Nikon Z 8 を選んだ理由|大和田良

大和田良
Nikon Z 8 を選んだ理由|大和田良

はじめに

発表と同時に予約し、Nikon Z 8を購入しました。発売日に入手できるよう手配したカメラというのは久しぶりです。D850も発売後しばらく経ってから購入しましたし、即決で注文して手に入れたカメラは、D800E以来でしょうか。

写真というのは、カメラや感光材料の歴史と共に歩んできたメディアです。例えば、ライカのような小型のカメラが開発された1920年代中頃には、自由なカメラアングルとポジションによるスナップショットという、新たな撮影方法が可能になりました。また、フィルム感度などの感光材料の発達は、手持ち撮影や瞬間の撮影を可能にしましたし、さらにはモノクロームからカラーへとその表現の幅を広げ、写真家は新たな視点と表現を獲得し、写真芸術を拡張していきました。

私が写真を始めたのは、1998年頃ですから25年ほどの月日でしかありませんが、その間にも色々なターニングポイントがあったと言えます。今日はそんな昔噺を交えながら、Nikon Z 8について書いてみたいと思います。

クリアで視覚が拡張されたような驚きの体験

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/8 1/13S ISO12800

Z 8を使い始めてまだ一月ほどですが、私にとっては本格的なミラーレスへの移行を意味する上で、非常に大きな変化をもたらした一ヶ月でもありました。同時に購入したNIKKOR Z 40mm f/2を装着して電源を入れ、電子ファインダーを覗いて感じたことは、その見え方に違和感がないことへの驚きでした。

上下左右へ素早く振っても、絞りや明るさを変えてみても、ファインダーに映る像は、私がそれまで思い込んでいた電子ファインダーの見え方ではなく、光学ファインダーと併用しても違和感のない、自然な見え方でした。むしろクリアな視界が広がることで、視覚が拡張されたように感じられます。私はZ 9にはほとんど関心が無かった(このことには後ほど触れたいと思います)ため、この驚きというものは新鮮な体験だったと言えます。

メカニカルシャッター機構を消し去った現代のカメラ

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2 1/60S ISO720

いくつか最低限の設定を変更し、初めて撮影した被写体は家族でした。新しいカメラが来ると、いつもはじめに家族を撮影することが、私の験担ぎのひとつになっています。3Dトラッキングでフォーカスを合わせると、人物の目を追い続けていることが視覚的に確認できます。

そのまま何度かシャッターを切るのですが、これもまた新しい感覚でした。全くシャッター音がしないため、撮影の感覚がいつもと違うのです。なんと言えば良いか、なんだかヌメっとした感覚です。小気味良いシャッターの動作音が聞こえず、私も、撮られている家族にも、なんとなくいつもと違う空気が流れました。

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2 1/60S ISO3600

娘に至っては、「なにやっているの?早く撮ってよ」と犬をわしゃわしゃと撫でています。完全なシャッターレスってこんな感じなのかと思い、ごく小さな電子音によるシャッター音を設定し、慣れるのを待つことにしました。電子音を使うのであれば、いっそライカM3の“チキッ”という音や、ペンタックス67の“バッカン!”という音をサンプリングして鳴らしても良いよな、などと妄想し、自分なら大判のレンズシャッターの音にするかな、などと考えたりしました。

いずれにせよ、ローリングシャッターなどの諸問題を乗り越え、メカニカルシャッターという機構を完全に消し去った、現代における最新のカメラの存在が強く感じられ、なんだか感動したのも事実です。一ヶ月ほど経って、まだなんとなく撮れているのか心配になることはあるものの、シャッターの音と衝撃がないことには徐々に慣れつつあります。

フィルムカメラからのデジタルシフト

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/11 1/3S ISO100

何日か、40mm一本だけを付けて近所や、仕事場の近くを散歩しながら撮影を行いました。使うほど、Z 8の「新しさ」に気づき、同時に今までのデジタルカメラについて思い返していました。私は、1998年に写真学科のある大学に入学しました。ちょうど、ニコンからD1が発表された頃です。F5のボディに、 APS―CサイズのCCDを搭載した、有効画素数266万画素のデジタル一眼レフです。価格は65万円で、性能、価格共に、実用的なデジタルカメラとしてはほとんど初となるものだったと思います。ちなみにその頃の私の愛機はNikon F4sでした。

四年生になった頃、配属されたゼミは「ハイブリッド制作研究室」と言って、従来のアナログ写真と最新のデジタル写真をどのように応用して写真画像を制作するのかをテーマとした研究室でした。2001年ですから、ちょうどデジタルカメラの出荷台数がフィルムカメラを上回った(カメラ映像機器工業会の統計より)時代です。そこで私は改めてデジタルカメラや当時のプリンターに深く触れることになり、2002年には、Canon EOS D60という一眼レフを使い始めるようにもなりました。630万画素のCMOSセンサーが搭載された、当時としては大幅な画素数の向上を実現した機種であり、本格的なデジタル写真の到来を感じたことを憶えています。

