スローシャッターで創り出す幻想の風景写真|八木千賀子
はじめに
こんにちは。風景写真家の八木千賀子です。
みなさんはスローシャッターで撮影することはありますでしょうか。
スローシャッターと言ってイメージするのは、滝や渓谷で水の流れを流して霧のようにするイメージかと思います。ですが、風景写真の中にスローシャッターを取り入れてみると、スローシャッターで流れた部分が幻想的になり写真の中でアクセントになります。まだあまりスローシャッターを撮られたことがない方はぜひチャレンジしてみてください。
スローシャッターとは?
カメラのシャッタースピードは、カメラのシャッターが開いて露光する時間の長さを表します。シャッタースピードは撮影時に光がセンサーに当たる時間を制御し、シャッタースピードが早い(例:1/1000秒)場合はシャッターが瞬間的に開閉するため、光がセンサーに当たる時間が非常に短くなります。この場合は被写体の動きや光の変化を瞬時に記録するので、シャープな写真を撮影することが出来ます。
一方、スローシャッターはシャッタースピードが遅い(例:1秒以上)場合で、シャッターが長時間開いているためセンサーに光が長く当たり、移動する被写体や動き、光の変化などがぼかしながら捉えられ、写真に動きや流れの表現がうまれます。カメラのシャッタースピード(露光時間)を長く設定して撮影すると、人の目では見ることのできない写真ならではの世界を写すことができます。
風景写真は被写体ブレを嫌いますが、スローシャッターで撮影することで「躍動感」や「静寂さ」を表現することができるため、写真に自分の思いをのせやすくなります。スローシャッターを生かすことで「流動」「動感」を静止画である写真から感じることができるのです。
スローシャッターというと滝や渓流をイメージすることが多いのではないでしょうか。ですが、さまざまな風景写真のスパイスとして動きのあるものをスローシャッターでいれることが出来ます。例えば風を例に挙げてみると、普段は被写体ブレがおこりシャープさが失われるため、風がある日はISO感度を上げシャッタースピードを上げるか、風が止むタイミングを見計らって撮影するのがセオリーです。しかし風を逆手にとることで、例えば麦畑に吹き抜ける風を写真の中に表現することも可能です。風は見ることはできませんが、被写体の動きとスローシャッターを組み合わせることで視覚的に見ることのできない風を写真の中に表現することが可能なのです。
動くものであればどんなものでも表現することができます。海の波、水の流れ、雨や雪、風にたなびく霧。風景だけに限らず車の光跡や野鳥など、スローシャッターによる写真ならではの動感の表現が可能なのです。
スローシャッター表現に必要な機材
カメラ・レンズ・三脚
スローシャッター撮影の場合、長時間シャッターを開けるため手ブレする可能性があります。最新のカメラは手ブレ補正がすぐれており、例えばEOS R5であれば最大8.0段の手ブレ補正効果があるので、三脚なしにスローシャッター撮影することもできるようになってきました。ですが、さらに長くシャッターを開けたいときや構図を安定させたりするためには三脚はあると安心です。
レリーズ(リモートコントローラー、ワイヤレスリモコン、携帯アプリからリモートライブビュー撮影)
シャッターを押す際にブレが発生することがあるため、レリーズを用意しておくと防ぐことができます。有線タイプのものから無線・Bluetoothで繋がるものまであります。まだ持っていない、忘れてしまった場合などは、カメラと携帯アプリを接続することでリモート撮影することもできます。離れたところからリモートライブビューで撮影することで、自分の振動も防ぐことが可能です。
NDフィルター
朝夕や夜間は暗いためスローシャッター撮影に向いていますが、日中に滝や渓谷で撮影する際は、レンズの限られた絞り値ではシャッタースピードにも限りがあります。F22まで絞ってしまうと小絞りボケが発生してしまい画質が低下するため、あまり絞り込むことが難しくなります。そういう状況で光の分量を調整し、絞りとシャッタースピードをコントロールすることができるのがNDフィルターの役割です。明るい状況でシャッタースピードを遅くするのが一般的な使い方ですが、強い陽射しなどの状況で絞りを開けて背景をぼかしたい状況でも使用することができます。
通常撮影で使いやすいのは「ND8」(3段減光)を1枚もっておくとほぼイメージ通りの動感を得ることができます。NDフィルターは重ね付けが可能なので、違うNDフィルターを用意しておくと撮影の幅が広がります。最近では可変NDフィルターもあり一枚でさまざまなND効果を得ることもできます。
