いまも変わらない宮古島とフィルムカメラの魅力|テラウチマサト
はじめに
テクノロジーの進化は、撮影スタイルや撮影技術を時々で大きく変えてきた。時代の流れや宿命として自分なりに理解はしているつもりだが、写真家人生を振り返ってみても、モータードライブやワインダーが出たとき、はたまたオートフォーカスの出現によって撮影方法や習得すべき技術は微妙に変化してきたことを思い出す。
今年2022年4月に写真集「宮古島 アゲイン 再会」を出版した。この写真集は、1990年から2000年代初めに撮影した宮古島の作品と、新たに2022年に撮影した宮古島の作品の両方を綴っている。一方はキヤノンEOS-1NやEOS-1Vで撮ったポジフィルムによる作品、もう一方はニコンZ9で撮影したデジタル作品によるもの。
今回は写真集「宮古島 アゲイン 再会」から、ポジフィルム作品の一部を紹介しながら、デジタル全盛の時代だからこそ感じるフィルムの魅力をお伝えしていきたい。
フィルムからデジタルへ。大きく変化した撮影のスタイル
写真家人生を振り返って、私にとっての一番大きな変化は、フィルムからデジタルになった事だ。撮影のやり方だけでなく、写真家という職業の在り方、揃えなくてはいけない機材、撮影に関する知識等いろんなことが大きく変貌を遂げた。
フィルム時代には意識しなかったPCや周辺機器、レタッチソフト。デジタルデータが大きくなるにつれてそれらにかかる金額も知識の必要性も大きくなったし、スタジオでの撮影の変化や求められるカメラバッグの在り方さえも大きく変わった。何より機材(周辺機器含め)そのものの費用とランニングコストが嵩むことが大きな変化だ。PCやモニターにここまで費用をかけるなんて想像もしていなかった。
フィルムカメラでの撮影の方が実は安くあがるのではなかろうか?と思うこともある。いまも機材庫には、フィルムカメラ用に準備したカメラバッグとフィルムカメラの愛機であるEOS-1V、それにレンズが綺麗に収められ鎮座している。
そんな中、稀にフィルムで撮ってほしいというオーダーが来ることがある。CMディレクターやADのリクエスト、編集長の考え、嗜好性など様々な理由でフィルムカメラでの撮影希望が入るのだ。だから、中判や4×5カメラ、一眼レフカメラがときどきひのき舞台に立つ。
久方ぶりに使うと、撮り方の違いに一瞬戸惑うこともあるけれど、それがフィルムカメラの楽しみだと思えることは多い。カメラの裏蓋が開くのを見て驚くアシスタントもいる(笑)。
フィルム撮影の醍醐味は撮影現場にある
何がフィルムカメラで撮る楽しさかと言えば、いちばんは撮影枚数に制限が加わることだ。例えば、一度に撮れる枚数がいちばん多い36枚撮りフィルムでも当然ながら撮影出来る制限は36枚。そうなれば無駄撃ちは極力避けたいし、結果、1枚1枚の撮り方がとても丁寧で研ぎ澄まされた精神の中での撮影になる。シャッターチャンスという言葉の重みをひしと感じる。この緊張感がたまらなく楽しいのだ。
デジタルカメラの記憶メディアの容量を出来るだけ小さなもので撮ってみれば、その緊張感と現場での気の使い方、丁寧さが理解できるだろう。
また、撮影枚数30枚を超えたあたりから、いつフィルムチェンジをしたらよいか、そのタイミングを考えながら撮ることになる。
例えば動物撮影、例えば撮影リズム重視のポートレート。刻一刻と変化していく朝日や夕日におけるランドスケープでも、フィルムが途切れてチェンジする時間というのは、タイミングを間違えると致命傷になる。だから、2台のカメラを用意しておくことも必要だし、アシスタントから2台目のカメラをタイミングよく渡される瞬間も実はとても気持ちが高揚するものだ。何だか手術中のドクターが助手からタイミングよく医療機器を渡されたようなプロフェッショナルな現場感というか、とにかく撮影時の緊張感はデジタルのときに比べて、負けたら終わりのトーナメント戦のような趣があり気が抜けない。
