シグマ 23mm F1.4 DC DN | Contemporaryで撮る桜の記録
高品質なAPS-C用単焦点
SIGMAから新しいAPS-Cミラーレス専用(以降DC DNと表記)単焦点レンズが発表された。23mm F1.4 DC DN | Contemporaryである。DC DN単焦点F1.4シリーズ4本目となるこのレンズは、非常に高い描写性能を持った、APS-C版のArtレンズというべきハイクオリティーなレンズである。大口径F1.4でありながらAPS-C専用とすることで、非常にコンパクトで軽量なレンズに仕上げられたこのレンズが Contemporaryシリーズであることに、よい意味で違和感を感じるほどレンズとしてのクオリティーが高い。
このArtに似た感覚は、描写性能だけではなく、筐体のビルドクオリティーやフォーカスリングのトルク感に至るまで、DG DN F1.4をそのまま小型化したようなレンズであることからも感じるのであろう。所有感を満たしてくれるとても高品質な製品である。
今回は、この23mm F1.4 DC DN | Contemporaryを使って、熊本県上天草市へと旅にでた。天草五橋を渡って、パワースポットとしても有名な龍ケ岳山の麓にある龍ヶ岳町へ。この町は2つの集落が一本の橋で結ばれた自然あふれる長閑な田舎町である。
使用したカメラはフルサイズミラーレスのSIGMA fp L。このレンズをセットすると、何も設定することなくイメージサークルをAPS-Cモードへと移行する。このレンズがAPS-C用であることを意識することはなく、自然に35mm単焦点レンズを使っているような感覚で使用できた。
普段35mmフルサイズを使用していると、センサーが小さくなることに些か不安を覚えたりすることがあるのだが、このレンズは大口径F1.4の浅い被写界深度のおかげか、その不安を良い意味で裏切ってくれる頼もしいレンズである。動画と写真に丸一日使用してきたので、まずは映像を見ていただけたらと思う。
龍ヶ岳町の桜と街並みを写し撮る
この町に来て最初に出会ったのは、バス停の側、小さな公園のベンチの横に咲く満開の桜。このバス停から真新しい制服を着た学生が、胸躍らせながら学校へと向かう姿が思い浮かんだ。風に舞う桜の花びらは、誰かを祝うのを待っているかのようである。
まずはこのレンズの開放の画を見たくてF1.4で撮影した。手前に写り込んだ味のあるトタンの壁は、柔らかくボケていて唐突な感じはない。とても自然で上品な描写をするレンズである。合焦した桜の向こうは自然な奥行きを感じる。まるでフルサイズで撮ったかのような印象をうけた。
何十年も前からここに貼られていたであろうレトロな看板。錆と共に経年変化し時が経ったことを教えてくれているかのよう。
シャッターを切る瞬間、朝日が雲に隠れた、コントラストの低い光の中でも解像感を感じる描写をしている。描写性能の高さを感じた。
入江に浮かぶ船と集落、やわらかいトーンが朝の心地よさを伝えてくれる。
開放F1.4で広い画を撮ってみた。周辺までしっかりと解像しているのがわかる。こういった周辺部の写りは、APS-Cのアドバンテージでもあり、そのメリットがしっかりと反映されている。
海沿いを歩き目の前の集落へと入ってみた。細い道とアパートの間に咲いた桜が、何気ない風景を特別なシーンに変えてくれる。
23mmのレンズ歪曲収差もさほど感じない素直な写り。
水面が陽の光を受けて眩しく輝く。目を細めながら歩道をしばらく歩き続けると、なんとも古めかしい電話ボックスを見つけた。桜の屋根の中にポツンとある電話ボックスを見ると、卒業と共に大切な友人とお別れした、切ない記憶が蘇ってくるようだ。
ガラス面に反射した光に対してゴーストが発生することもなく、とてもクリアな描写をしてくれる。こういった厳しい角度に対してもSIGMAレンズは強い。逆光耐性はSIGMAの得意とするところ、その安心感が自由なアングル探しを保証してくれているかのようだ。
ふと振り返ると、一本の橋が見えた。樋島大橋である。この橋でつながる樋島地区は小さな離島で、島内に旅館がいくつもあり、釣り人が多く訪れる場所である。
島に入ってすぐ集落の方へは行かずに、坂道をひたすらのぼる。車1台通るのがやっとの細い道の途中で、蔦に覆われた木が立ち並びトンネルのようになっているのを見て思わず車を降りる。なんとも好きな雰囲気の道である。この先には何があるのか、もう少し進んでみることにした。
