騨山地から富山平野へ出る、その途中にある八尾町は道幅の狭い、細く長い坂の町です。平らな土地が少ない関係で、家並みもヒッソリした感じを受けますが、そのたたずまいにマッチしている“おわら風の盆" です。「風の盆」が始まったのは元禄時代(1668~1704年)徳川家綱の頃といわれていますから、随分と歴史のある行事です。その当時の雰囲気は現在のムードとは逆に、おもしろおかしく、どちらかというと内容が露骨過ぎ、これでは行事がすたってしまうと、芸達者な人達によって“芸”が主体になり、「お笑い」が入ってきたようです。これが“おわら”の由来という説もあります(豊年祈願の大きい藁の説も)。盆は8月が普通ですが、旧暦では9月になるそうで新暦になった時に旧の期日に合わせたようです。また、二百十日の風の吹く頃の意が名称に“風”ついたともいわれています。
ところで、富山県は火災、地震、犯罪が少なく、持家率は80.4%で全国第1位。道路整備率が全国1位、高等学校への進学率全国1位と住みよさが大きな特徴です。この背景には“婦負”のいわれがある、と語る人もいます。
『昔、昔の大昔、この婦負郡あたりを開拓したのが杉原彦という男神とさきた姫という女神の夫婦であったそうな。女神さんは一生懸命働き、ある時、畑で女神さんが倒れてしまい、男神さんが女神さんを背負って歩いたことから、この名がつき、この神話が富山県人にの心にあって、女性は働き者で、男性は女性に優しい土地柄になった』
富山県の方、本当でしょうか。
その真偽は別にして、八尾町は自然にも恵まれ、清流があちこちに流れ、1600メートル級の山も背後に控えていますので、秋には紅葉が映える土地です。坂の町の石垣、手すき一筋の伝統を守りぬいている八尾の和紙、桂の清水(八幡社の桂の根元から湧き出る水)、国の重要文化財に指定されている法華経蔓荼羅絵図(ほけきょうまんだらえず)のある本法寺、病魔退散の御利益がある川倉の不動滝など、見所も多く魅力いっぱいの町です。
なお、おわら踊り方教室も開催されていますので、参加してはいかがでしょう。また、おわら風の盆は小雨でも中止になりますので注意してください。(写真は八尾町役場 総務課から提供していただきました)
[交通アクセス]
富山駅からJR高山本線で越中八尾駅下車
富山市街・富山空港からバスの便あり
[問合せ]
八尾町役場商工観光課 0764-54-3111
越中八尾観光協会 0764-54-5138
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