シグマ 50mm F1.2 DG DN | Art 贅沢と気軽さが同居するレンズ
長い付き合いの50mmアートレンズ
シグマの50mmアートレンズとは長い付き合いである。SIGMA 50mm F1.4 DG HSM | Art は2014年の発売当初から使用し、わたしの代表作のひとつである「浜」などの多くの作品で活躍してくれたレンズだ。その後ミラーレス機に切り替えた後の SIGMA 50mm F1.4 DG DN | Art も数々の作品や仕事で使用してきた愛用のレンズのひとつ。HSM時代からの安定した品質の高さとシグマらしいボリューム感のある写りといった特徴は引き継ぎつつ、ひと回り小さくなることによって格段に取り回しが楽になった。
そして今回取り上げるのが SIGMA 50mm F1.2 DG DN | Art。SIGMA 50mm F1.4 DG DN | Art と比較すると質量は若干増したものの、口径は同様、また全体的なサイズに関してはむしろ小型化を果たしている。それもそのはず、高屈折率硝材と非球面レンズ4枚を採用しつつ、ガラス一枚一枚を極限まで薄型化したことにより、クラス最軽量を実現したレンズとのこと。なるほど、確かにこのサイズであれば日常的に持ち出せるというもの。
SIGMA fp L との純正同士で
2024年10月下旬、シグマのお膝元ともいえる福島県磐梯町(ばんだいまち)で開催されたフォトウォークで講師を務めるため、 SIGMA fp L に 50mm F1.2 DG DN | Art を装着して北へ向かった。SIGMA fp L は軽量・小型のカメラのため 50mm F1.2 DG DN | Art との組み合わせだと(重量的に)やや前のめり感があるものの、このレンズの性能を最大限活かすためにはやはり純正同士がいちばん、ということでこのコンビで秋の磐梯町での一日を過ごすことにした。
秋とはいえ今年の猛暑の影響のためか、10月26日の時点で今年の紅葉はまだ始まったばかりといった様子。SIGMA fp L は16種類ものカラーモードが特徴のひとつだが、こんなときに便利なのが「ティールアンドオレンジ」というカラーモード。映画のグレーディングから着想を得たカラーモードとのことだが、紅葉をより強調してくれる効果もあるため、今回はこのカラーモードをベースに使用することにした。
ひと絞りの違いで驚くほどの立体感
参加者の皆さんとともに向かったのは史跡慧日寺(えにちじ)跡の山門。山門脇の銀杏の木はすでに実をあたり一面に落としており、秋を迎える準備は万全という風情。早速絞り開放で一枚撮影すると、まるで黄色い炎が迫ってくるような迫力。50mm F1.4 DG DN | Art とはたったひと絞りの違いだが、これほど立体感に差が出るものなのか。その「ひと絞り分の明るさ」をこのサイズで実現するためにどれだけの努力があったことだろう。フォトウォークの前日に訪れたシグマ会津工場で働く方々の面差しを思い浮かべながら、レンズを支える左手に力をこめる。
次に道端に群生していた枯れかけの紫陽花を撮影。50mm F1.2 DG DN | Art は最短撮影距離が40cm、かつ SIGMA fp L であれば約6,100万画素もの画素数を活かしたクロップズーム機能が使用できるため、マクロレンズのようにも使用できるのが嬉しい点。最短から高い解像力で表現することができる。
現在磐梯山修験の祈願所として使用されているという不動院龍宝寺不動堂。前ボケに低木の葉を入れてみたが、これがまったくうるさくならない実直さを感じるボケ。曇り空ながら秋ならではの明るさを感じさせる空の下、静かに佇むお堂の姿を情緒豊かに写しとってくれた。
写楽より会津娘な写り
入口あたりに戻ると、季節はずれの朝顔がこちらに笑顔を向けるように咲いていた。カラーモードを「パウダーブルー」に切り替えて一枚。ふわりと薄い花びらが引き立つような描写。50mm F1.4 DG DN | Art に感じていたようなボリューム感とは少し異なり、もう少し軽やかな味わいと言えば良いだろうか。非常にわかりにくい例えであるのは承知の上だが、会津の酒で表現するのであれば、写楽より会津娘寄りの写りである。
磐梯町は水どころである。慧日寺の庭園にも湧水があり、自他ともに飲兵衛と認めるわたしは水割り用にボトリングして持ち帰りたかったほどの美味しさであったが、さすがにそれは諦め湧き水で大きく育った鯉を撮影。やや離れた場所からの撮影であったが、水面すれすれを泳ぐ鯉と落ち葉とのほんの少しの深度の差が生む立体感の凄まじさに圧倒される。
フォトウォークもそろそろ終盤に差し掛かったところで木々のあいだから山脈を望む。美しいグラデーションを見せたいため、クロップズームを5倍にセットして250mm相当の画角で撮影を試みる。レンズのいわゆる「おいしい」部分だけを贅沢に使用した純米大吟醸のような…いや、これ以上は言うまい。
また連れていきたいと思わせるサイズ感
会場へ戻る途中、道の駅に寄ると季節はずれの桜が一輪咲いていた。レンズにとってはなかなか過酷な状況であったが、ピントもスムーズ、かつ色収差もほとんど感じられず、思ったとおりの画を描き出してくれた。だいぶ気の早い桜に別れを告げて磐梯町を後にする。そういえば慧日寺の門前を流れる川沿いには桜が立ち並んでいた。紅葉の時期の磐梯町も素晴らしいが、芽吹きの季節も素敵な景色が待っているに違いない。そのときもまた同じレンズでこの町を撮ってみたい、そう思えるのは 50mm F1.2 DG DN | Art の光学性能だけでなくこのサイズを実現したからこそ。旅先だからこそ特別な一本だけで撮る。そんな贅沢と気軽さが同居するレンズである。
■写真家:大門美奈(Mina Daimon)
横浜出身、茅ヶ崎在住。作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーション、またカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。個展・グループ展多数開催。代表作に「浜」・「新ばし」、同じく写真集に「浜」(赤々舎)など。