蔦のトンネルを抜けてそのまま進むと、間伐した木々を玉切りにして並べてある場所があった。木陰に並べられた丸太を撮る。その近くには古びた作業小屋があった。壁面に伸びる蔦の葉が木漏れ日で輝いている。
35mm相当の画角は、少し広角的にも使え、背景をぼかし被写体を際立たせる撮り方もしやすい。このレンズ一本で色々な表現ができるのがいいところ。広角寄りでありながら開放F1.4なので被写界深度の浅い表現もできる。
木々の間の道を行き止まりまで進むと、海岸へとたどり着いた。外平海浜自然観察公園という場所、奥に見えるのが城島。引き潮の時は陸続きとなり、歩いて上陸することができる。自然が作り出す奇跡はなんとも楽しい。
城島の目前に立つと潮が引き始めていた、波がクロスするように折り重なりながら寄せてくる。あと数時間で渡れそうだが、この日は時間が合わず次の目的地へ。またここに来ようと思う。
来た道とは別の方向へ進む、運転席に木漏れ日が心地よく射し込む。そのまま細い道を走り続けるとカーブの手前に咲く見事な桜、思わず車を停める。撮りたい場所が多すぎて、なかなか前に進めない、なんて楽しいのだろう。住宅の敷地から大きく枝を伸ばした桜が、外構工事中の庭先までも美しい景色に変えている。そよ風に舞う花びらは、アスファルトの道まで桜いろに彩る。そのままの光景を素直にフレームに納める。構図やバランスなどあれこれ考えず、中心に桜、それがよい。ここでは素朴な写真が撮りたくなる。
少しだけ絞って撮影してみた、解像感が増して細かなディティールを繊細に描写してくれる。SIGMAレンズの持つ繊細な描写を周辺部まで余すところなく堪能できる。桜の下から花びらを浴びながら見上げてシャッターを切る。厳しい角度の逆光でもフレアやゴーストは見られない。輝く桜の花びらを緻密に描写し、コントラストも良好で、繊細な淡い桜色も自然に表現している。このコンパクトなレンズからは想像できない描写力である。
山から海沿いの道に出て走り続けると小さな赤い灯台を見つけた。漁師たちがこの灯台を灯りを見て、今日も無事に家に帰ったことを安堵しながら速度を緩めるシーンや、夏休みの子供たちが自転車を止めてサンダルでこの灯台に登り海を眺めるシーンを思い浮かべながら撮影した。赤灯台の先、しばらく走ると漁師町が見えた。少し早めに飾られた立派な鯉のぼりが見える。
日が高い昼間、コントラストや発色が素晴らしい。センサーの能力を引き出したいシチュエーションで、しっかり期待に応えてくれるレンズだ。
長い間潮風にさらされて優しい色に褪せた家々が並ぶ集落で、桜のトンネルを見つけた。奥に見える一軒の家、以前は商店だったのだろうか。素敵な光景をまずは映像に収めようとカメラを構えていたら、バイクに乗った郵便屋さんが通った。まるで映画のワンシーンの様だった。
小さなArtレンズのような一本
今回は23mm F1.4 DC DN | Contemporaryを動画と写真に使ってみた。初めはセンサーサイズの違いに少し戸惑うかと思っていたが、全く意識することなく、やや広めの標準レンズとして使うことができた。フルサイズで言うところの35mm相当と感覚的には何ら変わらない。
筐体の作りや、大きめでとても滑らかに動くフォーカスリングはまるで、Art F1.4シリーズを小型化したような感じである。このコンパクトなサイズで大口径F1.4とは驚きである。
最も重要な写りの部分だが、小さいサイズ感とは対照的に、とてもリッチな写り。描写力の高さに任せて、シンプルな写真を撮りたくなった。思ったまま素直にカメラを構えて、見事な画質で緻密に描写し、その場の雰囲気ごと持ち帰る。そんな旅の写真を撮りたくなった。
このレンズは大口径F1.4でありながらAPS-Cのメリットでもある、システム全体のコンパクトさをスポイルすることはない。荷物の多くなる旅に持って行くレンズを選ぶ際に自然に手が伸びるような良いレンズである。この高画質と筐体の質感はまるで、小さなArtレンズのようだ。
■フォトグラファー/ ビデオグラファー:坂口正臣
雑誌の撮影を経て広告写真・建築写真・映像撮影など福岡を拠点に幅広く活動中。坂口写真事務所(SPO)を運営。