宇宙からの撮影に挑戦できる時代がやってくる!ソニーが進める宇宙体験プロジェクト「STAR SPHERE」と人工衛星EYEの打ち上げ撮影秘話をご紹介!
はじめに
写真家の北山輝泰です。突然ですが、みなさんは「宇宙で撮影された写真」と聞いてどのようなイメージが浮かびますか?私は小さい頃から宇宙が好きだったため図鑑や本をたくさん読んできましたが、そこに載っている美しい天体写真の多くは、1990年にスペースシャトル「ディスカバリー」に載せて打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたものでした。星の輝きはもちろん、特定の星が出す水素ガスの美しい色は、無機質な宇宙空間とは思えないほど色鮮やかで、天体写真を撮ってみたいという衝動に駆られたことをよく覚えています。また、アポロ11号が初めて月面着陸をした時に、ニール・アームストロングが撮影したバズ・オルドリンのポートレート写真もまた、私を宇宙の虜にした一枚です。
宇宙で撮られた写真を見るたびに「自分自身もいつか宇宙で撮影をしてみたい」と思うようになりましたが、それは宇宙飛行士にだけ与えられる特権で遠い夢でした。しかしながら、今回ご紹介するソニーのプロジェクトでは、自分が宇宙に行かずとも衛星のカメラを操作して撮影を行うことができ、宇宙飛行士の撮影を疑似体験することができます。この記事ではプロジェクトの詳細とその要となる「EYE」についてと、さらに私も同行したフロリダ遠征の裏話をご紹介したいと思います。
STAR SPHEREとは
STAR SPHEREとは、ソニーが進める宇宙体験プロジェクトの名称です。今からおよそ5年前に発足しています。メンバーには、ソニーの社員だけでなく、東京大学宇宙航空工学の教師や学生、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のスタッフも含まれています。「SPHERE」は日本語で「球、球体」という意味がありますが、私たちが住む地球をイメージして名付けられたそうです。このプロジェクト名には、人工衛星EYEを使って撮影する体験を通して、私たちが住む地球を愛おしく想う気持ちと、地球は次の世代へと繋げていくべき大切な財産であることを再確認してほしいという想いも込められています。
人工衛星EYEとは
STAR SPHEREの核となるものは、人工衛星EYEを使った宇宙からの撮影です。EYEに搭載されているカメラは、ソニー製カメラをベースとしながらEYE用に作り替えられたオリジナルのものです。レンズは28mmから135mmまでをカバーする標準レンズが搭載されており、地球と星を広く撮ったり、地球の一部分をクローズアップするなど様々な画角で撮影することができます。それ以外には、姿勢制御するためのモジュールや、太陽光をエネルギーに変えるための太陽パドル、太陽の位置を把握するためのサン・センサー、そしてPale Blue社の革新的技術である水を動力とする水エンジンなどが搭載されています。
EYEのサイズは奥行き30cm、高さが20cm、厚さが10cmの長方形の箱のような形をしており、片腕で抱きかかえられるくらいの大きさしかありません。プロジェクトメンバー曰く、その小さい筐体に様々な機器を積むための作業が最も大変ということでした。
現在EYEは、地球上空およそ約500kmを周回しており、本格的なサービス開始に向けての動作確認が行われています。2月17日にEYEがテストを兼ねて初めて撮影した写真がTwitterに掲載されましたが、雲の隙間から見える大地や海の輝きがとても美しく印象的でした。
EYEを使って撮影するためには
EYEを使っての撮影は二通りの方法があります。一つ目は、著名人含めた特別ガイドがおすすめの地球一周やカメラワークをアレンジし、利用者はその中から気に入った瞬間を撮影する「宇宙撮影ツアー」に申し込む方法です。自分で撮影シーンを決められない制約がある代わりに、比較的安価な値段で撮影に挑戦することができますので、気軽に参加してみたいという方はこちらがおすすめです。
