新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.017 ズミクロン5cm f2 1stブラックペイント
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという有り難い企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。現行品からヴィンテージまで取り扱いのあるヴィンテージサロンの品物から、どんなアイテムを見せてもらえるのか楽しみです。
ライカフェローのお薦めは?
今回お薦めアイテムを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店でライカフェローの肩書を持つ丸山さん。ヴィンテージライカに関する豊富な知見を持っている丸山さんが前回見せてくれたのは、通称スチールリムと呼ばれるズミルックス35mm F1.4の初期タイプ。この流れだとレンズが続くかもしれないという予想どおり、カウンター越しに単体の交換レンズが登場しました。
王道のヴィンテージ標準レンズ
「こちらが、ズミクロンの固定鏡筒(リジッド)の1stのブラックペイント各種でございます」と、差し出されたM型ライカ用の交換レンズ。ズミクロンとは開放F値がF2のライカレンズに与えられた名称です。この名前のついたレンズが最初に登場するのは1953年のこと。ライカM3が発売された1954年よりも前のタイミングです。
最初のズミクロンは5cm表記でバルナックタイプのライカ用なので直径39mmのスクリューマウント(いわゆる旧ライカLマウント)でしたが、ライカM3と同期してレンズ構成を変えることなくバヨネット式のMマウント化します。でも、その時点ではレンズ鏡筒が伸び縮みして収納便利な沈胴式でした。固定鏡筒(リジッド)タイプが登場するのは1956年からになるそうです。
かなりレアなブラックペイント仕上げ
ここに登場した3本は、いずれも5cm(50mm)の標準レンズ。かなり古い時代のもののように見受けられますが、3本ともブラック仕上げです。固定鏡筒(リジッド)のズミクロンでブラックペイントのモデルが出てきたのは1957年からとのこと。
「この年代のレアなライカといえば、プロカメラマンの要望で作られたライカMP(現行品のものではない)というモデルがありますが、そのブラックボディに合わせてこのズミクロンが製造されたことが予想されます」と、丸山さんの解説をお聞きしながら手にしたレンズ。どうやらこの1本が一番古いもののようです。
ごく初期にだけ刻印されたRマーク
「井上さんが手に取られたのが一番初期のもので、1957年製になります。まさにライカMPについていたであろうと思われるレンズです。赤いRマークが付いているのも特徴で、番号帯では1465から始まり1477ぐらいまでの個体にブラックペイントが存在します」とのこと。
Rマークと言われてピンとくるのはフィルム時代に相当写真にのめり込んだ方々だけだと思いますので解説しますと、赤外線フィルムで撮影する場合には通常のフィルムとは異なる波長の光(人間の可視光より低い)を捉えることから、通常の距離スケールのまま撮影するとピンボケになります。そこでピント合わせしたあとでその距離をR指標のところまで動かすとピントが合う。そんなレアな使用法のための指標ですが、国産レンズにも昔にはたいがいRマークが付いていたものでした。
マウントまでペイントがハゲハゲのレンズ
「次は1958年、翌年ですね。これは先ほどと形は同じですがRマークがないことと、こちらの方が数は多くなってきますので1957年製のものと比べると価格は安くなります」とのこと。このレンズもマウントまで真鍮製でブラックペイントが剥離していて迫力がありますね。何というか茶器の世界で釉薬の乱れに“景色が見える”と評するような趣があります。
「この前販売したものは前期のタイプでしたが使いすぎて後期型の外装に交換されていて、新しくした外観も使い込まれて全部が真鍮の地金の色になっているほど使われたものでした。お客さんでハゲハゲが好きな方がいらっしゃって『これはすごい!』と喜んで買っていらっしゃいました(笑)」とのことですが、個人的な好みとしてはこのレンズくらいの雰囲気がベストかなぁ。と思います。
1960年代の中頃がブラックペイント最終便
「こちらは1962年ですね。焦点距離の表記が5cmから変わって50mmになっています。この時代になるとピント調整リングに刻まれたローレットの形が太くなってくることと、マウント部分がクロームメッキ仕上げになってきます」ふむふむ。少しづつ現代的なテイストが感じられるのは、距離スケールがmとfeet併記になっている部分も大きい気がします。
mで使う人はfeetはいらないし、feetに馴染みのある人にはmは不要。どちらか一つの方がスケールとしては見やすいけれど、それが馴染みのない方の単位だとすると困ったことになります。「これは後期でもfeet表示が赤いスケールで、その後は黄色い字になっていきます。俗に呼ばれるレッドスケースで、こちらのほうが人気が高いです」おお、なるほどfeetが赤い文字でm表記が読みやすい! これはm派には嬉しい仕様かもしれません。
無限ストッパー金具のサイズにも変化がある
こうして年代別にズミクロンの固定鏡筒(リジッド)の1stのブラックペイント各種を見比べるという贅沢をさせていただいていると細かいところにも目が向くようになりますね。無限ストッパーの金具にも小変更が見受けられました。「後期になるとストッパーの部品の直径が細くなっています。無限ストッパーがついているのはこの第1世代のズミクロンまでです」
こんなに色々と仕様に変化が見られるブラックペイントのズミクロンの固定鏡筒(リジッド)モデルが製造されていたのは1965年頃までで、それ以降は塗膜の剥離という問題から決別すべく、ブラッククローム仕上げになります。10年間にも満たない期間しか製造されていなかったというのは意外な感じもします。
まとめ
M型ライカの標準レンズといえば、定番中の定番がこのズミクロンです。でも、初期モデルのブラックペイントとなるとレアすぎて手が出しづらいのも確かです。どんな人にこのレンズを使って欲しいかと丸山さんに聞いてみました。
「それぞれお持ちのカメラに年代を合わせたいというこだわりをお持ちのお客様が探されているタイプのレンズです。特にブラックペイントのライカM3のボディで、製造年をなるべく合わせていく形で選ばれる方が多いですね。1957年製のレンズに関してはオリジナルのブラックペイントのライカMPをお持ちの方がいらっしゃればベストマッチです。こちらのレンズからスタートしてボディを探すことも、もちろんありだと思います」
■ご紹介のカメラとレンズ
・ズミクロン 5cm F2 (1957)ブラックペイント 価格 1100万円
・ズミクロン 5cm F2 (1958)ブラックペイント 価格 770万円
・ズミクロン 50mm F2 (1962)ブラックペイント 価格 550万円
※価格は取材時点での税込価格
■お薦めしてくれた人
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:ライカフェロー 丸山豊
1973年生まれ。愛用のカメラはM4 ブラックペイント
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。
新宿 北村写真機店 6階ヴィンテージサロン
新宿 北村写真機店の6階ヴィンテージサロンでは、今回ご紹介した商品の他にもM3やM2、M4のブラックペイントなどの希少なブラックペイントのカメラ・レンズを見ることができます。
どのような機種が良いか分からない方もライカの知識を有するコンシェルジュがサポートしてくれますのでぜひ足を運んでみてください。