それでも、あくまでデジタルカメラは私にとって研究用の材料であり、当時携わっていた雑誌の取材などでは、常にフィルムで撮影を行い、納品していました。現場でポジフィルムを2本受け取り、撮影して、その場で編集者にフィルムを渡して終わり、というスタイルや、ネガフィルムで撮影してコンタクトプリントをラボで編集者と確認して、8×10インチの印画紙に焼いて納品、といったかたちで仕事をするのがまだ一般的でした。

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/8 1/125S ISO1600

それが大きく変わったのは、2008年。Canon EOS 5D Mark IIの登場からでした。2,110万画素のフルサイズセンサーを搭載し、発売当時28万円という実勢価格で売り出したこのカメラは、瞬く間に多くの現場でデジタルカメラが導入されるきっかけになったものでした。私も、ずいぶん長い間このカメラで仕事をしました。低感度でじっくり撮影するのであれば、今でもEOS 5D Mark IIは十分実用的なカメラだと思います。ちなみに、動画も撮影できます。現在の中古相場※では、大体35,000円から50,000円程度で状態の良い個体を購入できるようですから、今から写真を始めるという方には悪く無い選択肢のひとつになるでしょう。ただし、動体や夜景などでAF性能にも期待したいという方には、もう少し後の機種がおすすめです。

2008年というのは、日本国内でカメラの出荷金額が2兆1,640億円を記録した、最もカメラが売れた時代でもあります。その後の数年で、パナソニックのDMC―G1やオリンパスPEN、ソニーαNEXといったミラーレスカメラ(ノンレフレックスカメラ)が登場しました。

その後、2012年に発売されたNikon D800/D800Eによって、デジタル一眼レフカメラは、ほぼ完成形に近づいたと言えます。現在の中古相場※では60,000~80,000円程度で購入できますが、実際に仕事で使ってもほとんど不便を感じないのがこれ以降のデジタル一眼レフカメラです。
※2023年7月7日現在の中古相場

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2.8 1/3200S ISO100
■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2 1/125S ISO450

ミラーレスカメラの登場とZ 8を選んだ理由

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/5.6 1/800S ISO100

カメラ市場そのものの推移としては、2013年に発売されたソニーのフルサイズミラーレス一眼、SONY α7の登場以降、少しずつミラーレスの需要が増していきます。しかしながら、私自身はどうも電子ファインダーに慣れることができず、Nikon D850に至るまで頑なに一眼レフを使用してきました。

それが変わるかもしれないと感じたのは、Nikon Z 9やCanon EOS R3が発表された2021年でした。各種スペックや電子ファインダーの見え方など、今後のカメラのありかたが方向づけられる機種の到来だったと思います。ただ、フラッグシップ機の大きさや重さは、私にとってミラーレスの優位性を失うものでもあったため、自分自身の制作や仕事に直結するほどの関心を抱くには至りませんでした。

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2 1/125S ISO1000

それを大きく変えたのが、今回のNikon Z 8の発表だったと言えます。現在のミラーレスカメラの最新の機能や機動力を堅牢なボディの中で達成していることはもちろん、HLG階調モードによるRAWやHEIF形式での画像記録など、今後の写真画像の未来にも対応した先鋭性は、私の仕事や研究に間違いなく必要なものになるであろうことが、直感的に理解できた機種だと言えます。

実際、背面液晶においても、HLGモードに設定することでバックライトの輝度が変化し、より豊かな階調による記録を視覚的に確認することも可能です。今後のカメラのあらゆるスタンダードを見据えた構成は、私を一眼レフからミラーレスへ後押しするのに十分過ぎる機種だと言えました。

もちろん、シャッターレスの独特な感覚や、消費電力の大きさによるバッテリーの問題など、まだ一眼レフを選択するシチュエーションもありますが、少なくとも今後はミラーレスという選択肢が増えることになります。それは、構造的に有利な、より高性能な光学レンズを用いることができるという意味においても、非常に楽しみなものです。

さいごに

私が最初に必要なレンズとしてZ 8と同時に購入したのは、NIKKOR Z 40mm f/2とNIKKOR Z 24-120mm f/4 Sですが、徐々にこれから必要な焦点距離のレンズを増やしていくことになると思います。なぜ最初にこの2本だったのかというあたりは、また別の機会にお話ししたいと思います。

 

■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2 1/125S ISO2000
■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2.8 1/125S ISO2500
■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2 1/125S ISO125
■撮影機材:Nikon Z 8 + NIKKOR Z 40mm f/2
■撮影環境:f/2 1/125S ISO2500

 

写真家:大和田良
1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。

 

 

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