映画の中の、あのカメラ|03 キングコング:髑髏島の巨神(2017) ライカM3 ズマロン35mm F3.5メガネ付き

映画の中の、あのカメラ|03 キングコング:髑髏島の巨神(2017) ライカM3 ズマロン35mm F3.5メガネ付き

はじめに

皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。

1973年の南太平洋の孤島を舞台にした怪獣映画

今回取り上げる作品は、キングコングです。1933年に初公開されたモノクロのストップモーション・アニメによる特撮映画のヒット作から数えて8本目にあたるジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督による『キングコング:髑髏島の巨神』(2017)。舞台はオリジナルと同じで南洋の孤島ですが、時代設定は1973年。アメリカがベトナム戦争から撤退を宣言した日、特務機関モナークは実稼働して間もない地上観察衛星ランドサットが捉えた未知の島、髑髏島への地質調査の件で猛烈なプレゼンテーションを展開して上院議員を説き伏せます。

髑髏島の驚くべき生態系を記録したライカM3

髑髏島調査の護衛部隊にはベトナムから帰還予定だったパッカード大佐(サミュエル・L・ジャクソンが怪演)の部隊に加え、元SAS(英国特殊空挺部隊)隊員のコンラッドをサバイバルアドバイザーとして雇用。このチーム編成は普通の地質調査をするには大袈裟すぎる気がしますが、暴風雨を突破して島に乗り込んだ調査隊が見たものは‥。

本作の重要な登場人物として、米国TIME誌と契約している反戦派のカメラジェンヌ、ウィーバーのことを語らなければなりません。どうにも怪しい匂いがプンプンするモナーク主導のプロジェクトを嗅ぎつけて彼女も調査隊に加わるわけですが、肌身離さず(何度か落としたりもするけれど)持ち歩き、眼前の光景を記録するのに使っていたカメラ、それがライカM3だったのです。

言わずと知れたレンジファインダーカメラの傑作

ライカM3は、旧西ドイツ時代のエルンスト・ライツ社が1954年に発売開始した35mm判の実像式レンジファインダーカメラです。極めて鮮鋭な二重像合致式のピント合わせと装着したレンズによって自動的に切り替わる撮影フレームのコンビネーションに加え、従来のカメラで一般的だったノブ式でなくレバー式のフィルム巻き上げを採用したことにより、速写性の高いカメラとしてスナップショット技法の礎となった傑作機です。

ライカM3には製造年代による仕様の小変更がありますが、劇中に登場するのは後期型で1回の巻き上げでフィルムが巻き上げられるシングルストロークのタイプ。クロームボディは1966年まで製造されていたという記録がありますので、劇中では長く使ってきた報道写真家の愛機という設定ですね。

メガネ付きの35mm広角レンズ、ズマロン

映画本編に何度も登場するシングルストロークのライカM3は、グッタペルカが茶色に変色するほど使い込まれているものですが、あそこまで茶色くなった機体というのは戦前のバルナック型ライカでしか見たことがありません。それはそれとして、装着されているレンズが渋いんです。

ズマロン35mm F3.5のメガネ付き。ズマロンというレンズはスクリューマウント時代から存在するライカ用の広角レンズの名称です。その後に市場投入されるF2のズミクロンやF1.4のズミルックスの影に隠れた開放F値の暗いマイナーな存在ではありますが、とにかくよく写ります。ズマロンにはF3.5の後にF2.8のモデルも開発されますが、映画に出てくるのはF3.5の方ですね。

ライカM3のファインダー倍率をメガネで変換

丸と四角の銀縁メガネが一体化したズマロンを、ライカM3のバヨネットマウントでシャキーン!と装着。そうすると丸いレンズが距離計像のプリズム、四角いレンズがファインダーブロックの前にピタッと収まって倍率を変えるんです。

ライカM3のファインダーフレームは50mm、90mm、135mmの3種類のみ。だから35mmの広角レンズを使う時はアクセサリーシューに外付けのフレームファインダーを装着するのですが、メガネ付きのズマロンであればファインダー倍率を低くすることで50mmの撮影枠を35mmレンズの範囲へ変換。速写性に関して外付けファインダーを使うより有利になります。この組み合わせをスタイリングした映画の小道具さんは、かなりのライカ通なのではないかと思います。

適正露出を示してくれるライカMCメーター

さらにカメラの見た目を派手にしているのがアクセサリーシューに装着されたライカMCメーターです。この露出計はニュルンベルグのMetrawatt社製ライカ純正アクセサリーで、カメラ本体のシャッター速度ダイヤルにカップリングさせたリングを操作することで、その速度に応じた適正露出の絞り値がアナログの指針で読み取れます。

メーターの感度は赤いドットに切り替えるとブーストされ、室内などの低照度環境でも測定が可能。その場合は赤い絞り値を読むというシンプルな露出計です。アクセサリーシューに装着する際にはカップリングのピンがシャッターダイヤルと干渉しないようにメーターのリングをB位置にしてから持ち上げておくことに加え、筆記体の刻印のあるトッププレートに擦り傷を作らないように隙間をキープしながら差し込むのが作法です。

セレン光電池によるサスティナブルな仕様

ライカMCメーターは、セレン光電池による起電力で指針を動かす仕組みで電源は不要。劇中では三脚に取り付けたライカM3でウィーバーがオーロラを撮ろうとする際に、彼女に気があるSAS隊員のコンラッドが英国空軍出身の父の形見のオーストリア製イムコの炎でメーターの表示部を照らしてあげるというロマンチックなシーンがあります。

とはいえ、あそこまでの低照度ではセレン式の露出計は対応できないものです。次期機種のライカMRメーターは1.35Vの水銀電池を電源として必要としますが受光素子に硫化カドミウム(Cds)を採用することで低照度下での測定精度が強化されています。

カメラの底蓋を外してフィルムを装填

M型ライカは戦前のバルナック型ライカから受け継いで、底蓋を外すと見える細い溝に差し込むという伝統のフィルム装填方式を採用しています。M型ライカ初号機であるライカM3がバルナック型から改良された点は裏蓋がパカっと開くこと。これでフィルムのパーフォレーションがスプロケットの爪としっかり噛み合っているかどうかを確認できます。

ところが、劇中ではこの裏蓋を開けることなどせず、バルナック型ライカ同様にシュルッとフィルムを装填するシーンが出てくるんです。その所作がプロの写真家っぽいんですよね。しかもフィルムはコダックのプラスXなんです。感度はASA(現在のISO)125で、高感度ASA400のトライXと比べて微粒子なのが特徴でした。このフィルムのセレクトも渋くて痺れます。

まとめ

M型ライカは、持ち前の速写性と堅牢さから戦後のグラフジャーナリズムにとって必要不可欠な機材でした。特に広角レンズを使用する際には一眼レフとは比較にならないピント精度とコンパクトさも特長です。M型ライカの初号機であるライカM3は、1970年代の初頭であれば現役のプロ用機材として活躍していたと思われます。だから、『キングコング:髑髏島の巨神』に登場するこのセットは、南洋に浮かぶ未知の島の謎を解き明かすルポルタージュ撮影に持っていくのにグッドチョイスだと思います。

ちなみに劇中ではライカが泥だらけになったり放り投げられたりしながらもタフに動き続けていますが、いくら丈夫に作られているとはいえ僕たちはこの偉大なクラシックカメラに敬意を表して、丁寧に扱ってあげたいですね。

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

 

 

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