二つ目は「宇宙撮影プレミアム」です。こちらは人工衛星の軌道や、カメラアングルなどを自由に決められるため、自分だけの作品を作りたいクリエイターなどにもおすすめのプランになります。どのような構図で撮影するか、またパラメーターはどのような値にするかなどをシミュレーター上で指定して、その軌道上にEYEが来たタイミングで自動撮影する流れになります。EYEはおよそ95分かけて地球を一周しますが、そのうち約10分間が撮影できる時間になります。どのようなツアーが開催されるか、またサービスの開始時期はいつ頃になるかは未定ですが、どちらにしてもまずはSTAR SPHEREのクルーへと登録する必要があります。登録はこちらの「STAR SPHEREのサイト」から出来ます。
人工衛星EYEの打ち上げ撮影秘話~重なるトラブル~
人工衛星EYEの打ち上げが行われたのは2023年1月3日のこと。スペースX社のファルコン9に搭載され、フロリダにあるケープ・カナベラル宇宙軍基地より遠い宇宙へと旅立っていきました。当初の予定では、2022年の打ち上げ予定になっていましたが、何度か延期され1月3日に打ち上げ日が設定されました。今回私は打ち上げをスチル撮影するメンバーとして現地に赴きましたが、到着するまではトラブル続きでした。
最初のトラブルは、いよいよ羽田空港を離陸!という寸前のところで飛行機の電気系統のトラブルが発覚し、ターミナルへと引き返す事態になったことです。結局すぐの原因究明は困難ということで、別の便に乗り換える事態になりました。その後、ガタガタになってしまった予定をなんとか立て直し、予定していた時刻を大幅に超え最終目的地のオーランドに到着するも、最重要機材である三脚がケースごとロストするという2つ目のトラブルが起きます。「三脚はスーツケースに入れておいた方がロストしにくい」という同業のカメラマンの教えを忘れていた私のせいですが、この時は血の気がスーッと引いたのを覚えています(※翌日に見つかりました)。到着したホテルでは、大晦日の深夜だったにも関わらず、プロジェクトメンバーが暖かく向かえてくれました。この時に食べたカップラーメンの味とホッとした気持ちは忘れることはないでしょう。
人工衛星EYEの打ち上げ撮影秘話~ロケハンで分かったこと~
今回最も悩んだのは撮影場所でしたが、出発前には確定できず、現地にて最終確認することになっていました。ケープ・カナベラル宇宙軍基地から打ち上がるロケットを見るポイントは、特別な観覧ツアーに参加してケネディスペースセンター内の観覧場所から見るか、ポート・カナベラルの予約不要の一般観覧場所から見るかのどちらかで、後者はおおよそ15km〜17kmも離れています。日本では種子島や内之浦から打ち上がるロケットは3km〜5km離れたところから見ることができますので、距離にして約5倍離れたところから見ることになり、できれば避けたいというのが撮影チームの共通意見でした。実際に、昼間のロケハンでは肉眼で射場を見つけることは困難で、試し撮りした時の写真写りも決して満足いくものではありませんでした。そのため、ぎりぎりまでスペースセンター内の観覧場所を狙っていましたが、残念ながら入ることができず、一般観覧場所から撮影するのが濃厚となりました。
少しでも迫力のある打ち上げ写真を撮りたいと思った私は、スチル班の井手口リーダーにヘリコプターを使った空撮に挑戦させてほしいとお願いをしました。実は出国前の下調べで、ケネディスペースセンターを空から見るというヘリコプターのツアーを企画している会社があり、そこにお願いをすれば打ち上げの瞬間を空から見られるかも?という狙いがあったからです。幸い、最初に訪れたツアー会社で打ち上げ当日の飛行ができることが確認できたため、急遽テストフライトを行い、手持ち機材で問題なく撮影ができるか実験することになりました。
思っていた以上の強風と振動とで適切なカメラ設定を導き出すのに苦労しましたが、地上で撮るよりも迫力ある絵が撮れるという確証が得られたため、空撮でのロケット撮影に挑戦することになりました。空撮経験がない私の無謀とも言えるお願いを快諾してくださり、背中を押してくれた井手口リーダーには感謝してもしきれません。最終的に、スチル班は空撮でロケットを撮影し、ムービー班は地上からプロジェクトメンバーや打ち上げの記録をするという分担で本番を迎えることになりました。
人工衛星EYEの打ち上げ撮影秘話~打ち上げの瞬間~
