蘇れ、名機たち 第4回:APS-Cの逆襲?FUJIFILM X-E3の功績を振り返る
どっちのカメラショー「フルサイズ vs APS-C」
今でもときどき「フルサイズとAPS-Cはどっちがいい?」といった記事を目にすることがあります。「服を買うならLサイズとMサイズとどっちがいいか?」と議論しているようで、そんなの自分が似合うほうを着ればいいと思います。同じデザインでサイズ違いが選べる服と違って、カメラの場合だとメーカーや機種が違うからそう単純ではないのかもしれません。たしかに自分に合ったサイズを選ぶのは簡単ではないですよね。
フルサイズにもAPS-Cにも長所と短所があります。それを理解したうえでカメラを選びましょう! 自分に合ったカメラと出会えればカメラを持ち歩くのが楽しくなり、いつもカメラがそばにあれば写真がもっと好きになる。写真を撮る楽しさによって人生に喜びが満ちていることを実感できて、うまく撮れればそれをみんなと共有できる。なんて素晴らしいことでしょう・・・と僕は思います。そしてメイン機としてAPS-Cを選びました。
APS-Cからの回答
五年くらい前でしょうか、「フルサイズは正義なのだ」という強めの論調が湧き上がりました。マウントの最適化や技術革新によってカメラボディが小さくなってきて、APS-Cのアドバンテージが失われつつあるように見えました。かつてのβとVHSの戦いのように大は小を兼ねるのか?
そんな風潮のなかで登場したX-E3は、APS-C側からのひとつの回答のように感じられました。特長を表すキャッチコピーとして「LESS IS MORE」という建築家ミース・ファン・デル・ローエの言葉が引用されています。「少ないことはより豊かだ」とでも訳せばいいでしょうか。断捨離などに通じるミニマリストたちの信念を表しています。
デジタルカメラはとにかく機能が多いほどいいと思われがちです。とりあえず搭載しておいてユーザーが使わなければいいだけのこと。カタログで比較したとき、項目に×があったら選んでもらえないかもしれない。それがボタンの多さや複雑なメニューとなって使い心地を悪くしているわけです。心理学の世界で有名ですが、選択肢が多いほど結果にかかわらず「自分は間違ったものを選んだかもしれない」という不満や不安が残るとされています。「絞りとピント、ISO感度、あとはシャッターしかなかった時代のカメラのような楽しさがなくなった」と言われる所以でしょう。
X-E3はデジタルカメラとして稀有な「ない」ということを長所にしています。もっと正確に言えば「ない、ということがストレスにならないこと」です。メニューからは選べるものの動画がらみのボタンがないし、背面に十字キーもありません。それでも使っていて不便だと感じることがない。ボディの軽さと相まって、とにかく軽快に扱えます。
三本の矢
X-E3の魅力を引き立てるのが三本のF2のレンズたち。コンセプトとデザインが完璧に揃えられた、XF23mmF2 R WR、XF35mmF2 R WR、XF50mmF2 R WRという顔ぶれ。ボディだけの大きさを見ればAPS-Cの優位性は感じづらくなってきたかもしれないけれど、レンズを組み合わせてシステムとして考えれば違いは歴然。
単焦点のF2で揃えて、23mm(180g)、35mm(170g)、50mm(200g)となり、画質的には当時のフラッグシップと同じX-Trans CMOS IIIとX-Processor Proを搭載したX-E3のボディ(310g)とセットで860g。これなら一日ずっと歩き続けていても体への負担が小さくてすみます。
このF2トリオは、うっとり画像に見入ってしまうとか、ボケを見ているだけで「最高だぜ! 生涯のパートナーにしよう」と決心するというようなレンズたちではないかもしれません。どちらかといえば描写はドライで、鋭い解像感があるわけでもないし、個性は控えめ。小さく軽いことと、インナーフォーカスのおかげで扱いやすいことが最大の魅力です。でもそれがどれだけ写真にとって大切か。
もっとも相性がいいのはX-Eシリーズのような小型軽量のボディでしょうが、X-T5もスペックに対して軽くて小さいカメラです。ボディが防塵防滴で手ブレ補正が内蔵されているのでレンズの個性を引き出すことができるため、こちらでシステムを組むのもいいと思います。
XF23mmF2 R WRはデザインや機能面でX-Pro2との相性が抜群なのも付け加えておきます。とくに正面から見たとき美しいです。
隠れた名玉 XF50mmF2 R WR
個人的にはF2トリオのなかで50mmがいちばん好きです。フルサイズの50mmはもっともポピュラーな焦点距離と言っていいですが、APS-Cだと別の理由があります。
映画監督の小津安二郎が50mmを偏愛していたのは有名で、歪みがなく、いっさい隙がない完璧に構成された画面のために欠かせませんでした。これより短いレンズだとパースペクティブが強くなり、これより長いレンズだと独特のレイヤーが描けない。映画のフィルムはAPS-Cと同じサイズなので、このレンズを使うとき小津安二郎の映画を思い出します。
あの笠智衆に対して「あなたの演技なんかより映画の構図のほうが大事だ」と言ったほどの徹底された美意識。そのために必要だった50mmの画角と遠近感をこのレンズに重ねたくなります。
XF50mmF2 R WRは近接にも強く、この三本の中ではボケがいちばん美しいと思います。中望遠とは思えないほど全長が短くて細いため、取り回しがいいのもありがたいですね。
X-E5があるなら
X-E3のコンセプトはX-E4に引き継がれ、高性能でありながらシンプルという個性が評価されて人気機種となりました。この時点でのAPS-Cのライバルはフルサイズ機ではなくスマートフォンだったかもしれません。
今回ここでX-E3を取り上げたのは、XF8mmF3.5 R WRを使ったときに「もしX-E5があったら、このレンズと相性は最高だろうな」と思ったから。操作するのは絞りとフィルムシミュレーションだけで、あとは構図とシャッターに専念して、日常のすべてを撮り尽くせたら最高でしょう。XF30mmF2.8 R LM WR MacroやXF18mmF3.5 R WRと組み合わせるのもいいです。
「星の王子さま」で知られるサン=テグジュペリはこんな言葉を残していいます。
「完璧とは、もう何も足せない状態のことではなく、もう何も減らせないときに達成されるのだ」
もしX-E5があるとしたら、そんなカメラを望みたいです。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist