ペンタックス smc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4|万能マクロレンズで切り取るシティスケープ
梅雨明け前から真夏のような暑さが続く中、皆さんはどのようなフォトライフをお過ごしだろうか。雨の日にしか撮れない写真もあるのは重々承知なのだが、片手に傘を持ちながら写真を撮っているとどうにも集中力が続かない。そういう時は普段とは違う機材を使ってみると新たな発見があるものだ。
今回紹介するsmc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4も集中的に使ったのは半年ぶりかと思う。焦点距離の違いによるパースや最短距離の違いによって、都市風景をメインとしている私としても街との対峙の仕方を見つめ直す良い機会となった。
中望遠マクロとシティスケープの世界
smc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4は39cmまでの等倍撮影が可能な中望遠マクロレンズである。発売は2008年、645Dが2010年なのを考えればPENTAX645シリーズの中では比較的新しいレンズだ。
中望遠マクロには名玉と呼ばれるものが多い。キヤノンのEF100mm F2.8Lマクロ IS USMや中望遠マクロの代名詞とも言えるタムロン90mmシリーズ、カミソリマクロの異名を持つシグマの70mm F2.8 DG MACRO等、多くのレンズがある。無論オールドレンズまで入れれば枚挙にいとまがない。
上記のレンズたちもそうだが、smc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4のレンズ名に「MACRO」と入っているだけあって接写撮影に特化していると思われがちだがそれは非常に勿体ない。あえて中望遠の単玉として風景やスナップショットに使ってみても十分にレンズの持つポテンシャルを感じることができる。今回はその点をメインに話を進めていこう。
その前に王道的なマクロレンズとしての花のショットを2枚。絞り値f4での撮影であるが、センサーサイズが大きい中判ならではのとろけるようなボケが特徴だ。ピントのあった所は開放でもシャープだが、なめらかプリンのようにふわぁーととろけていく美しいボケ。
しかし花のクローズアップ写真というのは色々な作家さんの作品で見てきたが、今回三脚を持ち出して初めて撮影してみたのだが難しいものですな。実に奥が深い。こういうことを知れたのも雨のおかげかもしれない。
シンプルな操作系
今のミラーレス専用レンズはレンズ自体にもカスタムボタンなどがあり、ファームアップ対応など多機能だがsmc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4は極めてシンプル。あるのはフォーカスリミッター用のスライドレバーだけだ。
AFとMFの切り替えはフォーカスリングを前後にスライドするクラッチ機構でとても使いやすい。ただフォーカスリミットをかけた場合、標準域は問題ないがマクロ域はAFがかなり迷うので645Zであればライブビューにして拡大表示させMFで合わせた方が正確に合う。他の645Dやフィルムの645シリーズであればマグニファイヤーを使ったほうが良いだろう。
センサーのポテンシャルを引き出すレンズ
新宿都庁付近での一枚、シャドー部の表現が素晴らしい。ラチチュードの広い中判センサーとあいまって、実に奥深い絵になっている。
マクロ撮影だけに終始してしまうのは非常に勿体ないほど、標準域でも素晴らしい描写を見せてくれるレンズだ。異常低分散ガラスなどを採用でデジタルでも収差が抑えられ解像度も抜群である。
結論からいえば、645Zのポテンシャルを発揮するのに十二分な解像度と階調性を持ち合わせたレンズであり、PENTAX645用レンズの中でも信頼のおける一本と言える。
曇天の日に撮影したデータでも、現像時に少し彩度とコントラストを上げるだけで見事に蘇る。それもRAWデータの質が良いからこそだ。データはセンサーと、そこに光を届けるレンズ性能によってほぼほぼ決定される。良いセンサーほど、良いレンズが必要となるわけだ。
あえて中望遠レンズとして使う選択肢
中望遠レンズは圧縮効果によって独特の絵を引き出すことができる。何気ない日常でもより作者が何を撮ろうと迫ったのか分かりやすくなる。日常を非日常のように表現したり、見逃してしまいがちな日常に潜む美にクローズアップするのに最適なレンズなのだ。
120mmは135換算で約94.5mm。このsmc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4でなくてもフルサイズに85mmをつけてスナップしてみれば同じような感覚を味合うことができるのでオススメである。
主なスペック
●画角:32.5°
●構成枚数:7群9枚
●最小絞り:F32
●最短撮影距離:0.395m
●フィルター径:67mm
●最大径×長さ:Φ82.5×110mm
特に都心では十分な引きが取れないせいで「部分」を切り撮るようなカットになるだろう。この注視する視線を表現するのには最適な選択と言える。
ミニマルフォト
SNSを発端として流行っているミニマルフォト。そのルーツは1960年代アメリカで起こったミニマリズム運動であり、大胆に切り撮り抽象化された作品群が色々な写真家によって撮影された。
これらの写真も引きで実際どんな場所だったか見せてしまうと非常につまらないものになると思う。そこは鑑賞者の想像力に任せるがゆえに、無限の広がりが表現できるのだろう。
最短距離を活かした撮影
上野界隈で見かけた窓の中で陽の光を浴びる人形。実際は15センチほどのものだったが、ストリートスナップ中にもかなりアップで迫ることができるのがマクロレンズの強みだ。そしてこの見事な質感描写である。
複数の写真が並ぶ時、同じ距離感だけで構成してしまうとよほどの狙いがない限り凡庸になりがちだ。距離感の差をつけるだけで組写真の物語性はかなり広がりを見せる。
このように寄りと引きを意識しながら作品を並べるだけで作品としての力がぐんと強くなる。単写真で活きるものもあれば、組写真の中だから真価を発揮するものもあるのだ。
PENTAX-A 645 MACRO 120mm F4との差は
smc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4の話をするとよく、前身のPENTAX-A 645 MACRO 120mmF4はどうなのかと聞かれる。中古市場ではかなり安価で手に入るだけに気になる方も多いのだろう。
絞り連動もするしExifもちゃんと記録されるので、使い方次第ではお得なレンズであるのは間違いない。描写もなかなか良く、時々恐ろしいほどの描写を見せてくれるので買って損はないと思うが、個人的にどちらか一本と言われればsmc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4に一票を入れたい。
このように同じ被写体を撮り比べてみてもマクロ域ではそこまで遜色ない描写である。細かいことをいえば両方絞り羽は8枚だが、PENTAX-A 645 MACRO 120mmF4の方はややギザギザしているのボケに影響が出る。
しかしそこは好みの問題といったところであるので、私がsmc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4を推す理由は別のところにある。
シティスケープを撮影していると、無限遠のほんの手前といった厳密なピント合わせを要求される場面が結構多い。中判だけに、いくら絞っていてもほんの僅かなピントのズレが解像度の甘さに繋がってしまう。
古いPENTAX-A 645 MACRO 120mmF4の方は、その辺りのレンズにおける回転角が小さくかなり注意を払っていてもパソコンで開くとピンがズレていることが多い。シビアなピント合わせをするには回転角度が狭いのだ。そこはAFに任せてしまったほうがいい結果になる。
万能レンズで作品の幅を広げよう
一眼レフが主流になり始めた1970年代では、通常の50ミリを買うか、50マクロを買うべきかという記事をかつての写真雑誌では特集されていた。
当然その論争に結論が出ることはなかったが、万能レンズとしてのマクロレンズという認識は昔からあったことがうかがえる。
今回紹介したsmc PENTAX-FA645 MACRO 120mmF4はそんな「万能レンズ」の名に相応しいレンズだ。是非色々なシーンで使ってみてほしい。
■写真家:新納翔
1982年横浜生まれ。麻布学園卒業、早稲田大学理工学部中退。2000年に奈良原一高氏の作品に衝撃を受け、写真の道を志す。2007年から6年間山谷の簡易宿泊所の帳場で働きながら取材をし、その成果として日本で初めてクラウドファウンディングにて写真集を上梓する。2009年から2年間中藤毅彦氏が代表をつとめる新宿四ツ谷の自主ギャラリー「ニエプス」でメンバーとして活動。以後、現在まで消えゆく都市をテーマに東京を拠点として活動をしている。日本写真協会(PSJ)会員。