富士フイルム X-M5|ストックホルムへの旅に携えたカメラ
はじめに
旅へ携えるカメラを、みなさんはどのように選ばれているでしょうか。フルサイズの一眼レフとミラーレスのボディに、ズームレンズと単焦点レンズ一式、さらに三脚というフル装備の方もいらっしゃるでしょうし、ボディ一台に標準ズームレンズ一本という方もおられると思います。
私は、レンズ交換式のボディにレンズ一本、それとリコー GR IIIやソニー RX1RIIのようなコンパクトなカメラを一台持っていくというようなことが多いように思います。考えてみると、学生時代に道ゆく人々の肖像が撮影したくてニューヨークへ行ったときにも、中判フィルムカメラのペンタックス67に105mmレンズ一本で撮り切っていたので、昔からシンプルな機材で旅をするほうが好きだったのだと思います。
余計な機構は全てないFUJIFILM X-M5
今回は、北欧スウェーデンの首都ストックホルムに向かいました。旅とは言っても、所属している大学の仕事の一環で、ストックホルムの写真学校で招待講演を行うというのが主な目的でしたので、正確に言えば出張です。滞在中はほぼ毎日講演かワークショップ、あるいは写真関係者とのミーティングが予定されておりましたので、重装備での渡航は当初からあまり考えていませんでした。
そこで目に留まったのが新しく発表されたFUJIFILM X-M5。ファインダー非搭載のコンパクトなレンズ交換式カメラで、内蔵ストロボやボディ内手ブレ補正といった機構も省かれているため、非常にシンプルで小型化が追求された機種になります。様々な機能が詰まった便利なカメラももちろん好きなのですが、X-M5のように小型化を追い求めて、余計な機構は全てなしというような振り切ったコンセプトのカメラにはやはり心が惹かれます。実際、今回使用してみて、得られる画像に関して申し分なく携帯性に優れた設計は、共に旅するカメラとしては必要十分なボディだったと言えます。
レンズはフルサイズ換算53mmのXF35mmF1.4R一本
レンズ交換式というのも重要なポイントのひとつです。そこでいくつかのレンズを候補に挙げたのですが、最終的にXF23mmF1.4RとXF35mmF1.4Rで検討し、後者のレンズ一本で今回は撮ることにしました。フルサイズ換算で53mm相当の、ある程度狭い画角を選択することで、視点を限定させようと考えたためです。広い画角のレンズでは、初めて訪れる街を撮ろうとすると、どうしても情報をたくさん詰め込んだ観光的な写真になりがちです。53mmの画角というものは、ある程度狭い範囲を凝視したような広さになるため、風景全体を説明的に捉えるための広がりを写せず、必然的に風景の断片的な細部へレンズを向けることが多くなります。あえて少し狭い画角を選択することで、集中して観察すると共に、目の前の景色をより抽象化できるだろうと考えたわけです。
また、F1.4という明るいレンズを選択したのは、この時期の北欧の日照時間の短さを考慮し、ある程度光量が少ない場面が多くなるであろうことを考えてのものです。これが夏の白夜の時期であれば、パンケーキレンズなど、開放F値が暗くてもさらに小型軽量化できるレンズを選んだかもしれません。
街中をスナップ
羽田を飛び立ち、飛行機はロシア上空を避けるため、アラスカまで北上し、北極圏を抜けて北側から北欧へ南下するという初めて見る航路でスウェーデンのアーランダ空港へ到着しました。空港アクセス列車のアーランダエクスプレスに乗り込むと、20分ほどでストックホルム中央駅に停車します。着いた初日は天気も良く、斜めからの光が差していました。一日中夕方のような感覚で、日本との時差8時間の少しぼんやりとした身体には、どうもすっきりとしない光でしたが、日没の頃には美しい夕焼けが空を染めました。マジックアワーというと、日本ではほんの数分というところですが、この日の茜色から黄金色の、柔らかで包み込むような光はずいぶん長く続いていました。あまり日本では体験することがない、特有の光の色が体験できたように思います。
今回の撮影では、基本的にカラー写真はRAWファイルから現像し、モノクロームを撮影する場合にはフィルムシミュレーションのACROSを用いることにしました。アクロスの描く豊かなトーンは、光量の少ない風景でも十分なグラデーションを描き出せるように思いましたし、クラシカルな街並みのストックホルムをアクロスの映像で眺めてみたいという思いもありました。
XF35mmF1.4Rは、絞り開放では収差の影響もあり少し滲むような柔らかな描写を行い、絞り込むと明瞭で力強い映像が得られます。F1.4開放の写りは、光を優しく捉えることができるため、歴史的な風景を残すストックホルムの街をより印象的に捉えようとするときに有効だったと思います。また、日が沈んだ後のスナップや動体の撮影においても、明るいレンズは表現の幅を広げてくれます。
湾を挟んで見えるのは、17世紀から18世紀の建造物が多く残る、旧市街のガムラスタンです。ストックホルム大聖堂やストックホルム宮殿を中心に、細い路地に様々な店やレストラン、ホテルが立ち並ぶ観光地となっている地域です。ノーベル博物館の前の広場では、ちょうどクリスマスの準備が行われていました。
太陽があまり高い位置まで上らないこの時期のストックホルムでは、日本の夕暮れのようにレンズに直接光が差し込む時間が多くなります。逆光で捉えたこの写真ではフレアやゴーストが見られますが、写真表現としては非常に印象的な再現になったように思います。フレアによってコントラストは低いのですが、細かなディテールは繊細に描写されており、奥行きが感じられます。
犬と歩く人物の写真は少し絞り込んで撮影したものですが、雪の質感が明瞭に描かれ、ハイライトとシャドウにも豊かな階調が見られます。ストックホルムでは、犬を連れた人を見かけることが多く、地下鉄などにも犬が乗れる車両があり、仕事場にも犬を連れていく人が多いようでした。日本ではあまり見かけないような犬種も多くいて、ストックホルムでの犬との生活や人間との関係というものは、一度調べてみたいテーマのひとつになりました。
直感的な操作が可能
滞在中、ホームディナーに招待された際に撮影した子供の手足の写真は、高感度を用いて絞り開放で撮影しています。ノイズが現れ、描写も滲むように見えますが、それがむしろ良い効果となって柔らかな造形を際立てています。タングステン色の暖かな色合いの照明下では、特有の質感と雰囲気が得られるようです。X-M5は軍艦部に各種ダイヤルがまとめられており、直感的な操作が可能で、撮影モードやフィルムシミュレーションに素早くアクセスできます。フロントとリアのコマンドダイヤルには様々な機能を割り当てられるのですが、私はリアコマンドダイヤルを露出補正に当てていました。ひとつリクエストがあるとすれば、個人的にはこのリアコマンドダイヤルは露出補正専用にして-2から+2くらいまでを目視で判断できると、より使いやすかったように思います。
おわりに
滞在中にストックホルムではまとまった雪が降り、気温はマイナス5度ほどでしたので、体感的には非常に寒かったのですが、暖かみのある光の色合いのせいか、クリスマスの装いが多くなっているからなのか、夜景でも風景そのものには寒々とした印象はありませんでした。
また、ストックホルムは、私が今まで訪れたパリやベルリン、アムステルダムといった他のヨーロッパの都市に比べても比較的安全で、撮影にも集中できたように思います。路地などで危険な雰囲気を感じたこともほとんどありませんでしたし、スリや窃盗に用心しなければいけないような状況にも運が良かったのか遭いませんでした。カメラをぶらさげていても特に気に留められることはありませんし、怪しげな客引きが寄ってくることもありません。何よりも街並みが美しく、スナップを撮るには良い都市だと思います。雪が降る冬の景色も良かったのですが、次は夏の時期にも訪れてみたいと思います。
■写真家:大和田良
1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。