蘇れ、名機たち 第1回:富士フイルム X30
思いがけない出会い
写真関係者が集まるパーティーがあって、たすき掛けしたカメラがチラッと見えた。数秒前に見たことを頭の中で再生し直しているような奇妙な感覚。すごくカッコいいカメラだったような気がした。
なんて機種だろう? あんなカメラを見たことがあったかな?
ドラマのように走り出して、人をかき分け、後ろ姿を追う、なんてことはなかったけれど、しばらく会場にいたら再びそのカメラを見て確かめることができた。
それが今回のX30。やれやれ、自分の部屋の棚にもあるのに。
ぼくが持っているのはシルバーで、そのパーティーで見たのはブラックだった。それだけで印象がまるで違う。ボディが小さいため、ストラップの長さや身体の大きさによって見え方もかなり変わる。
家に戻って充電して、次の日に持ち出してみた。快適さに驚き、適度なアナログ感がやけに楽しかった。
高級コンデジの終焉
X10からX30まで続いた高級コンパクトの系譜が途切れた事情は、多少は理解できるつもりだ。スマートフォンとミラーレス一眼の差が狭くなってきて、コンパクトカメラが住める場所がなくなった。
画質を比べても、部分的にはスマートフォンが上回っている。
もっと小さなXQ2、よりアナログ感の強いX20ではなく、初回にX30を選んだのには理由があって、実用性と扱う楽しさのバランスが絶妙だから。復活してくれないだろうかという願いもある。
スマートフォンがあってもコンパクトカメラが必要な理由について、X30を使いながら考えてみた。
誕生の背景とスペックを振り返る
X30は2014年に発表された。2/3型「X-Trans CMOS II」センサー(1200万画素、ローパスフィルターレス)ということは、X-T1と同世代になる。フィルムシミュレーションもクラシッククロームまでは入っていて、今では定番のACROS(アクロス)、クラシックネガなどはないものの、古さはまったく感じない。
X10、X20のウリであった、“ズームレンズを2つ積んでいる”とまで言われた可変倍率の光学ファインダーは、見え具合と楽しさは絶賛されていたものの、パララックスが大きすぎるデメリットがあり、実用性の点で不満もあった。メモ代わりに使うことも多いコンデジなのに、ランチ定食を撮ったらお盆が1/3くらい切れていたりして。
メーカーによるリリース情報を見直してみたら、0.65倍の大型表示EVFはクラス最大、0.06秒のAFも世界最速、表示タイムラグも世界最短で“リアルタイムビューファインダー”と名付けている。世界一が多い。
X30の頃までEVFは表示タイムラグがあって、動体が追えず、カメラを動かすと残像を見ているようで酔うくらいだった。それがコントラストも自然で、長く覗いていても目が疲れず、撮影者に優しいファインダーが登場したと話題になった。AFの速さも加わり、ファインダーを覗きながらサクサク撮れる。
画質はいいけど遅いんだよね、というXシリーズ初期から残っていた声の流れを変えたのは、X-T10ではなくX30だったのかも。
特筆すべきレンズ描写
レンズが沈胴式で格納されていて、回すことで引き出されて電源がオンになる。アナログの楽しさが感じられるギミックだ。遊びの要素だけでなく実力はホンモノ。広角両面非球面レンズ2枚、EDレンズ2枚を含む9群11枚をすべてガラスレンズで構成された贅沢な28-112mm相当のズームレンズの描写が素晴らしい。しかも開放F値はF2-F2.8と4倍のあいだでも一段しか落ちない。ソフトで処理したボケではなく光学で得られる自然なボケも美しい。
手ぶれ補正内蔵、約1cmまで寄れるスーパーマクロがあり、チルト液晶なので、編集者が取材で使っていることが多く、「これ知ってますか? 最高なんですよ」と現場で話していたのを覚えている。
カメラ雑誌で「ふだんは撮り慣れてない他ジャンルの被写体をプロならどう撮るか」という企画があり、スナップを専門にしているぼくは鉄道のテーマを与えられた。
街の風景に馴染んで日常にある鉄道を撮ろうと思い、都電に乗っていろいろロケハンしてみたものの思うように撮れなかった。どこかで見た写真の真似になってしまう。せっかく張り切ってXF50-140mmを持ってきたのに。
そこでサブ機として持っていたX30に替えたら、気軽にじゃんじゃん撮れる。セレクトして編集部に送ると「いつもよりいいね」と言われて複雑な気持ちだった。
いまスペックを見直しても圧巻。ここまで進化したのに、スマートフォンとの勝負に負けてしまうわけだ。
コンデジ復活の可能性は?
X-T1が16MPで、現在ではそれが40MPに引き上げられたわけだから、12MPだったX30の画素数を引き上げることは可能だろう。それでも2/3型センサーで最新スマートフォンと戦えるか疑問は残る。ボケの美しさやレンズ描写などの画質の差は、プロセッサーによる補正能力とネットワークに繋がっているメリットの前では無力では。
それでも復活を願うのは、写真を撮るプロセスに楽しさがあるから。
スマートフォンで撮っている人たちも楽しそうだけれど、アングルを変え、露出を1/3段の違いで悩み、光を読んで構図を決める、そういう面倒がすべて楽しいということを知ってもらいたい。
写真に残そうと思うなら、その被写体にちょっとは思い入れがあるわけだから、撮影しながら長く深く関わることで心にも刻まれる。好きな気持ちをもっと理解できる。
スマートフォンで写真に興味を持った人たちが、気軽に手に取れるカメラが減っている現在では、余計にその気持ちが強い。
2014年の暮れ、初めてのサンフランシスコなのにX30だけを持って行った。
X20が発売されたとき、「子どもの頃から自分のカメラを持っていて、修学旅行からずっとカメラがそばにあったから、カメラのない旅の身軽さを想像することができない。でも写真を仕事にしていなかったら、そんな旅を経験してみたかった。この小さなX20なら、カメラを持たない気軽さで旅行を楽しむことができる」とコメントを寄せた。
写真のために旅することに慣れてしまった気がしていて、まず旅が先にあって、そこで感じたことを写真に残していくという原点に返ってみたかった。
いま写真を見直しても、もっと高画質で残しておけばよかったという悔いがない。
これでもスマートフォンに負けちゃったんだ、と悔しかっただろうなという思いがあるだけで。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist