モノクロのススメ vol.5「トーンの再現力に優れたレンズを持とう」|佐々木啓太
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はじめに
モノクロのススメvol.5はレンズの話です。モノクロ写真は光と影の表現なのでレンズを通る光(透過率)でその表現が変わります。それはモノクロ写真で大切なトーンに大きく影響します。
使用するカメラとレンズ
カメラ:キヤノン EOS 5D Mark III
レンズ:ZEISS Otus 1.4/55
最高峰はZEISS Otus 1.4/55
このレンズのトーンの美しさを知ったのは、たまたま雑誌社の編集部にきていたレンズを借りたからでした。使っていたカメラはキヤノン EOS 5D Mark IIIでしたが、その背面液晶でも黒の深みとしっとりさを感じるトーンに惚れ惚れしたのを覚えています。その深みとしっとりさを使ってデジタルのモノクロをさらに楽しむために購入を決断しました。
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黒の中の黒と表現される、黒の深みがどこまでも繋がって行くトーンが最大の魅力です。この深みと滑らかさは他のレンズではなかなか味わえないもので、デジタルの調整では強さばかりが目立ちます。
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暗部の深みだけでなく光も美しく輝かせてくれるので、一眼レフカメラの光学ファインダー越しにこのレンズを覗く撮影は、光を追いかける気持ちが上がります。
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こんなフレアがでる条件でも、ピント位置の繊細さを保ったままボケの素直さや画面全体から感じる滑らかさは、このレンズの素性の良さを表しています。
ピント合わせに苦労した一年
トーンは最高で繊細さもあるレンズですが、マニュアルフォーカス(以下 MF)のピント合わせはフォーカスリングの回転角も広くかなりシビアです。手持ち撮影で狙い通りに素早くピントを合わせられるようになるまでに、およそ一年ぐらいかかりました。最終的にはフォーカスエイドという機能を使ってピントを追い込むことに落ち着きました。
フォーカスエイドとはオートフォーカス(以下 AF)の機能を使ってマニュアルフォーカスでピントの合焦を確認する方法です。通称親指フォーカスという、AFを動かす機能をシャッターボタンではなく背面のAFボタンにセットして、AFボタンを押しながらピントを合わせると、ピントがあったときにファインダー内の合焦マークが点灯します。
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ピント位置は自転車の人で、この中間距離から遠距離のピント合わせは、ピントを合わせる被写体も小さくなるので難しい条件です。
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ピント位置はバイクのハンドル。光の反射のコントラストがあって比較的近い被写体でピントを合わせやすい条件でも、ファインダー上の目視だけではピントがずれた感じになることが多くありました。
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窓ガラスの映り込みで、ピント位置は電線です。映り込みはピントを合わせる場所でその印象がかなり変わります。AFでの撮影では思い通りにピントが合わないこともあるので、MFでの撮影に向いている被写体です。
ピントを素早く合わせられるようになるまでの一年を手間だと感じるか、レンズと仲良くなるために必要な時間だと感じるかは人それぞれだと思います。私は後者で、その時間を過ごしたことでレンズの個性を深く知ることができて光を選ぶ感覚もさらに養われました。
街の絞りはF2.5
ピント合わせと一緒に考えたのが絞り値でした。そこそこシャープな雰囲気が欲しいので絞り値はF2.5にしました。実はこの絞り値はフィルム時代からよく使っていて、ピント位置の存在感とボケの柔らかさのバランスが良いので魔法の絞り値と呼んでいます。
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F2.5で得られるピント位置の存在感と背景に溶け込むようなボケの柔らかさは、街角写真と呼んでいるなにげない街の片隅を情緒的に捉えるシリーズにもあっています。
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F2.5の魔法は、被写体から少し離れるとボケの印象が写真を立体的に見せてくれる程度になることです。もちろんこのレンズの持っている深いトーンも立体感を感じる助けになっています。
毎月森に通い続けた約10年
このレンズと共に「森角(モリカド)」という自然風景を街角の視点で撮影するシリーズをモノクロではじめました。お気に入りの森に通ったのは、森の中で光の感覚を養うためで、細かいものが多い自然風景では撮影条件に合わせて絞り値を変えるようになりました。
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このレンズと一緒にモノクロで「森角(モリカド)」を撮影するために毎月通っていた場所は、独自の生態系のシダがあることでも有名でした。初めのうちはそんな特徴的なところのアップばかり撮っていました。
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この森に通いは続けた最大の理由はこの光です。この森に差し込む光は美しく、優しさがあって、心を癒してくれます。こんな感じで引いても撮れるようになったのは何度も通って森を観察したからで、毎月通ったおかげで季節によって変わる光を感じることができました。
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新緑の淡い緑の葉っぱに光が透過して輝いているように見える風景は、モノクロで楽しい被写体です。色のないモノクロの風景は光の違いを意識することが大切です。
森の中でのモノクロは街より難易度が上がります。色があれば周りとの違いがわかりやすい被写体が多いからです。その中であえてモノクロにすると、光で狙ったところを浮き上がらせる必要があるので、光を感じる力が鍛えられます。さらに森の中の光は木漏れ日が多く、その変化が早いので光の動きを感じる感覚も養われます。
おまけ レンズの透過率について
レンズの透過率をあげるために昔はレンズ素材の一部に鉛が使われていました。今では環境問題から鉛がレンズ素材に使われることはありませんが、レンズの透過率をあげるための素材の工夫は今でも続けられています。透過率の高いレンズは前後のレンズキャップを外して、優しい光の当たる場所でそのレンズを覗いているだけで気持ちよく感じられます。買取などで使われる強いLEDの光を当てるのとは違うので注意してください。
今回紹介したZEISS Otus 1.4/55はレンズ構成が10群12枚とたくさんのレンズが使われていますが、優しい光の元で覗くとレンズの存在を感じないぐらい透き通っています。そんな透過率の高いレンズがオススメです。
まとめ
このレンズを誰もがすぐに買うかといえばそうではないと思います。その別格なトーンはシネマクオリティーという写真用のレンズより動画用のレンズの思想で作られていることに由来します。このレンズを使うようになってデジタルのモノクロでもしっとり感じるトーンを楽しめることを教えてもらいました。
しっとり感じるトーンと言われてもわかりづらいかもしれません。そもそもデジタルでは強さや解像感などの先鋭性が優先されているので、トーンを意識することは少ないと思います。トーンを知ることはモノクロを知ることです。そのためにもトーンの再現性に優れたレンズをお気に入りの1本に加えてください。個人的にはZEISSやペンタックスのLimitedシリーズのレンズはトーンを大切にしていると思っています。
モノクロ撮影でのフォトウォーク開催のお知らせ
カメラのキタムラ写真教室で「モノクロ街角写真グループ」がはじまります。まずはフォトウォークを通じて佐々木啓太と一緒に実践でモノクロ写真に必要な光を得るためのアングルを体験してください。
10月5日(土)モノクロ街角写真グループ 新宿西口
https://www.npopcc.jp/classroom/detail/?id=7297&category_id=15
11月16日(土)モノクロ街角写真グループ 雑司が谷
https://www.npopcc.jp/classroom/detail/?id=7143&category_id=15
12月7日(土)モノクロ街角写真グループ 代官山
https://www.npopcc.jp/classroom/detail/?id=7298&category_id=15
■写真家:佐々木啓太
1969年兵庫県生まれ。写真専門学校を卒業後、貸スタジオ勤務、写真家のアシスタント生活を経て独立。街角・森角(モリカド)・故郷(ふるさと)というテーマを元に作品制作を続けながら、「写真はモノクロ・オリジナルはプリント」という
フィルム時代からの持論を貫いている。八乃塾とweb八乃塾を主宰しフォトウォークなども行い写真の学びを広めている。