ライカはそんなにすごいのか?憧れを超えてゆけ!|第一話「ライカの魅力を検証する」
ライカはカメラの王様
いちばんいいカメラはライカです。カメラの王様!
ときどき理由を聞かれることがあって、細かいことを言っているとキリがないので重要なポイントを三つ。
1.圧倒的な知名度とステイタス
「ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)」で知られる伝説の作家、J・D・サリンジャーの短編「テディ」にこんなセリフがあります。
「カメラを持たせただと!」と、言った。「あれはライカだぞ、俺の!」
(「ナイン・ストーリーズ」著:J・D・サリンジャー 訳:野崎孝)
句読点の打ち方に時代を感じますね。1953年の小説なのでM型ライカ誕生前夜と言っていい時期です。それでもライカという固有名詞を小説に使うことができたことに驚きます。大型カメラの傑作ディアドルフ、中判の名機であるローライやハッセルブラッド、この後に世界を席巻するニコン、どれでもライカの代わりになりません。
高級時計の代名詞としてのロレックスについて、「もっといい時計は他にいくらでもあるよ、パテック・フィリップとかヴァシュロンとか・・・」と言う人がいますが、誰でも知っているというのはすごく意味があること。歴史によって築き上げられた認知度はそう簡単に手に入らないからです。
「それいいカメラだね?」
「ライカだよ」
「ええっ、高いんじゃないの!」
といったやりとりは、ライカを使っているとしょっちゅうあることで、ステイタスの意味でも特別なカメラであることがわかります。
2.独特な世界観
ぼくがライカを愛用していたとき、「この世にあるものの99%は一眼レフのほうが撮りやすいと思うけれど、自分が撮りたいものは残りの1%にしかない」と言ったことがあります。若かったですね。でもこれは本心であり、実感していたこと。
いまでは望遠やマクロも使えますが、基本的にライカは21mmから90mmまでの焦点距離で生きるカメラであり、とくに35mmと50mmに集中した世界線。あれも撮れる、こんなのも撮れる、と対象を広げて世界を大きくしていくのではなく、小さな世界をひたすら強固に確立していきました。
試しにライカのInstagramを見てみてください。スポーツや風景はほとんどなくて、ひたすらスナップだけ。それも標準レンズに近い焦点距離で撮られているので、写っているものは外国の見慣れないものであったとしても、自分のことに置き換えて感じられる親密さがあります。
「日常に寄り添い、心の動きを写真に変えてゆく」
それがライカだということを、ひたすら繰り返し続けて強化してきました。割り切っているので複雑な機能もありません。おかげでプライベートはもちろん仕事のレベルになっても常に扱う楽しさがあるため、道具というよりパートナーのような存在に。そのシンプルさに惹かれ、歴代の著名写真家が愛用して名作を撮ってきたことも重要です。
もしぼくが「世界のスナップのベスト20」を選ぶとしたら、9割はライカで撮ったものになるでしょう。それらが撮られたとき、同じ場所に別のカメラがあったとして、写真がそこまで違うとは思いません。そういう場所に持っていきたくなる、ライカを手にしたら呼ばれるようにチャンスに出会えることが価値なのです。
3.コストを度外視したものづくり
待ち合わせまで時間があって、ある高級オーディオのショップに行くと、ゆっくりできますから試聴でもどうですかと声をかけられました。ノラ・ジョーンズやダイアナ・クラールのような音が良い有名な曲ばかりかけるので「ずるい」と思ったものの、音像の広さと厚みはすごかったです。とにかく音楽が豊かに聴こえます。
そこで「確かに音は素晴らしいです。でも高いんでしょう?」と聞くと、「470万円です」と冷静に。申し訳なさそうな感じは皆無。黙っていられなくて「ペアで470万ですか・・・」と言うと、「一本の値段です」だって。さすがフラッグシップですねと言ったら、上から二番目とのこと。
店員が続けました。「最高のものを作ることだけを考えて、それに必要だったものをすべて合わせたのが価格になっているのです」ふつうは理想のものづくりにもコスト計算が含まれます。製品の魅力にコストパフォーマンスが欠かせないから。けれどもこのスピーカーや、おそらくライカには目標価格がありません。納得いくまで時間をかけて、最高の部品を集めて、それに見合った工作をする。
