ニコン NIKKOR Z 35mm f/1.8 S × 旅|クキモトノリコ
はじめに
そもそも写真やカメラに興味を持った理由のひとつが旅先で写真を撮りたい、ということだった私は、コロナ前は少なくとも年に2〜3回は海外へ撮影に出かけていました。旅先に連れていくレンズは、あれもこれも持っていきたいけれども荷物を考えると無理。そんな中でもし1本だけ単焦点レンズを持って行けるとしたら、私は迷わずこのレンズ「NIKKOR Z 35mm f/1.8 S」を選びます。その理由を、2018年〜19年の年末年始のオーストラリア、2019年6月の香港、そして同年11月のフランスでの写真を通してお伝えします。安心して海外へ行けるようになった時に参考にして頂ければ嬉しく思います。
程よい寄り具合と引き加減を味わえる画角
何かしら単焦点レンズを1本だけ持ち出す際に、35mmか50mmのどちらかを選ぶ人は比較的多いのではないでしょうか。どちらを選ぶかは人それぞれだと思いますが、私は断然35mmを選びます。その一番の理由は、なんといっても「広過ぎず、狭過ぎない画角」。標準レンズとも言われる50mmは私には少々窮屈に感じられ、28mmは「それならいっそ24mmくらいほしい!」と中途半端な広さに感じられてしまう。その点、私にとって35mmは感覚的に「ちょうどいい画角」なのです。
2019年6月、このレンズを存分に味わおうと香港へ向かいました。日頃は自他ともに認める「晴れ女」な私ですが、この時は珍しいことに滞在中のほとんどが雨。朝起きて窓の外を見やると、眼下を走る高速道路と海沿いのスポーツ施設越しに、たくさんの船が忙しなく行き交うビクトリアハーバー、その向こうには香港島の対岸、九龍側の高層ビル群と厚い雲で覆われた山……。これらの情報が過不足なく一枚の写真に収まり「ホテルの部屋からの風景」として成立しています。
街へ出ると、香港島内の移動には2階建ての路面電車、トラムをよく使います。乗り込むと目指すは2階の一番前の席。ここからの眺めはいい歳をした大人といえどもやはりわくわくしてしまいます。停車場で車両のすぐ前を行き交う人々と道の左右に迫るお店の様子は、このトラムが繁華街を縫うようにして走っていることを物語っています。この時も、必要以上に広過ぎず、狭過ぎない画角は目の前に広がる街の喧騒を感覚的に「ちょうどよいボリューム」で表現してくれています。
食事は旅先での楽しみのひとつ。せっかくなら美味しそうに、かつその場の雰囲気も写しておきたい……と思った時に手持ちのレンズが高倍率ズームだと「室内では開放F値が大きくレンズが暗すぎる」「広角側だと余計なものが入り、望遠側だと被写体に近づけない」といったことが起きてしまいがちです。
そんな時に役に立ってくれるのが35mmの単焦点レンズ。最短撮影距離は25cmと高倍率ズームに比べてぐんと近寄ることができ、程よく背景を入れながらぼかすこともできる……。写真家仲間と訪れたパリでランチのこの時も、Z 35mm f/1.8 Sのレンズは、寄って被写体をクローズアップ&引いてテーブル全体の雰囲気を撮る、その両方を1本で賄うことができました。超便利!
シドニーに住む友人一家を訪ねた時の写真です。娘ちゃんはちょうどやんちゃ盛りなお年頃で、置いてあった私の帽子をかぶって「見てみてー!」と無邪気に笑う姿をパチリ。ある程度被写体に寄ることで人物をぐっと大きく捉える撮り方ができる一方で、レンズを交換することなく家族みんなで記念撮影。広すぎず、狭すぎない画角はそのどちらをも1本でカバーすることができる、とても使いやすい画角です。
開放F1.8の大きなボケによる立体感を楽しむ
香港で南国らしい雨上がりのハイビスカスを、35mmの画角を活かして背景を広く取って玉ボケを入れつつ撮ってみました。開放F値が1.8ゆえに、広めの画角でも大きなボケを作りやすいのが特徴のひとつです。
絞り開放のF1.8と少し絞ったF2.8とで撮り比べてみると、開放F1.8だと画面端の方の玉ボケが少しレモン型になる口径食が出るものの、F2.8だと綺麗なまぁるい玉ボケに。それでも開放時のピントが合った部分の拡大を見ると、しべに付いた水滴までしっかり写しとり、その解像感の高さに感心するとともにボカすことで得られる立体感が際立っています。
摩天楼が立ち並ぶイメージの強い香港ですが、街を少し離れると意外に長閑な光景と出会えます。とあるお家の軒先に停められていたレトロな自転車が素敵で、敷地の外から垣根のグリーン越しに撮影。手前のグリーンを前ボケに入れましたが、やわらかい緑が広がり、後ろの自転車の金属感や錆や金色と赤のエンブレムの質感を際立たせてくれました。
まぁるいボケと解像度の高さを堪能する
香港・九龍半島側の深水埗は、ハンドメイドアクセサリーには欠かせない手芸用品の問屋さんがたくさん集まる街。店先に置かれたパールのようなビーズがとても綺麗だったので、25cmという最短撮影距離まで被写体に寄ってみるとこの通り、表面の虹色の艶をしっかり表現しつつ、手前や奥はやわらかくボケて連なる玉ボケがまるで雪のようで……つい何枚も撮ってしまいました。
やわらかいものも硬いものも、その質感を見る人に伝えてくれる
香港で乾物屋さんの店先にいた人懐っこい猫を、最短撮影距離の短さを活かしてぐっと寄って撮ってみました。ピントの合った手前の目には、写り込んだ景色がはっきり見て取れます。その目のガラスのような艶やかさと毛並みの柔らかさを忠実に描写しつつ、なだらかにやわらかいボケへと繋がっていく様子が見事で、猫の額に触れた時の毛の柔らかさと骨格の硬さといった手触りをリアルにイメージさせてくれる仕上がりに猫好きなら悶絶してしまいそうです。
香港の街角、とあるカフェバーで入店する人を掴まえようとするかのように突き出した手のオブジェ。通りすがりの女性の服の色とも相まって全体としてやわらかいトーンに仕上がりつつも、金属のオブジェの硬さやつめたさといった質感がしっかり伝わってきます。
暗い中での手持ち撮影も安心の1本
パリに到着後すぐ、日の出前のまだ夜の続きのような暗い中を、パリに来たからにはと焼きたてのクロワッサンを求めてブーランジェリー(パン屋さん)へ。開放F値が1.8と光を取り込む能力が高いレンズゆえ、暗い時間帯のスナップにはピッタリの1本です。
日本よりも間接照明が使われることの多い海外。帰国前日、パリで最後のディナーに訪れたこのレストランも同様で、薄暗い店内は手持ち撮影には非常に厳しい環境……。そんな中でも開放F値が1.8と光を取り込む能力が高く、またNikon Z6の強力な手ブレ補正機能のおかげで安心して手持ち撮影ができました。
ちなみにこのお料理はフレンチ版ユッケとも言える「ステーキ・タルタル」。生の牛肉を数種類のスパイスとともにいただきます。日本ではもう食べることの叶わないメニューゆえ、ぜひまたフランスへ食べに行きたいものです。
雨の日の撮影でも安心な防塵防滴設計
珍しく雨の日が続いた香港旅。旅先では暗くなってからでも、そして雨が降っていようとも、限られた滞在期間内は目いっぱい撮影したいもの。そんなときに、少々の雨に濡れても心配することなく撮影に臨める設計は非常に頼もしいですね。そこに描写力が加わると、もう最強の相棒となります。
撮影後記
旅に連れて行くレンズは、明確な目的やレンズの指定がないのであれば「高倍率ズーム+35mmの単焦点の2本」が、私にとっては一番コンパクトで撮りやすい組み合わせです。そんな中で、特に今回の香港旅は本レンズ1本で撮る、という普段とは違う旅になったのですが、画角はもとよりボケ味や解像度の高さなどからなんら不自由やストレスなく、むしろ気持ちよく撮影を楽しむことができました。
このコロナ禍により再び海外へ出かけられる日はもう少し先になりそうですが、またこのレンズを連れて出かけられる日を楽しみにしています。
■写真家:クキモトノリコ
学生時代に一眼レフカメラを手に入れて以来、海外ひとり旅を中心に作品撮りをしている。いくつかの職業を経て写真家へ転身。現在はニコンカレッジ、オリンパスカレッジ講師、専門学校講師の他、様々な写真講座やワークショップなどで『たのしく、わかりやすい』をモットーに写真の楽しみを伝えている。神戸出身・在住。晴れ女。
公益社団法人 日本写真家協会(JPS)会員