それがワクワクとしたテンションへと繋がる。そして、結果として写真を上手くしていくようにも思う。
昔、郷ひろみは、「会えない時間が愛育てるのさ」と歌っていた(もう知らない人が多いだろうか?)。会えないから思いが募るということだと理解していたが、それと同じかどうかわからないけれど、撮影中に仕上がりが見えないフィルム撮影の場合、現像が上がってくるまでに「ああすれば良かった!」や「こうすれば良かった!」などと思いや悩みが生まれてくる。それが会えない時間に愛を育てるのと同じように、上手く撮れていたかを真剣に振り返ることで「この方法があったな!」と撮影技術を向上させていたと思うし、反省も含めて撮影と真剣に向き合っていたと思う。
カメラを選ぶ時の基準
実は、デジタルになってから様々なメーカーのカメラを使うようになった。その理由のうちの一つにも、フィルムとデジタルの特長の違いがあると思う。フィルムカメラでは、フィルムを入れ替えることで、写真の仕上がりテイストを変えて撮ることが出来た。例えば、ポジフィルムで撮る場合、フジフイルムのベルビアやプロビアなどフィルム自身の持つテイストでフィルムを選べば、カメラは使い慣れた1台で対応できた。今は、カメラ自体の発色傾向で使い分けることも多い。
フィルムカメラでのカメラ選びは色味とかでなく、カメラの操作性の良さとカメラ自体の耐久性、堅牢度、防水、防塵などボディへの信頼度で購入を決めていた。
また、写真家の仕事の魅力は仕事離れの速さでもあった。現像後のフィルムを依頼先に渡せば仕事完了!デジタルの場合は、レタッチなど撮影を終えてからの時間が意外と長くなることに気が付く。
フィルムで撮影するときは、キヤノンのEOS-1NとEOS-1Vを使う。1990年代から2000年代初期のメイン機がEOS-1Nで、2000年代以降はEOS-1Vを使っている。
今年2022年4月に出版した「宮古島 アゲイン 再会」は、大きく変貌したといわれる宮古島に、約20年ぶりに訪れ再会した懐かしい風景や人たちの、変化しなかった部分を主に狙って撮影し、当時ポジフィルムで撮影した作品と一緒に発表をした。撮影時代順ではなくテーマ性や写真の流れを重視して写真集が構成されたことで、宮古島自体の時の流れによる変化も、フィルムとデジタルによる写真の差や違いもあまり感じさせないものに仕上がった。
今、フィルムカメラで撮影するということ
スランプに陥ったら、使用カメラを変えたり、カメラのメディアサイズを変えろとはよく言われたことだが、今は思い切ってフィルムカメラで撮ってみるのも面白いと思う。いろんな意味で付加価値がつく。
存在の価値を全否定して、芸術の使命は“考えるきっかけを与えること”と主張したダダイズムのように、今の写真の変化はステートメントや付加価値を重視する流れもある。そんなことにもフィルムで撮ったという付加価値はあっているかもしれない。
写真集「宮古島 アゲイン 再会」
https://cmsinc.shop-pro.jp/?mode=cate&cbid=2799035&csid=0
人の心をつかむ写真表現 ~ PHaT PHOTOオンライン写真教室 ~
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■写真家:テラウチマサト
1954年、富山市生まれ。ポートレイト、風景、プロダクトから空間まで、独自の表現手法で常に注目を集める写真家。中でも、ポートレイト作品においてはこれまで6,000人以上の俳優、モデル、タレント、経営者などの著名人を撮影。テラウチにしか撮らせないという声も多い。2012年パリのユネスコ内にあるイルドアクトギャラリーにて、葛飾北斎の浮世絵と共に富士山写真展開催。写真家としてのクリエイティビティを活かした幅広い創作活動を得意とし、2014年10月より富山市政策参与に就任。河口湖 音楽と森の美術館の特別国際学芸員も務める。日本写真家協会会員。