富士フイルム X-H2S × 高橋忠照|野生動物撮影の新たな可能性
はじめに
富士フイルムから2022年7月14日に発売された「X-H2S」。APS-Cサイズでは初となる積層型の第五世代センサーを搭載した高速型フラッグシップ機です。
同社の実証テストに携わり、初めて手にした第一印象は「すごくシンプルで機能的!これなら野生動物の鼓動や息づかいまでも一体となり表現することができる。」と思い、とてもワクワクしました。今回はそんな発売間もないX-H2Sを、野生動物写真家の目線で写真を交えて紐解いていきたいと思います。
フィールドを意識した外観
私の撮影スタイルは、野生動物の痕跡や行動パターンを解明し、個体識別で個々の性格を把握しつつ、山岳地帯や原野の奥地をスキーや徒歩で隠密に移動して撮影します。
そのため、「機動力」はもちろん、不意に訪れる「一瞬のシャッターチャンス」にも余裕をもって冷静に撮影することが求められます。X-H2Sは僅か約660g(バッテリー、 メモリーカード含む)と軽く、同社現行機に存在する、カメラストラップ取付部の「突起」もなくなり、とてもスマートな設計です。
グリップも深くカメラの「重心に近い位置でがっちりホールド」できるので、手袋を装着する厳冬期の撮影や夜露でカメラが濡れている状態でも、滑りや持ち重りが気になりません。
また、右天面に配置された「サブ液晶モニター」の採用により、カメラを覗いたりダイヤルを注視することなく、「ひと目で現在のカメラ設定が確認」できます。「撮影」と「機動」を頻繁に繰り返す慌ただしい場面でも液晶依存で即座に撮影が開始できるので、より多くのシャッターチャンスに巡り合えるようになりました。
各種ボタンの配置も野生動物の撮影には重要な要素です。「一瞬のシャッターチャンス」を狙う撮影ではカメラ操作の遅れは「撮れ高」に直結します。
X-H2Sは既存機種のボタン配置やデザインを一新し、よりシンプルに必要とする位置に機能的なボタン類が配置されました。この部分も、より多くのシャッターチャンスに巡り合えるようになった要素の一つです。
更に嬉しいのが、カメラを手にする個々のユーザーを意識して、それぞれ自分に合った理想的なボタンに設定出来るよう、多くのボタンにファンクション(Fn)設定が設けられ、拡張性が高められている点です。
これにより、ユーザー個々の指の届く範囲や今まで慣れている付近のボタンに自分の好きな機能を持たせることができるので、「被写体の発見」~「カメラ操作」~「撮影の開始」に関わる時間が大幅に短縮しました。
驚異の40フレーム連写
従来、私が撮影に使用していたX-T4は通常メカシャッターで最高秒間15コマ(電子シャッターでは秒間20コマ)連写できるカメラでした。
当然のことですが、野生動物はじっとしている機会が少なく、佇んでいても瞬きをしたり首を振ったりするため、思い描いていた構図で撮影できるタイミングは意外と少ないものです。秒間15コマでは、思い描いたシーンを撮影するのにとても苦労しました。
この悩みを解決してくれたのが、「X-H2S」に搭載された電子シャッターでの秒間40コマ連写です。ここぞ!というシーンでの秒間40コマ連写は求めていた一瞬や自分の理想とする飛翔ポーズを確実なものとしてくれます。
時速約80kmで駆け抜けるエゾユキウサギに対する秒間40コマ連写の合成写真。僅か1秒間でこれだけ不規則に移動するエゾユキウサギにも、圧倒的な追従性能と動体予測で終始フォーカスを継続してくれました。
あとは、自分の理想とするポーズやフォルムをこのカットの中から選ぶのみとなります。難しいことは全てX-H2Sが実行してくれます。撮影者は被写体のフレームアウトに注意しながらシャッターを押し続けるだけです。
エゾシカの瞳に雪被りしてしまうような大雪のシーンでは迷わず秒間40コマ連写を選択しました。そして構図を決め約1~2秒連写するだけで全てが解決しました。
秒間40コマで降雪を撮影した写真を確認すると、降りしきる雪が数ミリ単位で落ちていくのが見てとれます。貴重なクマタカと雪絡みの撮影は、瞳の雪被りなどで失敗が許されない一発勝負となりますが、秒間40コマを選択することにより、僅か数秒の連写で失敗を回避することが容易となりました。
圧倒的な被写体検出AF
昨今のミラーレス一眼レフカメラには標準装備となりつつある被写体検出AFが、いよいよX-H2Sにも装備されました。
