赤城耕一の魅力的なカメラ・レンズを再発見! その1 ~悪口言ったのは間違いだった!パナソニック LUMIX DC-S1~
LUMIX S1の存在意義
「LUMIX」ブランドといえば、ミラーレスのマイクロフォーサーズ機のことだぜ。と、いう認識を長く持っていた筆者ですが、いまから5年前の2019年に、パナソニックは初のフルサイズミラーレス機である画素数2420万画素の「Panasonic LUMIX DC-S1」と4730万画素の「Panasonic LUMIX DC-S1R」を発売しました。
筆者はカメラは軽い、小さいことは重要な要件であり、かつ正義であると公言していた、いや、いまでもそう信じている部分もありますから、オリンパス(現在のOMデジタルソリューションズ)とパナソニックのマイクロフォーサーズ機のヘビーユーザーを続けておりました。だから、35mmフルサイズミラーレス機種がパナソニックから登場した時、大きなショックを受けたのでした。これでマイクロフォーサーズフォーマットのLUMIX Gシリーズは静かにフェードアウトしてしまうのかと早合点してしまったからであります。これが杞憂であることはすぐに明らかになるのですが。
それにしても、なぜ、小型軽量機絶対主義の筆者が発売から5年を経過した大きく重たいS1をいま取り上げるのか、訝しく思われる方も多いのではないかと思います。これにはいくつか理由があります。はい、筆者はいつのまにか「Panasonic LUMIX DC-S5」「Panasonic LUMIX DC-S5IIx」のユーザーになっていたからです。ちなみにマイクロフォーサーズ機は「Panasonic LUMIX G9PRO MarkII」も使用しています。ええ、まったくもって節操がありません。カメラ博愛主義ですから、この優柔不断な性格は死ぬまで治ることはないでしょう。
S5系モデルがミドルクラスならば、フラッグシップのモデルとして登場したS1系のカメラは、いったいどうなのよという強い疑問と興味を持ったことがまず今回の執筆のきっかけとなっています。それだけS5シリーズには思い入れがある証拠でもあるのですが。さらにここだけで密かに告白しておくと、S1系カメラのデザインは、筆者にとって、どストライクに気に入ったものでもあったからであります。
ただ、フィルムカメラ時代ならともかく発売から5年を経過したミラーレス機だと、当該機のユーザーの皆さん以外は、少し引いた目でみてしまうのではないでしょうか。これは無理もありません。筆者自身も大きな声ではいえませんが、はて、S1シリーズはどんな使い心地であったかとすっかり記憶の彼方に遠のいていたのです。本稿はレビューのつもりはないのでPanasonic LUMIX DC-S1(以降S1)を中心としてヨタ話じゃない、現代に生きるS1の意味を考え、その存在意義はなにかを見直してみようという趣旨です。なかなかアカデミックです。でもないか。
じつは、S1とS1Rの登場時には休刊してしまった『アサヒカメラ』において、筆者が担当、執筆をした覚えがあります。今回、当該の原稿を探したのですが、どうにも整理が悪くて、結局は出てこなかったのですが、なんとなく辛口の論評をしてしまったような記憶もあります。筆者のことですから、おそらく画質の話ではなく、大きさ重さについてあれこれ悪口を言ったのでしょう。でも、そんなことは忘れて、今回あらためて生まれ変わったつもりでS1と接しました。S1RやS1Hじゃなくて、あえてS1としたのは、プリミティブな魅力を感じたからです。高画素機は筆者の仕事ではオーバースペックのため、あまり使用しないこともあるので、S1を選んだ次第であります。
優れたデザイン性と存在感を示す重量
S1はまずフルサイズのSシリーズのイメージや製品の立ち位置を明確にするという意味もあったのでしょう。デザインに気合いを入れています。筆者の好きな直線基調のものであります。マウントが思いきり左方向に偏心していることも好みです。先に述べたように作者の胸を打つ美しさがありました。本当です。昨今の多くのミラーレス機が「溶けたチョコレートの塊」、「ガンプラ」のようなデザインを採用しているのに対して、S1のスタイリングは正統派のカメラであると感じています。ボディのエッジがカクカクしているのは最近筆者がよく使用している仕事カメラであるキヤノンEOS R系とは真逆な印象です、でも、カメラがみんな同じようなデザインになるとつまらないですよね。それよりもメーカーごとの個性は必要だと考えておりますのでこれでよいかと思います。
S1の化粧箱は必要以上の高級感があり驚きました。蓋をうやうやしく開けてボディを取り出した時に手のひらに存在感を示す重量は、記憶として残るものです。約1017gという重量は「1キロを超えるカメラは人殺し」とした木村伊兵衛の名言を思い出します。当然S1はこの名言からすれば失格となり、筆者も長くそう思っておりました。筆者の中にはミラーレス機として登場してきたのだから、一眼レフより小型軽量であって当然という刷り込まれた基準があったからです。いや、いまの評価基準としてもこれは踏襲しております。先に述べたように筆者は小型軽量であることを正義としていますので、この正義に反する重さですが、不思議なことにS1はさほど不愉快には感じませんでした。
すでに過去とは矛盾する話をしていますが、ひとつ言い訳をするなら、筆者は「私事カメラ」と「仕事カメラ」は分けて考えていますから、前者の価値観でいえば「ニコンF2+モータードライブMD-2+Aiニッコール180mm F2.8S」くらい(ご存知ない方はググってください)までは、気持ちの上でも体力的にも十分に耐えることができ、むしろ楽しみの一環として評価することができます。小型軽量が正義な筆者からすれば、S1は「私事カメラ」の範疇に入れたくなります。商品開発のみなさまには怒られてしまうかもしれませんが。
もっとも今後、さらにトシを食ってくると体力もなくなり考えを改めることになるかもしれませんが、S1はフィルム時代のフラッグシップ一眼レフを想起するような魅力ある容姿、重量であったことで、筆者は許容することになってしまったわけです。ええ優柔不断であります。
S1は携行している時やカメラバッグに収納している時は、さすがに重たい。これは間違いありません。でも手にするとホールドのよいグリップ部の形状なので重量バランスがよいのです。これは嘘じゃないですからね。夢中で撮影している時は重さはまったく気にならないですもん。手のひら返しどころか、舌の根はもう乾き切っておりますから、S1登場当初とは真逆のことを言っているかもしれません。でもこれが真実です。当時アサヒカメラをお読みになっていた読者は怒らないでください。人間は変われるものなのです。
大きくて重い分、ビルドクオリティはさすがです。筆者はここにもグラっときます。昨今はミドルクラスのカメラでも作りに疑問を感じるものがあるのですが、本機はボディを力いっぱい握りしめても剛性感の良さを感じさせます。
ボディ外装はマグネシウム合金ですが、肉厚で高級感があります。落下・耐衝撃性能に優れること、防塵・防滴性能。-10 ℃の耐低温性能も備えています。このあたりの道具としての機能を満足させるためには大きく重たいことは必然なのかもしれませんね。
練に練られた操作性と脳内物質を大量放出させるもの
また「取り説を読まないと操作できないカメラはダメ」と筆者はよく公言します。ええ、実際は読むのがキライで面倒なだけですが、S1は操作部の視認性が良好です。筆者はボタン類全てを使用して、カメラを使いこなすというタイプではありませんし、ごく一部のものしか使用していないことは自覚しております。
だから限られた基本機能しか使用しなくても、残り少なくなってきた今後の人生をやってゆく自信があります。でもボタンがあると、あれこれと直感的に操作設定できるような気もします。おそらくLCDのメニューの階層を探るなど、筆者は不得意だからでしょう。年寄りなんだから仕方ないじゃないですか。
ボタンやダイヤルが多くても気にならないのは視認性が良好だからでしょう。使わないボタンなど装飾だと考えればいいわけです。各種設定がボディ上部の大型のLCDに出てくるのも好みです。つまり過去の一眼レフ的な表示が好きなのかもしれません。
各種操作や設定は弟分のS5系カメラに慣れているということもあるのですが、兄貴がしっかりしていないと、弟に示しがつかないではないかという先達の矜持は根底に感じることができます。初号機の気合いというか、練りに練られた操作性を感じます。ホントです。各部のスイッチやダイヤルなどの感触も、写りとは関係ないところにも気持ちが入っていることがわかります。心地よいのです。戯れというか手慰みにいじくりまわしても耐えられるほどよく考えられています。重要ですね。
