富士フイルム XF56mmF1.2 R WR レビュー|進化した2代目の大口径中望遠を試す
儲かったレンズ
最初に断っておくと、先代のXF56mmF1.2 Rは作品を撮るのに最も多く使ったレンズで、下品な言い方をすれば「いちばん儲かった」レンズだ。
なにしろ56mmという焦点距離は、今の時代のスナップにとって抜群に扱いやすかった。換算85mmの画角のおかげで無理に被写体との距離を詰めなくていいし、でも隠し撮りしたような違和感がなく、被写体となる人たちに対してコミュニケーションが取りやすい。広角レンズにありがちな遠近感もなければ、望遠レンズ特有の圧縮感もなく、見る人を自然に写真のなかに引き入れることができる。
中望遠の定番であるフルサイズの85mmをAPS-Cで再現するべく、消極的に生まれた焦点距離だったのだろうが、こんなに扱いやすいレンズはないと思う。
スナップに必要な「分離」
もうひとつのメリットは強い「分離」。
大事なことなので詳しく説明すると、ストリートフォトを撮っている写真家は、みんな同じジレンマを抱えている。主役は大きく撮って印象を強くしたいけれど、それを活かすための背景も取り入れたい。ぐっと寄りたい気持ちと、引いたほうがいいかもしれないという迷いがあるわけだ。そのせいで「変わった看板の前を歩いている人」とか「闇に差し込む光にちょうど通りがかった人」のような、よくあるパターンが生まれてしまう。
主題と背景をどんなバランスで撮るか、この両立しづらい欲求をF1.2の大口径が叶えてくれる。分離と呼ぶのだが、距離を保ったまま背景をぼかして主役を浮き立てることができるのだ。本来はポートレートで有効なレンズの性格が、ストリートフォトで活躍してくれる理由である。
Xシリーズの運命を決めた
しかもAPS-Cに最適化されているおかげで小型軽量なため、大口径レンズなのに常用できる。フルサイズの85mmF1.2と並べて考えるわけにはいかない。これは56mmF1.2であるところに意味があるのだ。そういった意味でXシリーズの価値を高めるレンズであった。
おそらくこのレンズが発売された2014年に、多くの写真家が「こいつがあれば食える(仕事になる)ぞ!」と思っただろう。それまでのXシリーズは、人を撮るのに画質は最高と定評があったけれども、それを活かせるレンズがなかった。そこに登場したX-T1とXF56mmF1.2 Rの組み合わせは、Xシリーズを世界に認知させる役割を果たしたと言っていい。
当初はポートレートレンズとして発売されたが、人物写真だけでなく多くの写真ファンに愛されてきた。それがII型に生まれ変わったのが今回発売されたXF56mmF1.2 R WR。
X-Trans CMOS 5を中心とした第五世代デバイスのカメラに向けて、これまで数本のレンズがリリースされてきたが、とくにX-H2に関して本命の登場と言っていい。
II型へのリニューアル
名前を見ただけですぐにわかるが、WR(防塵防滴)仕様になったのに、最近のXFレンズでは標準仕様になりつつあるLM(リニアモーター)が搭載されていない。画質を優先して設計したらフォーカス部分のユニットが大きく重くなったため、LMで駆動するのが難しくDCモーターが採用されたそうだ。微小だが駆動音と振動がある。
ブリージングを抑え込むような設計にもなっておらず、静止画での画質を追求したところはむしろ好ましいと思う。すべてのレンズが「動画にも最適」と謳う必要はない。静止画に特化したレンズがあっていいはずだ。DCモーターの使い所に秘密があるそうだが、X-Hシリーズのパワーのおかげもあって、AF駆動にもたつきや遅さを感じることは一度もなかった。
近距離性能の飛躍的な向上
数値上のスペックで劇的に向上したのは最短撮影距離。もともとが寄れるレンズではなく、最短撮影距離70cmだったのが一気に50cmまで短縮された。しかも最短からキレッキレ。これは撮影シーンを例にあげてみるほうがわかりやすいだろう。
午前中にポートレートを軽く撮って、強い日差しを避けるために早めの昼食をするとしよう。色鮮やかに盛り付けられたプレートランチが運ばれてきて、窓から差し込む光でそれを撮ろうとする。70cmだと椅子から立ち上がってぎりぎりだけれど、50cmなら座ったままで撮れる。
隣の席でモデルが、さっき撮った写真を見ながらジュースを飲んでいて、「この写真すごく好き!」と笑っている。その表情が自然で素敵だと思ってレンズを向けるとしよう。70cmだと身体を引かなければ撮れないけれど、50cmならむしろ寄せるようにしてアップで撮れる。
近接に強いということはボケ量を大きく得られるわけで、中望遠での20cmは僅かな違いではなく、劇的に撮影シーンを拡大してくれる。
40MP超えの時代へ向けた描写性能
実写して最初に驚くのは、ボケに全く濁りがないところ。夜景で白いサイネージなどを背景に入れて撮ると輪郭に色づきがあって、その蓄積でボケが濁ってしまう。フリンジと呼ぶほど目立つものでなくても、よく見ればほとんどの輪郭に濁りがあるのに気づく。そんなの必要悪みたいなもので、多少は仕方ないと思って受け入れて、撮るときに目立つ位置から避けるなど工夫していたのに、このレンズなら気遣いがいらない。水道水がミネラルウォーターに変わったくらいクリアだ。
さらにピント部分のキレが高まって解像力が上がったため、ボケとのコントラストが強くなったおかげで、スポットライトが当たったようにピント部分が浮き立ってくる。最初に書いた分離の効果が高くなった。ピントは主題という意味を持っているが、ピントを合わせた部分が強く主張してくれれば、いつも中央ばかりで撮る必要がない。構図に自由が生まれ、背景を自在に選べる。
X-H2で撮影してモニターで拡大してみたとき、さらに40MPのポテンシャルに驚かされる。肉眼をはるかに超えた質感の再現と、圧倒的な情報量。高周波の被写体(木の葉、動物の毛など、線が細いもの)へのAF-Sでのフォーカス性能が向上したこともあってか、これだけ薄いピントでも思うところにビシッと合っていたのが気持ちいい。これが第五世代の実力なのだと納得した。
このレンズは買いか?
これだけ性能が向上しているのに、実測で399g→442.5g、フィルター径は62mm→67mmへと、一回りしか大きくなっていないのが嬉しい。最近のレンズの肥大化を考えればよく抑え込んだと思う。
電子シャッターの恩恵を利用して、日中から絞り開放でガンガン使えるレンズだが、絞り羽根も7枚からXシリーズで初めての11枚になったことで、絞り込んでいっても円形に近い形を保ってくれる。
あまりに好きで思い入れの強いI型だけれど、買い替えない理由が見つからず予約を入れてしまった。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist