映画の中の、あのカメラ|06 007/消されたライセンス(1989) オリンパス OM-4 Ti

映画の中の、あのカメラ|06 007/消されたライセンス(1989) オリンパス OM-4 Ti

はじめに

皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。

人気スパイアクションシリーズの第16作

今回取り上げる作品は、ジョン・グレン監督『007/消されたライセンス』(1989)です。お馴染みのスパイアクションシリーズ第16作目で、主演はジェームス・ボンド4代目で細面の色男ティモシー・ダルトン。ボンドの親友でCIAエージェントのフェリックスが、こともあろうに彼の結婚式のその夜、マイアミの自宅で新妻を殺され、本人も半身不随の重傷に。襲撃の黒幕は中南米の麻薬カルテルを仕切る億万長者のサンチェス。ボンドは個人的な恨みから復讐を果たすべく行動を起こしますが、サンチェスの逮捕はアメリカの国内問題だから手を出すなと、英国諜報機関はボンドの持つ“殺しのライセンス”を剥奪してしまいます。

オープニングタイトルに突如として登場するカメラ

007シリーズって、オープニングのタイトルロールの音楽とかモーショングラフィックのセンスが英国っぽくてクールでセクシーですよね。本作も例外ではなく凝った映像表現とタイポグラフィーにサウンドが絡み合った高品質なクリエイションを感じさせてくれるものですが、そこにスクリーン一杯で大写しされた1台のカメラが登場します。

それが今回ご紹介するオリンパス OM-4 Tiなのです。チタンの外装にシャンパンゴールドのペイントが施されたボディカラーは007の世界観にマッチするゴージャスだけど繊細な雰囲気。ボディに装着されたズイコーレンズの中から本編映像が丸ワイプ的に映し出されていく演出になっています。

オリンパス OM-4 Tiってどんなカメラ?

ちなみにオリンパス OM-4 Tiが出てくるのはオープニングタイトルのみで、本連載の第2回で取り上げた「007/サンダーボール作戦」の初期型ニコノスのように、劇中の本編で小道具として活躍してくれないのは少々残念ではあります。

オリンパス OM-4 Tiは、1983年発売のOM-4をチタン外装化して1986年に登場した35mm判マニュアルフォーカス一眼レフで、絞り優先オート/マニュアル露出が可能。フィルム巻き戻しクランクの基部に露出モードとフィルム感度設定および露出補正ダイヤルを配置してあり、シンプルな操作系です。オリンパスのOMシリーズはマニュアル露出のM-1(後にライツからのクレームでOM-1に改称)、絞り優先オートに対応するOM-2があり、偶数番のOM-4はOM-2の進化判。OM-4を機械式シャッターのマニュアル機にしたのがOM-3という位置付けです。

OM-2から継承されるダイレクト測光

オリンパスOM-2が登場した1975年当時、計測した露光値を絞り優先オートのために一時的に記録する電子デバイス回路は高価で部品のサイズも大きなものでした。この課題に対し、先行して発売されていたマニュアル機のOM-1と同一サイズ・操作感をAE機でも実現させたいという確固とした信念から設計家の米谷美久氏が採用したのがTTLダイレクト測光方式です。

受光素子をミラーボックス下部に配置し、フィルム面からの反射光をリアルタイムでセンシングして規定量に達したら後幕をスタートさせることで記録装置なしに絞り優先オートを実現。シャッター先幕には一般的なフィルムと近似値の反射率を持つランダムパターンの矩形が配置され、その伝統はOM-4 Tiにも受け継がれています。

スポット測光とハイライト・シャドウの制御

OM-4 Tiのシャッターボタン周辺部には、この当時のMF一眼レフであればシャッターダイヤルが配置されているスペースにボタンが並んでいます。本機の露出計は中央重点平均測光ですが、SPOTのボタンを押すことで画面中心部だけを測るスポット測光に切り替えることが可能。そのボタンの脇には、小さな四角いボタンが縦に2つ並んでいます。

普通の露出計は18%の標準反射板のグレーのトーンが出るように設定されていますが、そのままの計測数値で雪景色やフライパンの上のムール貝などを撮影すると、白い雪や黒い貝ではなく、どちらもグレーに写ってしまいます。そこでハイライトおよびシャドウボタンを押すことで白いものは白く、黒いものは黒くフィルムに写し込むことができるという機能を搭載し、反射式の露出計の宿命を克服しようとしているのです。

メモリ装置を搭載したからできること

OM-4の時代にはメモリ回路を構成するデバイスが安価で小型になってきたことから、OM-1およびOM-2と同等のサイズを維持しながらメモリ機能を搭載しています。とはいえ通常のメーカーのように“より簡単に撮影できるように技術を使う”のではなく、“より高度で複雑な撮影プロセスができるように技術を使う”という、いわば玄人思考の設計思想が盛り込まれています。これは米谷氏がカメラの設計家であると同時に写真撮影を極めようとする求道者でもあったことに由来しているのだと強く感じます。

すなわちOM-4 Tiは、スポット測光で被写体の複数のポイントを計測し、それを積算・平均化した数値で撮影ができるのです。スポット測光した値はファインダー下部のシャッター速度インジケーターにドットが表示され、次々にドットを置いていくと最大8ポイントまでの平均値がバーグラフで表記されるというマニアックなユーザーインターフェイスを搭載。シャッターレリーズ基部の突起を→MEMORY方向に操作すると算出されたシャッター速度を固定して撮影が続けられます。

ちょっとだけ飛び出したペンタプリズムの稜線

ファインダー下部に表示されるシャッター速度のインジケーターは、1980年代の高級オーディオのピークメーターのような意匠で透過式の液晶を用いたもの。ペンタプリズムの正面ロゴ上には、採光用の窓があります。その光路を確保すべく、ちょこっとペンタプリズムカバーが飛び出してしまっているのがOM-4およびOM-3シリーズの特徴です。

他の部分は先輩のOM-1やOM-2と同じサイズなのですが、この出っ張りがあるためにレンズマウント基部にあるシャッター速度がカメラを天面の真上から見た時に判読できないんですね。だからマニュアル露出でシャッター速度の設定を目視するには、少し斜めの角度から見てあげる必要があります。

まとめ

オリンパスOM-4 Tiの説明をしてきましたが、本稿に登場する機体はTiではなくTと刻印されています。これは海外の販路保護のため輸出用の一部に採用されたものというのが通説です。Tのタイプが流通したのは欧州市場ではなかったのか、あるいは国内仕様のものをオリンパス本社が日本から送ったのか、劇中のオープニングタイトルで登場するOM-4はTではなくTi表記のモデル。TとTiでカメラの内容に異なる点はなく、どちらも凝りに凝った露出計の操作でフィルム撮影が楽しめるカメラです。

ちなみに映画の本編には交換マガジンに22口径の高速弾を装填する仕様のハッセルブラッド改造ライフルや、透視撮影および超強力な可視光レーザー照射装置を装備したポラロイドスペクトラなど殺傷能力の高い改造カメラも登場しますので、そちらもお見逃しなく。

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

 

 

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