比べるものがないほどの価格には、もうひとつの効果があります。心理学で認知的不協和と言いますが、高いものほど買った自分を責めたくない心理が働いて悪く思いづらいのです。ホテルやレストランのクチコミは高級になると点数が甘いとされるのも同じ理由から。百万円のカメラを買って「しまった、失敗だった」と思いづらいですよね。
手にした瞬間に「うわっ、すげえ」と驚くほど仕上がりが良く、どんな手の大きさにも馴染む奇跡みたいな曲線でデザインされ、絵作りも独特。中古市場がしっかりあるためリセールバリューが高く、古いモデルでも修理できるのも魅力です。
ずっと魅力について書いていてもいいのですが、憧れてばかりではつまらないので、ライカを買わずにライカに近づくためのいくつかのチャレンジを紹介します。
まずは、ほんとうにライカはすごいのかを検証する
10年くらい前のフォルダを開くと、撮っているものの懐かしさとは別に、画質に時代を感じることがよくあります。ぼくが富士フイルムのXシリーズを愛用している理由のひとつは、画素数に違いはあっても絵作りに一貫性があって、RAW現像などで整えなくても写真を並べて違和感がないこと。
ライカは数年の流行を追うことなく、普遍的な美しさを感覚で評価して設計されていると言われていて、じゃあ今の目で見たらどう思うのかってことに興味があります。
絵作り
1.撮って出しのJPEG
最近のライカはもうちょっとニュートラルでややコントラストが高めになった印象がありましたが、誰が見ても日本製のカメラじゃないと感じるでしょう。画像に厚みがあるみたいで立体感がすごい。これよりキーを下げて露出アンダー傾向にするか彩度を上げると画像のボリュームは増しますが、撮れる写真の幅は狭くなってしまいます。ライカらしいチューニングです。
2.RAWデータをDxO Photolabで現像
フランスのメーカーらしく落ち着いた絵作りに定評あるソフトで、ハイライトにやや硬さがあって新しめのネガっぽいですね。
3.RAWデータをCapture Oneで現像
オールドコダックのムードを狙ってみました。すごく解像度が高いとかダイナミックレンジがとにかく広いとか、そういうことではなく「空気感」が素晴らしい。
Column:映画のなかのライカ
「さようなら、コダクローム」
コダクロームはフィルムの良き時代の象徴。それを現像できる最後のラボが閉まるという「歴史が途切れる」日をめぐり、アナログ時代を生きた写真家である父と、それに反発してデジタル世界に生きる息子が心を通わせていくロードムービーです。エド・ハリス演じる写真家は当然のようにライカを使っています。もちろんモニターも見ないし、充電もしない。
カメラ好きが見ても違和感ないほどディテールはしっかりしていて、けれどもストーリーが自然なので写真やカメラに詳しくない人でも楽しめると思いますから、誰かと一緒に見るのもおすすめです。いいセリフ、心に残る場面がたくさんあります。
ファインダーとフォーカスの構造
ライカがスナップに向いている理由として、ブライトフレームと二重像合致のフォーカスシステムが挙げられます。つまりは「ピントとシャッターが独立している」こと。ピントが合わなくてもボケの影響がなく構図が決められ、ピントが合わなくてもシャッターが切れるのは、スナップでは重要なこと。
色再現
デジタルカメラの新製品が出るたび厳しくチェックされるポイントのひとつ、発色と色再現についてはどうでしょう?
70年代の映画を見ると日陰や夜は驚くほど色がありません。どんな明るさでも、日向も日陰も、みんな同じように撮れるほうが不自然と言えないこともない。光源に収差が見えますし、等倍にしてひとつずつ文句を言っていくこともできるでしょうが、大切なのは写真から何を伝えたいかってこと。破綻がその妨げになってはいないです。
とは言え、ちょっと日陰に入ったくらいで下の写真だと厳しいこともあるでしょう。色の正確さや光に対する汎用性の点で不満がないわけでもありません。
そこで、これまで使ってきた日本製のデジタルカメラで「これは部分的にライカに負けてないかも」と思った印象的な機種があるので、次回からはその写真と設定などを紹介します。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist