懐かしいのに新しいXF90mmF2 R LM WR|写真がもっと楽しくなるX
誰もが認める高性能レンズ
前回のXF80mmF2.8 R LM OIS WR Macroの記事のなかで、マクロらしい描写性能、つまりはピント部分がキレッキレでうっとりするような大きなボケが得られるということなら、むしろXF90mmF2 R LM WRのほうが相応しいかもしれないといったことを書きました。
初めて使ったときの衝撃なら、歴代XFレンズのなかでもトップレベルです。
このレンズについて話す前に、まずフルサイズ換算した135mmについて説明しておきます。とても大切なことだから。
135mmの思い出
ぼくが自分の一眼レフを手にしたのは小学生のときで、1970年代の終わりごろ。標準レンズの王様は50mmF1.4だったと前に書きました。広角の代表は28mmで、望遠の代表は135mmでした。十代で写真をやっていたら、みんな135mmが欲しかったと思います。
ぼくも多分にもれず、同級生の自然な表情を(言葉は悪いけれど)盗み撮りできるんじゃないか、と憧れたものです。でも実際に使ってみるとそんなパワフルじゃないんですね。鳥や動物を離れたところから撮ることもできないし、のちに大流行する300mmF2.8のような圧縮効果も生まれません。もちろん盗み撮りできる距離でもないです。ものすごく中途半端。
そんなことを知らないので、高校生のときに小遣いやお年玉を貯めて交換レンズが買えるようになって、まず候補に上がったのは135mmでした。でもカタログを見ていると、それほど値段が変わらないのにズームレンズが買えることに気が付きます。135mmはF2.8だけれど、F4でいいなら80-200mmや70-210mmといったレンズが買えるとなれば、そっちを選んでしまうでしょう。
今だったら50mm一本で手巻きで撮る姿をストイックで美しいと思いますが、ズームレンズとモータードライブの誘惑に勝てなかったです。これはぼくだけじゃなく、時代がズームレンズにシフトして、135mmを単焦点で買う意義が薄れていきました。広角レンズと比べると、望遠では開放一段の明るさの違いやボケの美しさに決定的な違いがあり、単焦点のメリットは大きかったはずなのに・・・。
そんなわけで135mmはオワコンとなりました。
需要がなければレンズ設計は古いままで、余計に注目される機会がなくなります。ミノルタのSTF135mmF2.8は素晴らしいレンズで、これだけのためでもボディを買って使おう!と思わせるほどの性能でしたけれど、トレンドとなってマーケットを活性化させることはなかったと記憶しています。
混乱と衝撃のデビュー
そんな背景があったからか、 XF90mmF2 R LM WRが発表されたとき、「今どき135mm?」という反応が多くありました。
XFには56mmF1.2という素晴らしいポートレートレンズがあり、50-140mmF2.8もラインナップされていて、用途が見えづらかったからでしょう。
ところがXF90mmF2 R LM WRの性能がとんでもなかったのですね。MTFなど公開されている数値が飛び抜けていて、近接60cm、リニアモーター搭載、さらに円形絞りを採用して口径食がほとんどない。
そんなウマイ話があるもんか、と疑って使ってみましたが、絞り開放からキレッキレで、寄れるおかげでボケが大きく豊かで、口径食も目立ちません。欠点を見つけるのが難しいくらいです。
いちばん嬉しかったのは、135mm相当の「ちょっと離れたところから憧れを見つめているような視線」を久々に感じたことでした。広角レンズは足で撮る、望遠レンズはセンスで撮る、と言われているように、街歩きしながら気になったものを切り取っていくとき、画角がちょうどいいのです。
作りやすい焦点距離で設計のときに苦労が少なかったというコメントを読み、だからあんなに流行ったのだなと納得しました。
このレンズが直接のきっかけになったかどうかはわかりませんが、このあとで135mmは激戦区となって素晴らしいレンズが登場します。マクロレンズのところで、いいマクロレンズがあるとそれだけのためにそのマウントを使う理由になると書きましたが、135mmにも同じことは言えます。
とくにポートレートは画質にとっては不利な条件――逆光で使われることが多く、ハイキーが多用され、肌や髪、ドレスなどシビアな質感が求められ、その上で「立体感」やら「空気感」といった感覚的なものまで問われるため、シビアな要求に応える必要があります。
フルサイズだと135mmF1.8になるわけですが、こちらは同じ画角でも90mmの距離で撮れるので、モデルとの距離が近づきつつある現代のポートレートだとこっちのほうが扱いやすいと感じる人も多いかもしれません。声が届くし、モデルが考えていることが感じ取れる距離なので。モデルとの距離感は好みがあるため、両方を試してみると良いです。
ぼくはスナップでも使いますし、80mmマクロの代わりにブツ撮りに使うこともあるため、90mmの扱いやすさがありがたいです。
第五世代によって伝説は蘇るか
2022年の中頃までだったら、記事はここで終わりになるのですが、今だと新しい興味が湧きます。
第五世代のセンサーと組み合わせたとき、このレンズのポテンシャルはさらに引き上げることができるのか、それとも欠点が見え始めてくるのか。
事あるごとに「センサーの解像力が高まるとレンズへの要求が高まり、欠点が露呈されてしまうとされているけれど、第五世代のセンサーに関してはそこまでレンズに厳しいとは思わない。世代が前のレンズでも十分に楽しめる」と書いてきました。
でも気になりますよね?
リニアモーター積んであるのでボディ側のAF性能が向上すれば、レンズもそれに応えてくれるはず。とすると発売当時よりさらに高いパフォーマンスを発揮してくれる可能性もあります。
いざ動物園に。
X-T3時代に最も多く使ったレンズで、普段はそれほど出番が多くないため、うまい具合に当時の感覚と比較できます。まず最初に感じたのが「思っていたほど寄れないな」ということ。マクロレンズ並みに寄れて超便利だと思っていたのが、56mmF1.2の進化などで慣れてしまったからでしょう。リニアモーターの動きはスムーズでいいです。初めてコンティニュアスAF使おうかと思えたほど。
せっかくの40MPなのでPRO Neg.Stdを使ってみましたが、うっとりするほど美しかったです。とくに感心したのは諧調の美しさで、画素数が上がったおかげに違いないのですがピント部分からボケていくところの滑らかさが、より魅力的に見えるようになりました。色が単調なのに質感だけで見入ってしまいます。ボケも柔らかいですね。
拡大して細部を見ると恐ろしく鋭いのに、写真として見ていると優しさを感じるところが一番の魅力でしょうか。惚れ直しました。いいレンズですね。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist