映画の中の、あのカメラ|04 未知との遭遇(1978) Rapid Omega KE-58[A]
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。
UFO遭遇事件と、宇宙人とのコンタクト
今回取り上げる作品は、スティーブン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』です。本作は1977年に米国、1978年に日本で公開されたSF映画。追加シーンを加えた1980年の『特別編』、2002年の『ファイナル・カット版』などがありますが、世界各地で発生するUFO遭遇事件を経て最後に果たされる宇宙人とのコンタクトを描いた名作です。
人間は、不可思議なものを目の前にすると何をするのか? 2020年代の現在ではスマートフォンのカメラを起動して撮影するというのが一般的なリアクションだと思いますが、この映画は1970年代の後半に制作されたもの。だから、登場人物たちはさまざまな種類のフィルムカメラを携えています。
劇中に登場する見慣れない中判カメラ
UFOに関連していると思われる現象を追い、学者や民間人、国連および米軍関係者で構成された調査チームが向かった先はモンゴル。見渡す限り砂山しか見えないゴビ砂漠のど真ん中に、長年にわたり行方不明になっていた大型船コトパクシ号が忽然と姿を現していたのでした。まずは先発隊のヘリが空撮で状況を記録。その機材は映画制作当時に発売されたばかりのニコンFMと望遠レンズにモータードライブの組み合わせです。一方ランドローバーで移動する一行の携行する撮影機材としては、インテリの民間人が持っているのがハッセルブラッドの500C/M、同行する軍人と思われる人物が携行していたのが今回取り上げるラピッドオメガという中判カメラなのです。
ラピッドと名乗るだけに速射性を重視
ラピッドオメガの最大の特長は、カメラを構えた時に右手の位置にあるプッシュ・プル式のレバーをジャキーン!ジュキーン!と一往復させるとブローニー判のフィルムが6×7サイズ1コマぶん巻き上げられると同時に、シャッターチャージも行うことができるので迅速な撮影が可能なこと。だからラピッドという名前なんですね。
このレバーは板金加工された金属材料にノコギリ状の歯が立てられていて、いわゆるラック&ピニオン式で左右の動きを回転運動に変換する仕組み。ここに衣類などが巻き込まれてしまうと危険な気もしますが、何よりも撮影スピードを優先しているのが伝わってくる構造です。力任せにレバーを引いて、止まったら押し込む!という少々粗野な操作感は軍に所属する記録係の持ち物にピッタリという感じです。
ピント調整もラック&ピニオン式
プッシュ・プル式レバーを操作したら、その上にある直径40mmほどもある大型のノブを回してピント合わせを行います。ここの仕組みもラック&ピニオン式で、ノブを回転させることでレンズボードが繰り出されます。ここの挙動はあまり大きな力を必要とせずスムーズなもの。
ノブの内側には58mmと180mm、ノブの外周には90mmと135mmの距離目盛が米国仕様なのでフィート表示で記されています。いずれのレンズを装着した場合でも、ノブの操作と連動してファインダーの中心部には虚像式の二重像が現れ、迅速にピント合わせをすることが可能です。
撮影途中でもレンズ交換可能なシステム
こちらが標準レンズのスーパーオメゴン90mmF3.5を装着した状態です。フードを引き出すと絞り値に応じた被写界深度が読み取れる指標が現れ、フードを回転させてフィート表記の撮影距離を三角印に合わせるというアナログなギミックに痺れます。
レンズの光学系は3群4枚のテッサータイプでシンプルな設計ですが、撮影してみると驚くほどよく写るレンズです。シャッター速度はB、1、1/2、1/4、1/8、1/15、1/30、1/60、1/125、1/250、1/500秒というレンズシャッターでは一般的なスペック。機械式なので電池切れの心配はありません。
交換可能なフィルムマガジンを装備
ラピッドオメガ200では、レンズ交換だけでなくマガジンの交換も可能にするギミックを搭載していました。差し込み口に赤いアノダイズ仕上げされた引蓋は、撮影時にはマガジンの下方に収納することができるなど、きめ細やかな設計になっています。
マガジンと交換レンズを抜き出すとレンズボードの繰り出し機構とファインダーブロック、シャッターレリーズ機構などがボディに残されますが、着脱可能なパーツは全て機械的な連動によって制御されており、機械加工の精度が高くなければ作れない贅沢な仕立てです。
軍事物資としての登録名はKE-58[A]
映画の本編に登場する機体はマガジン交換のできないラピッドオメガ100というモデルでしたが、本稿でご紹介しているのは上位モデルのラピッドオメガ200です。その底面を見てみれば、軍用カメラであったという来歴を読み取ることのできるプレートがあります。
形式番号はKE-58[A]。軍用ライカとして有名なKE-7Aというカメラがありますけれど、それに近い番号ですね。納入先の商社と思われる表記の上にはMfd.By:Mamiya Camera Co.の文字が読み取れます。ということはラピッドオメガって日本のマミヤ光機が製造したカメラということなのでしょうか?
ラピッドオメガという名の小西六のカメラ
認識プレートにはマミヤ製とありますが、一般的な認識としてラピッドオメガは小西六写真工業が販売していた中判のレンジファインダー機であるコニカプレスをベースとしたカメラとされています。元をただせば米国のSimmon Brothers,Inc.が製造していた合体ロボっぽいプレスカメラの基本的構造を保ちながら小西六写真工業が改良し、米国ではKoni-Omegaという名前、国内ではコニカプレスとして発売されていたようですが、本機の製品名はRapid Omegaということで謎は深まるばかりです。
いずれにしてもコニカプレス用の交換レンズと互換性が保たれており、手元にある58mm広角レンズ、180ミリ中望遠レンズとも問題なく装着が可能でした。
まとめ
ちなみに本機の撮影フレームは、レンズを繰り出すと画角が縮小するという光学原理に則ってブライトフレームの範囲も狭まっていくもの。すなわち35mm判レンズシャッター機の名機コニカIIIAに採用された“生きているファインダー”と同じ構造のファインダーが搭載されています。パララックス補正だけでなく倍率補正までされる様子は見ていて気持ちのいいものです。
Rapid Omega KE-58[A]は、できるだけ早く情報量の多い画像を得るという目的に対して好適な中判プレスカメラであり、それゆえ『未知との遭遇』において軍に所属すると思われる記録班の使用する機材として採用されていたのだと思います。ゴツゴツして嵩張り、質量も1.8kg程度ありますが、これが20世紀カメラの手触りというものだと思います。
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。