世界の見え方が変わる。ルックの魅力で写真はもっと楽しく

内田ユキオ
世界の見え方が変わる。ルックの魅力で写真はもっと楽しく

前回の記事が好評だったそうで、ありがとうございます。まだ読んでいない方は先にそちらを見ると理解しやすいはずです。予告どおりルックについての第二話を。

ルックの計り知れないパワー

ぼくがルックの力を意識するようになったのは映画がきっかけ。たくさん見ているうちに最初の数秒の映像だけで「70年代頃のアメリカが舞台なんだな。お金がかかってそうだぞ」「このハッピーな感じは恋愛ものか、気楽に見られて今の気分にピッタリ」「このネオンの色はサイバーパンク? 安っぽいストーリーじゃないといいな」といったことがわかるようになります。
こんなときのルックは、これから始まる映画の自己紹介であり、取扱説明書のようなもの。有名な俳優や好きな監督であってもがっかりする作品はありますが、ルックに魅了されたらその映画に失望することはまずありません。

よいルックを作ることはそれだけ大変で、そこに気遣っている映画は真剣に見る価値があり、心を画面に引き付けて離しません。それはぼくがオタクっぽい映画ファンだからではなく、ルックが持っているパワーです。漫画やアニメを見たとき画風で内容を想像したり、小説を読むとき文体で好みを判断することは誰にでもあるでしょう。

写真におけるルックの役割は、映画よりも重要だと思っています。現代人が1日に見る写真は1000枚を超えるとされ、膨大な画像が溢れている現代に、どんな気持ちで撮ったのか、どう見て欲しいのか、一枚ずつ言葉を添えるわけにはいきません。そこでルックは撮った人と見る人の心を繋ぐ役割を果たしてくれます。何が写っているか、どう撮ったかよりも、最初に心を掴むのはルックです。
それを解説していきましょう。

モノクロは普遍的なかっこよさがあるルック。ハイコントラスト白黒のような強いルックが注目されがちですが、諧調が豊かなモノクロならではの魅力もあります。

服を選ぶ難しさと、ルック選びの楽しさ

オシャレな同級生がいて、あるとき野球をやろうと公園に集まったら、チノパンに白シャツでネクタイを締めて来ました。今なら「野球なのにネクタイ?」とツッコむところですが、みんなで「すげえ、あいつオシャレだな」と驚きました。いい時代で田舎だったのだなと懐かしいです。
ほんとうにオシャレな人は、時と場所と一緒に過ごす人のことを考えて、それに合った服を選ぶもの。そのうえでちょっとだけ遊び心や冒険心、自分のこだわりを見せるのだと思います。

故郷のために付け加えると、いまでは佐渡でもユニクロやアマゾンで服が買え、インスタグラムなどで流行を追えるので、最新の服をふつうに着ています。流行に時間差や地域差がなくなりました。
ルックにもこれに似たことが言えます。新しい機材や感材が登場して、環境が整い、ゆっくり流行が形成され広がってゆき、そうするとカウンターとして新鮮に見えるルックが注目を浴び、それが数年のサイクルで繰り返されていました。
今では誰かが新しいルックを見せて、それがカッコいいということになれば、翌日からみんなで真似します。そんなのホンモノじゃないという意見もあるかもしれませんが、はじめはコスプレ感覚でいいのでは。

写真を始めようとカメラを買い、まず絞りの効果を覚えて、次はピントと露出、慣れたら構図、さらに被写体ごとのノウハウがあり、レンズの使い分け・・・となるのが上達のように思われがちですが、頭がいっぱいになってしまいます。
それよりも、こんな写真が撮れたらいいなとルックをイメージして仕上がりの目標を持ち、そこに近づけるように必要なことから覚えていくほうが今の時代に合っています。何しろEVFやLCDだってあるわけですから。
きれいな風景が撮りたい、かっこいいスナップが撮りたい、雑誌のグラビアみたいなポートレートが撮りたいといった気持ちを、テクニックを覚える過程で失うほうが勿体ない。ルックは憧れを見失わないためのガイドにもなってくれます。

最初は「雑誌にあるようなカッコいい写真が撮りたい」と憧れました。写っているものではなく、ルックに憧れたのだと思います。

カメラの中にスタイリストがいる

ここを読んでくださっているなかで、服を買いに行ったり、選んだりするのが好きだという人はどれくらいいるでしょう? ぼくはどちらも嫌いではないですが、それでも面倒に感じることがあります。夕方からの立食パーティーに何を着たら良いか、野点(野外のお茶会)に参加するのにどんな格好が正しいのか迷います。誰かが選んでくれたら安心なのに。

カメラの場合、ありがたいことにメーカーがルックを用意してくれて、メニューから簡単に選べます。野球観戦に行くならこの服はどうですか、昼のパーティーならこれがおすすめです、授業参観に着ると好印象ですよ、と提案してくれるスタイリストがいるようなもの。
風景なら色が派手で印象の強いルック、人物なら階調が軟らかくて質感がきれいなルック、ストリートフォトならコントラストが高くて強く見えるルック。どれにどれを組み合わせるかセンスは問われますが、取説にもおすすめが書かれています。

タレントやミュージシャンを撮っていた時期にスタイリストをたくさん見ました。良いスタイリストは三つのタイプがいると思います。

1.その人が魅力的に見える「似合う服」を選べる
2.見栄えがいい「流行りの服」を選んでくれる
3.仕事が早くて「たくさんの服」を用意できる

写真のルックも似ています。被写体に合っているものを的確に選べるか、人気のものを使って流行に乗るか、使い分けを楽しむか、どれかを目標にするところから始めるといいです。

おすすめに任せているうちに選ぶのが楽しくなり、苦手だと思っていたのが積極的になれて、やがて自分の好みがわかるようになったら素敵ですよね。いいルックが見つかると、いろんなものが撮ってみたくなります。
ぼくは富士フイルムXシリーズを愛用していて、フィルムシミュレーションというスタイリストを信用しています。リコーGRのイメージコントロールとシグマのカラーモードもよく使いますが、他のメーカーについてはあまり詳しくありません。たまに仕事で借りて使う程度。
けれども基本的な考えは、どこのメーカーのカメラを使っていても変わりがないですから、参考にしてもらえたら嬉しいです。

フィルムシミュレーションに関しては別記事もあるので、そちらもぜひ。

白が200色あるならルックは無限

ここまで触れてこなかった大切なことがあります。「ルックと言うけど、写真の見た目なんて無限じゃないの?」と思わなかったでしょうか? 
アンミカさんが「白って200色あんねん」と言ったそうで流行語になりました。けれども色は無限です。白は200しかないの?と思うくらい。それをまとめるために「白」といった言葉が生まれました。名前をつけることで仲間をまとめ、他との違いを理解できるわけです。

ルックも色相、彩度、諧調、明るさなどの組み合わせなので無限です。けれどもその組み合わせのなかで特別に見えたとき、これは残す価値があるんじゃないかと名前をつけて。数値化・言語化して共有できるようにします。ぼくがルックに名前をつけることを推奨しているのはこれが理由。
彩度が高めでハイライトはM(マゼンタ)にシャドウはG(グリーン)に、コントラストは・・・なんて言ってもイメージできないですし再現性がありません。クラシックネガと呼ぶことで個性がわかりやすくなり、「民生用ネガを街の写真屋さんでプリントした、みんなのアルバムに貼ってあるような写真のルック」と言語化できます。

コラムのような「名前の便利さ」

本を読んで勉強したので、言語学について間違っていたら指摘してください。ウマという名前があるから、四足歩行のたくさんの動物のなかからあの馬を見つけることができます。「切ない」という言葉のおかげで、あの微妙な感情を言い表せる。ベルビアという名前があるから、たくさんあるヴィヴィッドの中からあのルックの美しさと強さが認識できて、他との違いを楽しめるわけです。
虹の色はグラデーションなのに七色に分けて考えられるのは、日本語にそれぞれの名前があるから。アメリカやイギリスでは六色、ドイツや中国は五色になってしまうというのは有名なウンチク。

参考文献
ソシュールと言語学 (講談社現代新書)
はじめての言語学 (講談社現代新書) 
言語が違えば、世界も違って見えるわけ (ハヤカワ文庫NF)  

カラーとモノクロにしか分けないならルックは二つ。そういう時代もあったと思いますが、個性を求め、それまでと同じでは表現できないことがあり、苦労しながら新しいルックを見つけてきたのでしょう。
前の記事に書いたように「被写体の時代からルックの時代に」なっていくに従い、繊細な違いを楽しむようになりました。けれども違いをすべて数えていったら無限になって、もう区別できません。そこで「X/GFXシリーズのフィルムシミュレーションは20種類あんねん」ということになっているわけです。
フィルムを入れずに写真が撮れないのと同じで、フィルムシミュレーションをオフにできません。ルックなんて面倒だからなくていいや、と考えるなら、ルックについて誤解しています。

良い写真だと思いますが、2/3型センサー&1200万画素のコンデジなので繊細な色や諧調の表現が難しく、高画質がルックにもたらすものがわかります。

ルックの使い分け 最初の一歩

前置きが長くなってしまいました。ルックの違いについて、花を撮った三枚の写真を見てください。絞りの変化によってボケが、レンズとアングルが、ではなく別の人が撮ったみたいに雰囲気が違うのがわかるでしょうか。これがルックの効果。
ルックはそれだけを切り離して見せられないので、必ず被写体とセットになってしまいますが違いがわかりやすいと思います。

バランスが良くて常用しやすい、スタンダードと呼ばれるようなルック。見た目そのままではなく色と諧調が設計されています。ルックの使い分けなんて興味がないと思っていても意識せずに選んでいるのです。
フィルムシミュレーション:プロビア
印象が強くなったのは光のせいだけではありません。光を浴びている花の色と、背景になっている空のコントラストを引き立てたくて、ルックを選びました。
フィルムシミュレーション:クラシックネガ
上の二枚と明らかに傾向が違うのがわかるでしょうか。ちょっと古めかしくて、人によってはシネマティックと感じるかもしれません。上のルックで撮ったら平凡な写真になったでしょう。
フィルムシミュレーション:クラシッククローム

もうひとつは同じ被写体でルックだけを変えて並べてみます。こっちの方がわかりやすい人も多いでしょうが、ここから始めてしまうと「RAW現像が便利でいい」となって本末転倒です。
それでもここに並べたのは、こんなふうに伝わって欲しい、ここを大切にしました、という気持ちをルックに乗せる感覚がわかりやすいと思ったからです。

ファッション誌ならこれですね。黒板に色づきがなくドライな印象があってクールです。外国のオシャレな店のイメージにピッタリ。文字を載せてデザインしても合いそうですね。
わずかにG味があるシャドウはフィルムの面影があり、色のバランスも整っていて、いいルックだと思います。花の美しさが主役ならこれ。
モノクロもルックの選択肢。EVFやLCDで確認できるので(驚きは少ないものの)気軽に試せるのがいいです。中央の赤い花と緑が同じ濃度で区別できないため、モノクロで撮ると決めたら画面の上半分だけにするなど撮り方を工夫するほうがいいです。

ルックのカタログ

繊細な違いを楽しんだり、自分の好みでカスタムしたりといったことは次回以降にするとして、ルックのカタログとしてわかりやすいものを紹介します。

見るべきものがルックしかない。日本人が青とハイキーが好きなのは、目の色素が影響しているという説があります。「カワイイ」という言葉と概念は欧米人には理解できないそうで、ルックの好みにも国民性があるのでしょう。
Windows XPの壁紙みたいで懐かしさを感じますね。青っぽくて明るいですが上の写真と明らかにルックが違います。この空に出会えたことに感謝を示すルックです。
前回にも名前を出したソウル・ライターを意識しました。この頃のXシリーズにはクラシッククロームがなかったので、アスティアをベースに自分でカスタムしています。
シグマの人気カラーモードであるパウダーブルー。これが使いたくてシグマのカメラを買う人もいるとか。清涼飲料みたいに爽やかで淡い!

▼個性的なルックの注意点

左:ヴィヴィッド 右:パウダーブルー
これで撮ったらどんなものでも素敵になるという魔法のルックではない。おじさんだからかもしれませんが、順光で藤を撮るなら左のヴィヴィッドのほうが好きです。紫は再現が難しい色なので、そこを丁寧に撮っていると「やるな!」と思います。
リコーGRのクロスプロセス。ふたたび人気みたいです。ファッションと同じで流行は繰り返され、ちょっと前に流行ったものがいちばんカッコ悪いのかも。
Xシリーズのフィルターとして搭載されているダイナミックトーン。こういうのをフィルムシミュレーションに入れないのは良心(あるいはプライド)でしょうか。
ベルビアをベースにしてカスタムしました。名前をつけると愛着が湧くので、好きなバンドの曲から「Noir Desir」と名付けました。カスタムも楽しいのでいつか記事にしたいです。

世界の見え方が変わる

繰り返しますが、ルックはどんなものも素敵にする魔法ではないですし、いいルックさえあれば被写体なんてどうだっていいわけでもないです。被写体とルックを分けて考えることで、それぞれの大切さと、組み合わせの面白さ、写真を見る楽しさを見直すことが目的です。

でもまずは言い慣れないルックという言葉に馴染んで、カメラに入っているものを使い分けて楽しんでみてください。世界の見え方が変わることを期待して。

恥ずかしいですが初めてRAW現像したときの一枚。海外のファッション写真の雰囲気をスナップに取り入れたいと思っていた時期です。開発が遅れているとニュースで見ましたが、生まれ変わったFoveonがどんなルックを見せてくれるか期待しています。

 

 

■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist

 

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