風景写真をビフォー・アフターで学ぶ|その1:渓流編
はじめに
「風景写真のビフォー・アフター」というテーマで、シリーズをお届けすることとなりました。写真を作品にするために、どのようなプロセスで仕上げていくのか。ビフォー・アフターの画像をお見せしながら、完成までの手順や思考回路についてお話ししたいと思います。スタートとなる第一弾は、渓流編をご紹介いたします。
夏も残りわずかとなりましたが、残暑厳しい日が続いています。夏の疲れは溜まっているけど撮影に行きたい!という方には、山間の渓流がオススメ。木陰と水の流れが相まって、体感温度が低く、快適に撮影が楽しめます。渓流と言えば天使のはしごと呼ばれる光芒の風景が人気ですが、光芒以外にも被写体が山ほどあります。水の描写をNDフィルターでコントロールしたり、流れてくる葉を主役に見立てたり、様々な表現方法が楽しめるため、撮影技術を磨くのにもピッタリな場所。ぜひ納涼も兼ねて、渓流撮影を楽しみましょう。
必要な機材・道具
撮影機材についてはご自分の好きなレンズで良いですが、広角レンズがあるとよりダイナミックな表現で撮影ができます。渓流はスペースが狭い場所が多いため、滝の全景を入れたり、足元の水の流れを大胆に取り込んだりするには、広角域のレンズがあると便利です。足場が自由に確保できないこともあるため、ズームレンズだと撮影がしやすいです。スローシャッター撮影を楽しむために、三脚やレリーズも忘れずに持っていきましょう。
フィルターは、NDフィルターやPLフィルターがあると、様々な表現を楽しむことができます。NDフィルターを使うと長時間露光ができ、水の流れの描写を変えることができます。PLフィルターは岩や水面などの反射を抑えて色を引き出し、立体感を生み出すことができます。
また、道具については長靴があると快適です。本格的に挑むなら、腰まで水に浸かれるウェーダーがあると安心ですが、無茶をしないようにくれぐれも安全に撮影することが大切です。レンズについた水飛沫をはらうブロワーは必携。レンズクロスやタオル、レインウェアも持っていきましょう。
・広角レンズ ※
・三脚
・レリーズ
・NDフィルター ※
・PLフィルター ※
・長靴やウェーダー ※
・ブロワー
・レンズクロス
・タオル
・レインウェア
※必携ではないが、あれば便利なもの。
撮影場所について
今回ご紹介する写真は、群馬県にある「浅間大滝」にて撮影しました。夏の朝には光芒が出ることで有名な撮影地ですが、光芒だけでなく滝自体も魅力的な場所です。浅間大滝のすぐ側にある「魚止めの滝」も、段々になった岩場が美しい水の流れを描いています。台風などの悪天候により崖崩れを起こしやすく、度々通行止めとなるため、撮影に行く際は長野原町のホームページなどで現場の状況を確認しましょう。
ビフォー・アフター
光条
まず、目の高さから撮影した写真をご覧いただきたいと思います。焦点距離は22mmで、人間が見ている感覚に近い画角です。森の中に佇む浅間大滝の雰囲気が伝わる写真となりました。ちょうど左上の木々の間から太陽がのぞいているので、星形に輝く「光条」をしっかりと作ってみたいと思います。
立ち位置を前後左右微妙に移動し、太陽がキラリと輝いて見えるポジションを探ります。撮影位置が決まったら、絞り値をF11~16まで絞って光条をつくります。光条を撮るときはレンズのホコリが写り込みやすいので、しっかりときれいに拭き取りましょう。光条を入れることで、太陽のエネルギーをアクセントとして添え、夏らしさを感じさせることができます。太陽は刻々と動いているので、常に立ち位置を調整して、美しい光条が見える位置を探りました。
焦点距離
先ほどのアングルだと現場の雰囲気は伝わるものの、水流の迫力に欠けてしまうため、より広角域を使って近づいて撮影したいと思います。
撮影位置を前に移動し、三脚を縮めて腰の高さに構えました。焦点距離は16mm。より広角域にすることで足元の水の流れを写し込み、ダイナミックに表現しています。光条も入り、より清々しい印象になりました。
構図
もっと水の流れをダイナミックに描きたい。そう思い、足元の水流を画面下に大胆に配置することに。印象的な水の流れがある場所を探し、カメラの前に来るよう移動。三脚を腰より低い位置まで下げて撮影します。ここで光条を入れて撮影しようとすると、画面上部の配分が大きくなり、足元の水流の迫力をそいでしまいます。ですので、ここでは光条を入れない決断をしました。このように欲張らずに「何を一番伝えたいか」を整理して構図することが大切です。
シャッタースピード
同時に、シャッタースピードの検討も行いました。先ほどは0.4秒で撮影した画像ですが、水の細やかなラインが際立ち躍動感がありますが、特徴的な岩の造形と喧嘩しているように感じます。こちらの約3秒で撮影した画像の方が優美な流れを描いており、岩場とのバランスが良いと言えるでしょう。