昨年より富士フイルムに協力し、動体予測が進化したアルゴリズムを搭載したファームウエアを開発するために、機敏な動きをするシマエナガなどの小鳥から、高速で飛翔するハヤブサはもちろん、不規則な動きをするエゾリスや時速約80kmで駆け抜けるエゾユキウサギ、果ては秒速約16mで滑空するエゾモモンガに至るまで、多種多様な野生動物を直進・横行・斜行といった被写体と撮影地点の距離が不規則に変化する状況や降雪・枝被りなど、現場で実際に起こり得る様々な条件でAFの実証テスト実施してきました。そして、ついに完成したのがX-H2Sに搭載された被写体検出AFです。
激しい降雪などの厳しい気象条件でも雪にピントを奪われることなく、雪の中を舞うオジロワシをシャープに捕捉し続けてくれました。
オオワシの獲物に迫る迫力のシーンも被写体検出AFを用いることにより、構図に集中して撮影することが可能となりました。
エゾリスが走りながら接近する俊敏で不規則なシーンでも、X-H2Sの動体予測アルゴリズムがワンランク上のアドバンテージをユーザーに提供してくれます。
エゾシマリスが岩場を駆け抜けるシーンも被写体検出AF「動物」によってしっかり追従し続けてくれました。しかも、このカットを撮影したのは発売日翌日のカメラを初めてフィールドで使用した時。更に手持ち撮影でこれが撮れるという点にはもはや脱帽です。
松ぼっくりを食べるエゾシマリスの動きはとても俊敏です。葉が顔を覆うようなシチュエーションで従来の撮影では、手前の葉にピントが奪われ、瞳はおろか被写体にピントが合点するのは非常に困難でした。それが、X-H2Sの被写体検出AFは、被写体そのものを検出することにより、枝被りに関係無く、終始、被写体の正確なピントを維持してくれるので、顏が現れる「一瞬」も容易に撮影できました。
コマンドダイヤルの強み
従来のX-T4では、野生動物の「動く」・「飛ぶ」・「止まる」といった動作に対して、撮影に至るまでの手順が多すぎて、シャッターチャンスを逃がすことも少なくありませんでした。野生動物の不規則な動きにカメラの設定を追随させていくタイムラグを解消することは非常に困難を極めました。
しかし、X-H2Sに採用されたコマンドダイヤルのおかげで、最大7種類も任意のカメラ設定を記憶させることができるようになりました。
コマンドダイヤルの採用で動物の不規則な動きに合わせ、シャッターを切り始めるまでの時間が大幅に短縮されました。
動体に特化した設定で待機中に、突然エゾモモンガが巣穴から顔を出し動きを止め佇んだ。このタイミングで速やかに、コマンドダイヤルを静止に特化した設定に変更し撮影に入ります。ここで設定のタイムラグがあると円滑な撮影のリズムを阻害してしまいます。
正面から高速で進入するオジロワシ。X-H2Sの動体予測性能の進化が問われる重要な場面です。通常の動体設定からコマンドダイヤルを動かし、更に強力な動体設定に変更し撮影を継続。撮影中、瞬時に操作ひとつで設定を変更できる機能は野生動物撮影では本当に有難いです。
まとめ
X-H2Sの能力を同機で撮影した写真を交えてご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。フルサイズ機より比較的安価なAPS-C機での野生動物撮影は、1.5倍の焦点距離も大きなアドバンテージとなります。
しかしながら、同機はAPS-C機の中では高価な部類に入ります。価格面で購入を躊躇されている方もいるかと思いますが、自分が描いている理想の一瞬を「撮れる?」か「撮れないか?」はカメラに投資するという点では非常に重要なことです。
フルサイズ機のハイエンドモデルに対し半分の価格にも関わらず、この能力でこれだけの被写体がシャープに手持ちで簡単に、しかも富士フイルムの誇る「記憶色」でより「キレイに撮れる」となると、一度試してみる価値は十分にあるのではないでしょうか。
■自然写真家:高橋忠照
1982年北海道札幌市生まれ・山形県育ち。上富良野町在住。陸上自衛隊勤務を経て、2019年自然写真家に転向。自衛隊時代に培ったスナイパー(狙撃手)の技能を生かし、自然の中に同化して野生動物を探し出す独自のスタイルでの撮影を得意とする。作品は小学館、チャイルド本社、フレーベル館等の児童書や雑誌、カレンダーなど掲載多数。
公益社団法人 日本写真家協会(JPS)会員・富士フイルムアカデミーX講師