標準ズームとの付き合い方 XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS|写真がもっと楽しくなるX
標準ズームはメーカーの顔
XF18-55mmF2.8-4 R LM OISはXシリーズを代表する標準ズームなのに、脚光を浴びる機会は多くなかったように思います。
ボディ一台に対してレンズを何本くらい所有しているかというデータがあって、Xシリーズは他メーカーの同クラスと比べてやや多めだとされています。価格が抑えられていてコンパクトなため、ズーム一本で賄える便利さよりは、単焦点を使い分ける楽しさを好んでいる表れでしょう。画質やデザインもそういった好みによく合います。
たしかに18mmから56mmまで個性的な単焦点がずらっと揃っていますね。
せっかくだから16mmまで広げて考えると、さらに選択肢が広がります。16mmのF1.4とF2.8はまるっきり性格の違うレンズで、もし好きな焦点距離なら両方を揃えておいてもいいくらい。
18mmだと中古になりますがパンケーキみたいに軽くて小さなF2があって、超高性能なF1.4も。23mmはX100系を持っている可能性が高いでしょう。サブ機としても役に立つので一石二鳥です。さらに定評ある新旧のF1.4があり、小型軽量でデザインが美しいF2も選べます。
27mmF2.8と33mmF1.4を我慢したとしても、35mmF1.4をパスすることは考えにくいです。中望遠なら56mmF1.2という素晴らしいレンズがあります。
このなかから三本くらいを持っていたら、XF18-55mmF2.8-4 R LM OISを買うという選択肢は生まれにくいかもしれないですね。
ぼくにとっても出番の多いレンズではありません。
それでもこのズームが助けてくれることは多かったですし、F2.8始まりの標準ズームで、リニアモーター&手ブレ補正内蔵、戦闘能力の高さは見過ごせません。イマドキのレンズと比べると、とにかく小さく軽いです。
今回は「標準ズームのありがたさ」を話したいと思います。
単焦点にはないもの
2015年にイベントでトークショーをやることになり、テーマを考えていたときのこと。ちょうどX-T10が発売されたこともあり、「カメラは大好きだけれど、それと同じくらい大事なものが他にもある」という人に向けた写真講座にしようと決めました。X-T10はそういう人たちにピッタリだと思えたから。
例えば「写真が好きだからカメラはいつも持っていたいけれど、犬を散歩させるとき荷物が大きくなりすぎると困る」「十代の頃に写真に夢中になった時期があって、今は子育てで真剣に写真が撮れない」「サイクリング、キャンプのようなアクティビティにカメラを持っていきたいとき、ちょうどいいカメラがない」。そういった声を多く聞きます。スマートフォンでいいやと思わずに、せっかくカメラを持とうとしてくれているのに、ちょうどいいカメラがないのは残念すぎます。
X-T10のデザイナーが「見た瞬間に夢中になれるデザインではなく、使っているうちに好きになっていき、さらにカメラそのものよりも持っている人が魅力的に見えるようだったら嬉しい」と話していたのも良かったです。愛着が持てて、でも大事にしすぎることなくじゃんじゃん使えて、写りに妥協がない。
X-T10には小型軽量の27mmがベストフィットとされましたが、ふだんは使わない標準ズームで作例を撮ってみることにしました。
ハワイにこのズーム一本で
ちょうど仕事と関係なくハワイに行く予定がありました。
と言っても、写真家にプライベートな旅行などありません。カメラを持たないことは考えられないし、カメラを持ってしまえば写真を撮ることが最優先されるから。気分転換に別のことを考えようとしても、美しいものに出会ったら写真を撮りたい。できることなら少しでも綺麗に撮りたい。プライベートが台無しになってしまうからといって、美しいものから目を逸らすなんて本末転倒ですよね。
単焦点だとガチになりすぎてしまうので、親近感を抱いてもらえるよう、自分にとっても新鮮なXF18-55mmF2.8-4 R LM OISを持ってハワイに向かいました。こんなに荷物が少なくて大丈夫かなと不安になるくらいでした。そりゃあズームレンズが人気になるはずだよなって、あらためて感心しました。
最初のうち、まったく撮れなくて驚きました。ズームレンズばかり使うと写真が下手になると教え込まれた世代なので、強迫観念がリミッターとして働いているのかもしれません。
「これは18mmと23mmと35mmと56mmが一本になっていて、さらにその中間も使える便利なレンズ」なのだと思い込むようにしても、足が動かないのです。ハンバーグを食べたくなって専門店に行ったら、和風、メキシカン、アヴォカド、ハワイアン、アヒージョ風・・・とメニューがたくさんありすぎて、何が食べたいのかわからなくなってしまうときのような。
単焦点なら、最初の反応が早いです。離れるか、横に動くか、足を動かしながらフィルムシミュレーションを決め、フレーミングしながら背景をぼかすか脇役を入れるか自然に考えられます。迷ってズームリングを探るよりずっと早い。
ズームレンズだと可能性が多く考えられすぎてしまうため、出だしが遅れ、写真の完成度を高めていくところまで追い込むことができません。
そんなふうに一日が過ぎ、二日目のこと。お気に入りのビーチに向かいました。
X-T10もXF18-55mmF2.8-4 R LM OISもWR(防塵防滴)ではないから、風の強いビーチでは砂に気をつける必要があり、もちろん海に入った手で掴むのも良くないです。それでもレンズ交換しなくていいだけで、ずっと気は楽でした。
強い逆光でカメラを構えると、なんとなくハレている(逆光のため、ハレーションを起こしていてコントラストが下がって見える)気がします。これがズームレンズの限界かなと思いました。でもいいや、ハワイだから。
メイン機なら躊躇うところだけれど、腰まで海に入って向きを変えていたら、「これだ!」と思う被写体を見つけました。海の中では駆け出すこともできないから、ズーミングしてピッタリの構図を見つけました。
ランボーが「見つけた 何を? 人生を! 海と交わる太陽を」と詩に詠んだような瞬間の訪れ。光と構図の完全なる調和。これが標準ズームなのだと確信しました。
しかも、それは買い物帰りに立ち寄ったビーチ。旅行先で買い物をする時間くらいバカバカしいものはないという考えもあります。ちょっとくらい安く買えるといっても日本でも手に入るのに、その時間で写真を撮るほうがずっと得でしょ?高い旅費を使って、買い物のためにいくら無駄にしていると思うの?
でも気分を変えることはすごく大切です。「今日はとにかく写真のことだけを考えるぞ、バッテリーとメディアいっぱいまで撮りまくってやる」と意気込んでも手応えがないのに、友だちの買い物に付き合って出かけたときに運命的な出会いをすることもあります。それこそスナップ写真の魅力であり、本質だと思います。
標準ズームとの付き合い方
努力ではどうにもならないこと、用意しておく心、被写体と焦点距離の関係、スナップ写真においての優先順位といったものを、XF18-55mmF2.8-4 R LM OISは教えてくれました。
心が動いたらシャッターを切っておくこと。いつもカメラを持っていること。細かいことを気にするより、写真を楽しんだほうが勝ちなのだ、と。
フィルムで覚えたことをそのままデジタルで応用しようと考えていた時期に、「デジタルだからできることがありますよ」と教えてくれたのもこのレンズ。
XF18-120mmF4 LM PZ WRが発売され、さらに出番は減るかもしれません。でもこのレンズと過ごした時間は永遠で、写真を選ぶためにフォルダを見ていてすごく楽しかったです。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist