都市景観における日中の長時間露光撮影|技術的考察から芸術作品への昇華まで

Amatou
都市景観における日中の長時間露光撮影|技術的考察から芸術作品への昇華まで

はじめに

初めまして。写真家のAmatouと申します。私の専門は都市景観における日中の長時間露光であり、これをファインアートフォトグラフィーへと昇華させることに重点を置いています。
長時間露光というと、一般的には星景、渓流、都市夜景などのイメージが強いかもしれません。しかし、この長時間露光は日中の都市景観においても独特な表現を可能にする手段となります。
今回は、都市景観での日中の長時間露光の技 術的側面やその魅力、撮影における重要なポイント、そしてそれらをどのように芸術作品に昇華させるかについてご紹介します。

日中の長時間露光の技術的考察

■使用機材:Nikon Z 9 + NIKKOR Z 24-120mm f/4 S
■設定:ISO100 36mm f14 420秒(ND64+ND1000)

長時間露光は、時間を超える光の軌跡を1枚の画像に収めることができる撮影方法です。この撮影方法は、都市景観において、静止した建造物と動く要素(雲、川、人など)の間で生じる時間的コントラストを際立たせます。日中の撮影では、NDフィルターを活用して強い日光下でのシャッタースピードを劇的に遅くすることで、通常目に見えない流れや動きを捉えることができます。

ビルや橋梁などの建造物は、その計画と設計に技術的な精度が求められます。これらは日中の長時間露光において理想的な被写体となり、その形態や構造が時間を超えた形で表現されます。例えば、強風が吹く中での摩天楼の撮影では、動く雲と静止したビルを1つのフレームに収めることで、都市のダイナミズムと静謐性が同時に表現されます。

■使用機材:Sony α7R V + FE 12-24mm f2.8 GM
■設定:ISO100 12mm f14 170秒(ND32+ND1000)

日中の長時間露光の独特な魅力

日中に長時間露光撮影を行うことで、変化する雲や流れる水などの動的要素と、静的な建造物の間のコントラストを強調し、通常見過ごされがちな都市の風景に「時間」という概念を組み込むことができます。日中の長時間露光技術の習得は、単なる撮影を超えて、時間と空間を新たな視点で捉える、芸術的作品へと昇華します。これにより、慣れ親しんだ都市景観を異なる視角から捉え、観る人に全く新しい視覚体験を提供できると考えております。

私はSNSや作品展を通じて日中の長時間露光の作品を発表しています。その際、観ていただいた方から「知っている街だけど、初めて見るような不思議な感覚を覚えた」という感想を多くいただいています。

■使用機材:Sony α7R V + FE 24-105mm f4 G OSS
■設定:ISO100 24mm f8 330秒(ND64+ND1000)

日中の長時間露光による撮影は、時間という抽象的な概念を具体的なビジュアル表現に変換する力を持ちます。この技法を駆使することで、一枚の写真が持つストーリーテリングの可能性は飛躍的に増し、観る人に強い印象を与えることができます。これにより、写真は単なる瞬間の記録から、時間の流れを感じさせる深い物語性を持った作品へと昇華します。

機材

日中の長時間露光に必要な機材について紹介します。

三脚と雲台:日中の長時間露光撮影ではカメラの固定が必須です。露光時間が長くなるほど、三脚の質と安定性が重要になります。適切な耐荷重を持つ三脚を選ぶことで、カメラのブレを防ぎます。

NDフィルター:日中の撮影においてNDフィルターは不可欠です。光量を適切に制御し、長い露出時間を実現します。私はさまざまな光条件下で柔軟に対応できるよう、ND8、ND16、ND32、ND64、ND1000のフィルターを所持しており、撮影条件に応じて適切なNDフィルターを選択しています。

レリーズ:カメラによってはシャッタースピードが一定数を超える場合はバルブモードでの撮影が必須になるものもあります。レリーズを使用することでバルブモードでの撮影の際に露出の開始と終了を正確にコントロールし、適切な露光時間で撮影することができます。

撮影設定

■使用機材:Nikon Z 9 + NIKKOR Z 24-120mm f/4 S
■設定:ISO100 80mm f8 421秒(ND64+ND1000)

続いて日中の長時間露光での設定について説明します。
日中の長時間露光撮影では、過剰な太陽光を制御しながら必要な露光を確保することが必要です。そのため、NDフィルターを使用して光量を調節し、適切な露出時間を見つけ出すことが重要になります。

絞り値はF8〜F14に設定し、ISO100など常用ISO感度で一番低い値に設定することでシャープな写真を撮ることができます。シャッタースピードは使用するNDフィルターや、雲や水など動的要素をどの程度流すかに応じて変更します。シャッタースピードの選択に絶対的な正解はなく、撮影者の芸術的な判断に委ねられます。

私は長時間露光で流す被写体として雲や川、海を好んでおりますがその場合はそれぞれ以下の点に気をつけてシャッタースピードを決めております。

:雲の大きさや厚み、風の強さを細かく観察し、雲の形を明瞭に残したい場合は比較的短い露光時間を設定します。一方で、雲の形をより抽象的に表現したい場合は、長い露光時間を設定します。

川や海:波の動きの強さを確認し、試し撮りを行った上で、波を適切に抽象化できるシャッタースピードを決定します。波のテクスチャーと動きが写真にどのように影響を与えるかを慎重に考慮することが求められます。