フィルターワークでの注意点
渓流などでスローシャッター撮影をする際、水面などの反射や樹々のテカリを抑えたい場面も出てきます。その際はPLフィルターとNDフィルターを重ねることができます。その際、装着する順番としてはNDフィルターを取り付けてからPLフィルターを装着するようにしてください。反対にするとPLフィルターからNDフィルターが外せなくなることがあります。
NDフィルターを2枚重ねて使用することは可能ですが、フィルター同士の内面反射で画質に濁りがでることがあります。その際は減光効果の大きなフィルターを外側につけることで内面反射を抑えることができます。また広角側で撮影する際、フィルター枠が画面に映りこんでしまいケラレてしまう場合があるので注意が必要です。
シャッタースピードでできる表現
スローシャッターといっても被写体や表現によってもスピードは違ってきます。またレンズの焦点距離やフレーミング、被写体の動く速度によって変化するので一概にこのスピードでということは言えませんが、夕景や夜空などゆっくりと動く雲なのでは30秒程度で撮影すると写真のアクセントになります。
風を表現するのであれば1秒程度、水の動きや流れを表現する場合は1/15秒以下のシャッタースピードで撮影するのがおすすめです。水流はシャッター速度で大きく表現が変わってきます。数秒シャッターを開けると水流は綿のようになり、1/15秒程度であれば水の動きが残り写真に動きが生まれます。
日没後の状況で左の写真はシャッタースピード1秒とスローシャッターで撮影していますが、風がなく雲の動きがゆっくりであまり動きは感じられません。それに比べ60秒で撮影している右の写真は雲が流れたことで動きが生まれ、車の光跡も重なり写真の中に動感を感じることができます。
左の写真のシャッタースピードは1/15秒で奥に見える滝は流れていますが、動きを感じることができます。また手前の水面も水の揺らぎを感じます。右の写真では滝は綿のように白くなり手前の水面も滑らかに柔らかく表現されています。これはどちらのシャッタースピードが良いではなく、撮影者の表現したい意図によって選ぶことが大切です。
広角レンズを使いダイナミックに表現する
広角レンズは遠近感を強調することができます。スローシャッターと組み合わせることで動感がうまれ、ダイナミックな表現が可能です。峠に登ってくる強い風で手前の笹の揺れは大きく、奥の樹々の揺れは小さく表現されます。これにより手前の笹の揺れが強調され、より迫力のある動感を得ることができます。風によってうまれた揺れを主題にする際は広角レンズを使用し、被写体にぐっと近寄って撮影します。
水面を柔らかに表現する
水の流れが分かりやすい滝や川に比べ、湖や海面は一見すると動きがないように思えますが、風の影響や流れなどによりゆっくりと動いています。スローシャッターを選ぶことで柔らかな印象の水面を表現することができます。さざ波や揺らめきが消え、水面に写りこむ反射も柔らかになるので幻想的なイメージとなり、写真の中から動きが消えて物音ひとつない静謐な一枚となりました。
「静」と「動」の要素を入れ対比させる
写真の中に対比がうまれるとメリハリがうまれ被写体それぞれが引き立ちます。スローシャッター撮影での対比は動く被写体と止まっている被写体となります。動いている被写体のみをフレーミングするとイメージ的な描写になり写真から物語を感じにくくなります。そんな時は静止している部分をいれることで対比がうまれます。「静」と「動」を対比させることで、より動感が強調されます。
まとめ
スローシャッターは動きや時間の経過を表現したり、人の目では見ることのできない世界をカメラを通して表現することができます。滝の水が滑らかに流れたり、目には見えない風の動きを写しとめることができたりします。スローシャッターは写真撮影の創造性を広げてくれる手段にもなり、被写体や撮影条件などさまざまな表現が可能なので、撮影者の思いや個性・アイデアを写真にのせることができます。写真を通じて時間や動きを感じ、静けさや美しさを表現するためにはスローシャッターは重要な役割を担ってくれます。
これからの季節、川や渓谷などで撮影の機会が増えると思います。ぜひスローシャッターで自分なりの表現を探してみてください。
■写真家:八木千賀子
愛知県出身。幼い頃より自然に惹かれカメラと出会う。隻眼の自分自身と一眼レフに共通点を見いだし風景写真家を志す。辰野清氏に師事し2016年に【The Photographers3 (BS 朝日)】出演をきっかけに風景写真家として歩み始める。カメラ雑誌、書籍など執筆や講師として活動。