本番当日、私たちスチル班は機体移動を終え発射台に立ったロケットを一目見たいと、深夜にホテルを出発しました。一般見学場所に付き撮影をしようと準備を始めた矢先、地元警察から「8時まで立ち入り禁止。出てって」と言われ撤退することになり出鼻をくじかれましたが、当たりをつけていた別のポイントで無事にロケットと対面することができました。ファインダー越しに見るロケットは水蒸気でゆらゆらと揺れていましたが、東大から出荷される際に見たあの小さな人工衛星が、今あのロケットの先のフェアリングに格納されていて発射の時を待っているのだと思うと、感慨深い気持ちになりました。
地上からの撮影がひと段落した後は、いよいよ空撮に向けての最終準備です。一度飛び立ってしまうと細かい設定はほぼできなくなるため、何度も漏れがないか確認をします。打ち上げ1時間前、最後のテストフライトで上空から発射台に設置されたロケットを狙います。前日に比べ風が多少穏やかだったことと、パイロットが元SWAT隊員でヘリの操縦に長けていたという好条件が重なり、想定していたよりも安定した環境で撮影に臨むことができました。このテストフライトでは本番での撮影精度を最大限まで高めるため、あらゆる設定を比較しながら撮影を行いました。
今回使用した機材は「α9 II + FE200-600mm F5.6-6.3 G OSS + 2x テレコンバーター」と「α7R V + FE70-200mm F2.8 GM OSS II」の組み合わせです。35mm判換算1200mmという超望遠の画角で打ち上げ瞬間を狙いつつ、ロケットの高度が高くなったら70-200mmで引きの絵を狙うという作戦です。ちなみに、連写性能がより高いα1ではなくα9 IIを使用した理由は、私の手が小さく、ボディサイズが大きいα1を長時間保持できるか自信がなかったためです。
一度着陸したのち、少しのインターバルの後、再び空へと飛び立ちました。この時の私はいわゆる「ゾーン」に入っていたため、断片的な記憶しか残っていないのですが、打ち上げのカウントダウンをしてくれていたコーディネーターの方の声だけはよく覚えています。カウントダウンが0になった後、数秒経ってからロケットのメインエンジンが点火しました。ファインダーの中に捕捉するだけで精一杯の私には、打ち上げを楽しむ余裕など微塵もありません。無我夢中でシャッターを切り続け、途中カメラを入れ替えながらヘリコプターのローターが邪魔をして撮れなくなるまで必死にくらいつきました。三脚座を外さず180度回転しスコープ代わりに使用しましたが、これは我ながら良いアイデアでした。
ロケットが目視で見えなくなったあとは、急いで撮影した写真を確認します。無事に撮れているか、ただそれだけが不安でしょうがなく、手元が震えていました。打ち上げ瞬間の写真が表示され無事に撮影できていることが確認できた時、緊張から解放され涙が止めどなく溢れてきました。これまでの写真家人生でここまで気持ちが高ぶった経験はなく、同時に写真家という人生を選んで本当に良かったと実感した瞬間でした。
打ち上げ撮影は終了しましたが、まだ撮影は終わりません。今回打ち上がったファルコン9は第一段ブースターを再利用するため、切り離された後自力で戻ってくる様子も見ることができます。私はこの瞬間もぜひ写真に残したいと思っていたため、緊張の糸を再び繋ぎ直し、着陸に備えて再びカメラを構えました。青空の中を曲線を描きながら降りてくる第一段ブースターをファインダーで捕捉できたら再び連写をして、無事に着陸する瞬間も抑えることができました。これで私の任務は全て終了しました。
人工衛星EYEの打ち上げ撮影秘話~打ち上げ撮影を終えて~
私が無事に空撮を終えることができたのは、献身的にサポートをしてくれたスチル班の井手口リーダー、快く送り出してくれたプロジェクトチームのメンバー、そして操縦士との交渉やカウントダウンをしてくれたコーディネーターの方のおかげです。改めて皆さんには感謝の言葉を述べたいと思います。本当にありがとうございました。そして、この奇跡の一枚が生まれたのは、紛れもなく信頼できるカメラ機材があったからです。私は常日頃、カメラを「相棒」と思い接するようにしていますが、これまで以上に大切にしていきたいと今回の出来事で強く思うようになりました。
人工衛星EYEを使った撮影体験が始めるのが待ち遠しくて仕方ありませんが、私がハッブル宇宙望遠鏡やニール・アームストロングの写真を見て、宇宙の世界にワクワクして今の道を選んだように、いつか私がEYEで撮影した写真を見た方が「宇宙っていいな」と思ってこの世界に興味を持ってもらえるようになることが今の私の夢です。これからも一ユーザーとして、STAR SPHEREの活動を応援していきたいと思います。