すばらしいのはシャッターフィーリングですね。昨今はグローバルシャッターとか、読み込み速度の高速化などで高級機でもメカシャッターをなくす方向にあるのですが、私的な趣味のアイテム、スチルカメラの楽しみとして考えてみると、メカシャッターは省略しないほうがいいのではないかと考えています。シャッター機構も40万回の動作試験をクリアした高剛性ユニットを採用しているということですが、筆者は高速連写をすることがないのでより安心なわけです。フラッシュ同調速度も1/320秒の高速シンクロが可能です。
EVFは約576万ドットでファインダー倍率0.78倍。EVFって光学系は関係ないんじゃないかという人もいますが、とんでもない話で、もしかすると高精細であることよりも、歪みが小さいとか、周辺まですっきりとよくみえるという案件は光学性能が高いからですね。一眼レフと見まごうスタイリングは伊達ではなく、おそらくファインダーの見え方にこだわったということです。いつまでも覗いていたいファインダーですね。
これらの要件は写りとはまったく関係ないのですが、S1を手にして、ファインダーを覗き、空シャッターを切っただけでも脳内でドーパミン、セロトニン、オキシトシン、β(ベータ)-エンドルフィンが大量放出されるのがわかります。本当です。
魅力たっぷりのお値打ちカメラ
あいにくの連日の酷暑で、重たいカメラを持って街に繰り出すというのは当初は正直、気が重かったのですが、S1はいい感じで使用することができました。手ブレ補正もよい感じの効きで、信頼が持てるので、さくさく撮ることができます。
いちばん気になるのは起動から撮影スタンバイになるまで、2秒程度の時間を有することです。これはS5IIXと同じくらいですから慣れると気になりませんけど、スイッチをオンにしたまま。まったり街歩きをするぶんには問題はなさそうです。愛用のS5IIXと異なり、像面位相差AFではありませんが、プライベートではスナップ撮影が多い筆者にはカメラ任せのAFでもとくに大きな問題を感じませんでした。
画質面では画素数も近いですし愛用のS5IIxとほとんど変わらないはずですが、デフォルトでは華美に走ることのない、素直な再現性だと感じてします。個人的には、高精細とか緻密さよりも、滑らかな階調の繋がりを感じることが評価点で、本機の優位点かもしれません。
採用されたマウントがライカやシグマとの互換性のある「Lマウント」ということもとても気になっています。ライカ、シグマ、パナソニックのLマウントを採用したミラーレスカメラは、共通してセンサー前のカバーガラスの厚みが薄い仕様であり、マウントアダプターを介してMマウントレンズやかつてのライカ一眼レフに用意されたRマウントのライカレンズを装着してもライカレンズ本来の光学性能に与える影響は少ないのではという期待を持つことができます。
S1は発売から時間を経ていますからAF性能や高速連続撮影性能を他社機と比較するのはあまり意味はないと思います。劣るところもたくさんあると思いますが描写力や発色に個性があるのがよく、筆者にはとても好感のもてるものでした。
今だから言いますが、S5導入時にS1と比較して悩んだのでした。カメラのキタムラの実勢価格で調べてみるとS1は、新品ではS5II、S5IIXよりも廉価に入手することができます。35mmフルサイズであること、作り込み、動作感触など、フラッグシップの資質は間違いなくカメラ好きのココロを揺さぶること、これらの要素を考えると、お買い得なのはS1ということになります。困ったことに筆者のココロは再び大きく揺すぶられているわけであります。さて、どうするかなあ。
■写真家:赤城耕一
1961年東京生まれ。出版社を経てフリーランス。エディトリアルではドキュメンタリー、ルポルタージュ、広告では主に人物撮影。また、カメラ・写真雑誌、WEB媒体で写真のHOW TOからメカニズム論評、カメラ、レンズのレビューで撮影、執筆を行う。各種の写真ワークショップを開催。芸術系大学、専門学校で教鞭をとる。使用カメラは70年前のライカから、最新型のデジタルカメラまで。著書に「赤城写真機診療所MarkII」(玄光社)、「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)など多数。「アカギカメラ-編愛だっていいじゃない」(インプレス)など多数。