ここでシャッタースピードの違いによる表現の変化について具体例を挙げてみましょう。まず、シャッタースピードが30秒の写真から見てみます。

■使用機材:Sony α7R V + FE 24-105mm f4 G OSS
■設定:ISO100 24mm f8 30秒(ND8+ND1000)

この設定では、雲の形が完全には抽象化されず、雲の動きが一定程度表現されています。また、水面の波も完全には平坦化されておらず、自然の動きが少し感じられます。

次に、シャッタースピードが5分30秒の写真を見ると、30秒の設定とは大きく異なります。

■使用機材:Sony α7R V + FE 24-105mm f4 G OSS
■設定:ISO100 24mm f8 330秒(ND64+ND1000)

この長い露光時間により、雲のテクスチャーは消失し、完全に抽象化された形で表現されています。水面についても、ほぼ全ての波は平均化され、より平坦で静かな印象を与えるように変化しています。

 

これら2枚の写真を比較することで明らかなのは、シャッタースピードが短い(数秒から数十秒)場合はより現実に近い、具体的な動きを捉えることができる一方で、シャッタースピードが長い(数分)場合には非現実的、幻想的なイメージを生み出すことができるという点です。

このようなシャッタースピードの調整は、被写体の動きや環境の特性をどのように表現するかを決定する重要な要素となります。長時間露光におけるシャッタースピードの選択は、単に技術的な操作にとどまらず、撮影者の芸術的なビジョンを形にするための手段としての役割を持っております。

■使用機材:Nikon Z 9 + NIKKOR Z 24-120mm f/4 S
■設定:ISO100 42mm f9 280秒(ND64+ND1000)

シャッタースピードの選択に絶対的な正解は存在しないため、日中の長時間露光撮影に挑戦し始めた時には、必然的に試行錯誤が必要になります。例えば、「現在の風速が何メートルで、この程度の厚みの雲が存在するため、表現したい雲の形にするにはシャッタースピードをどの程度に設定すべきか」といった判断を肌感覚で行えるようになるまでには時間がかかりますが、根気強く続けることが重要です。

私は日中の長時間露光に挑戦し始めてから3年ほど経ち、自分の中での適切なシャッタースピードの判断を瞬時に行えるようになりましたが、空の変化という自然の要素を相手にしているため、予測が外れることもあります。時には予想外の結果が期待以上の写真を生むこともあります。このような不確実性も日中の長時間露光撮影の魅力と言えるでしょう。

■使用機材:Sony α7R V + FE 12-24mm f2.8 GM
■設定:ISO100 12mm f14 170秒(ND32+ND1000)

効果的な構図の原則と技術

長時間露光では、静的な要素と動的な要素をどのように組み合わせるかが重要です。例えば、堅牢な建造物の後景に流れる雲を配置することで、写真に動きを加えることができます。こうした対比は、都市の持つエネルギーと静寂を同時に捉えることができます。

構図を決める際の注意点について、特に日中の長時間露光撮影では、空や川などの動的要素が目立ちやすいため、これらがフレーム内の大部分を占めるような構図で撮りがちになってしまいます。しかし、撮影の主題はあくまでも建造物であるべきです。

■使用機材:OM-1 Mark II + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II
■設定:ISO200 12mm(35mm判換算24mm) f8 40秒(ハイレゾショットにより8枚を自動合成 合計約320秒露光 ND8+ND1000)

動的要素は、この主題をより際立たせ、補完する副題として機能させることが理想的です。
建造物を中心に据えつつ、それを取り巻く環境との調和を図ることで、単なる記録以上の芸術作品を創り出すことが可能になります。

後処理による芸術的表現

日中に長時間露光することで非現実的な写真を撮ることができますが、後処理で一工夫することでより芸術的表現が可能になります。
空の青色や草木の緑色などの自然物の彩度は人の視線を誘導する働きを持っております。日中の都市景観作品において、主題となるべきは建造物であり、それ以外の空や川、木々はあくまでも副題となります。

そのため、自然物の彩度を下げることによって建造物の輝度に目線がいくようになり、より芸術的な作品に仕上げることができます。

■使用機材:OM-1 Mark II + M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II
■設定:ISO200 12mm(35mm判換算24mm) f8 60秒(ハイレゾショットにより8枚を自動合成 合計約480秒露光 ND64+ND1000)

ただし、この解も私が辿り着いた一つの方法であり、レタッチにおいて絶対的な解はなく、個人の自由であると考えております。

最後に

日中の長時間露光撮影によって、光の流れや時間の経過を1枚に捉えることができますが、それが都市の構造と結びついたとき、より一層の深みをもたらすと私は考えております。特に、建造物の静謐さと、雲や川などの流れる動きとの間で生じる視覚的対比は、印象的な景観を創出します。

長時間露光によって捉えた都市景観は、単なる記録を超えた芸術的表現へと昇華し、観る人に時間の流れを体感させる作品となります。これは、写真が単に被写体の美を追求するだけではなく、撮影者の深い思索を促す芸術形式であることを示しているでしょう。
今回は都市景観における日中の長時間露光撮影に関してご紹介しましたが、皆様がこの表現手法を通じて自身の創作活動に新たなインスピレーションを得ることができれば幸いです。

 

 

■写真家:Amatou
1995年千葉県生まれ。非現実的な都市景観の表現をコンセプトとしたファインアートフォトグラフィーをメインに撮影している。その独特な世界観が評価され、International Photography Awards、Sony World Photography Awardsをはじめ、国際的写真コンテストで数多くの上位入賞を果たす。

 

 

関連記事

人気記事