シャッタースピードについては、必ずしも長い方が良いわけではありません。「何を表現したいか」撮影者の意図によって、ベストなシャッタースピードが変わってきます。1/1000秒、1/100秒、1/10秒、1秒、10秒など、様々なシャッタースピードで撮影し、試行錯誤しながら自分が意図する表現に近づけていきましょう。
シャッタースピードを試行錯誤した別のカットをご紹介します。1枚目が0.3秒、2枚目が1/60秒、3枚目が1/500秒で撮影しました。ここで一番表現したかったのは、「清流の清々しさ」です。同時に、川風に気持ちよさそうにそよぐ草の存在を大切にしたいと考えました。
1枚目は水量が多く色が濁って見えていて、スローシャッターにより草がブレています。2枚目は川の流れが力強く、草が今にも水流にのみ込まれそうです。3枚目は軽やかな水飛沫を感じさせ、細い草との重量バランスもよく、3枚目が撮影意図に一番近い表現だと判断します。このように、様々なシャッタースピードで撮影して、ご自分の意図を表現するのにベストな数値を探ることが大切です。
望遠レンズでの狙い
ここまでは広角レンズで撮影した写真をご紹介しましたが、渓流の撮影は望遠レンズでも楽しめます。例えば、滝に光が当たり、光芒になっている部分を切り取るのもよいでしょう。こちらは約2秒間かけて撮影した写真です。
この場合にも、シャッタースピードを変えて撮影してみました。こちらは1/550秒で撮影したものですが、水飛沫の勢いや迫力が魅力的な一枚です。しかし、光の筋は感じにくく、光芒の幻想的な写真に仕上げたいならば、先ほどの約2秒で撮影した画像の方がよいでしょう。
また、対岸の森が水面に映り込むのを狙って撮影することもできます。その場合は、カメラを持たずに目視で緑色の映り込みを探し、見つけてから三脚を構えると美しい色を捉えやすいです。NDフィルターでスローシャッターにすることにより、映り込みを滑らかに表現しました。
先ほどの写真ではNDフィルターのみの使用でしたが、同時にCPLフィルターも重ねて撮影しました。水面の反射を抑えることで、岩肌の橙色や質感が見えてきて、ぬくもりを感じる水面の表情になっているかと思います。
岸に流れ着いた葉も、ドラマを感じさせる役割を担います。木漏れ日を利用し、まるでスポットライトのようにあしらって、小さな足元の風景も楽しむことができます。広角だけでなく望遠レンズも使うことにより、様々なバリエーションを撮影することができるのです。
渓流撮影での注意点
渓流での撮影を思う存分楽しむために、いくつか注意事項があります。まず、安全第一に行動すること。渓流は鉄砲水のような急な増水もあるため、特に雨天時の撮影は充分に気をつけましょう。
また、よくある失敗はカメラの水没です。渓流の中を歩くときはカメラをバッグにしまい、万が一転倒したときに備えましょう。川底は滑りやすいので、靴底に滑り止めがついた長靴がおすすめです。
撮影時の注意事項としては、水飛沫をこまめにブロワーで吹き飛ばすことが大切です。現場では気がつきにくいですが、自宅に帰ってパソコンで確認すると、たくさんの水飛沫がついていた・・・なんてことがよくあります。前玉の水滴をレンズクロスで拭いているとだんだん曇ってくるため、ブロワーで吹き飛ばすほうがよりクリアな画像を写しとめることができます。
まとめ
今回は、主に広角レンズを使って渓流撮影を行うビフォー・アフターをご紹介しました。渓流では、晴天、曇天など比較的気象条件に左右されることなく撮影を楽しむことができます。広角レンズをはじめ、標準や望遠レンズを使って、レンズワークや構図を練習するには最適な場所ですので、ぜひ様々なアングルやシャッタースピードで撮り比べてみてください。
何より、撮影を楽しむことが一番大切です。涼しい渓流で、残りの暑い夏を乗り切りましょう。最後までご覧いただきありがとうございました。
■写真家:萩原れいこ
沖縄県出身。学生時代にカメラ片手に海外を放浪。後に日本の風景写真に魅了されていく。隔月刊「風景写真」の若手風景写真家育成プロジェクトにより、志賀高原 石の湯ロッジでの写真修行を経て独立。志賀高原や嬬恋村、沖縄県をメインフィールドとして活動中。撮影のほか、写真誌への寄稿、セミナーや撮影会講師等も行う。個展「Heart of Nature」、「Baby’s~森の赤ちゃん~」を全国各地にて開催。著書は写真集「Heart of Nature」(風景写真出版)、「風景写真まるわかり教室」(玄光社)、「美しい風景写真のマイルール」(インプレス)、「極上の風景写真フィルターブック」(日本写真企画)など。