カールツァイス ZEISS Batis 1.8/85|最先端の光学性能と伝統的な描写力が魅力の現代のオールドレンズ
はじめに
カールツァイス社は、カメラ・レンズの歴史のなかで大きな意味を持つ存在だ。1846年にドイツにて光学機器の開発製造会社として設立され、第二次世界大戦後のドイツ東西分割など歴史の大きなうねりの影響を受けつつも170年以上もの長い間、世界的な光学機器メーカーとして高品質な製品を世に送り出し続けている。特にZEISSの名を冠したレンズは時代時代において、斬新かつ緻密な光学設計と先進的なコーティング技術の組み合わせで、今日に至るカメラレンズの発展の礎となってきた。
カメラがデジタル化された現在においても、カールツァイス社はデジタルに最適化されたレンズを産み出し、それまでのフィルムカメラ用レンズで培ってきた高い技術を基に厚い信頼をユーザーから得ている。そこで今回は現在ラインナップされているツァイスレンズのなかから、ミラーレスに特化されたZEISS Batis 1.8/85を紹介しよう。
ZEISS Batis 1.8/85の主なスペック
■ソニーEマウント 35mmフルサイズフォーマット対応
■焦点距離 85mm
■レンズ構成 8群11枚
■最短撮影距離 0.8m
■フォーカシング機構 オートフォーカス/マニュアルフォーカス
■開放絞り値 F1.8
■最小絞り値 F22
■大きさ 最大径92mm 全長105mm フィルターサイズ67mm
■質量 約452g (レンズキャップ、レンズリアキャップを除く)
■防塵防滴仕様 あり
■手ぶれ補正機構 あり
ZEISS Batis 1.8/85は、ソニーのミラーレス一眼カメラαシリーズが採用するEマウント規格に準拠した単焦点レンズだ。35mmフルサイズフォーマットに対応しており、ゾナータイプと呼ばれるレンズ構成を採用。特殊低分散ガラス製レンズを含んだ8群11枚で構成された焦点距離85mmの中望遠レンズだ。開放絞り値はF1.8と明るく、より多くの光を取り入れることができると同時に、開放絞りでの撮影では極めて浅い被写界深度による大きなボケを生み出すことができる。またレンズ内手ぶれ補正機構も搭載されており、αシリーズのカメラに搭載されたボディ内手ぶれ補正機構との相乗効果で、さらに高い手ぶれ補正効果が得られるとされている。
ところでゾナーと呼ばれるレンズ構成は、1930年台にカールツァイス社により開発されたものだ。当時はまだレンズのコーティング技術が確立されていなかったことから、鏡筒内に配置されたレンズそれぞれの表面で反射する光の量が多く光量低下の原因となっていたのだが、ゾナーでは鏡筒内の一部のガラスレンズ同士を接着することで鏡筒内にできる空気の空間を減らし、ガラスと空気の境界面を最小限とすることで反射する光量を抑えており、当時としては画期的な透過率を実現。それによって得られる高いコントラストと解像力で高い画質を誇っていた。現在は優れたレンズコーティング技術があるため当時とは条件が異なってはいるが、ゾナータイプはレンズサイズをコンパクトにしやすいなどのメリットもあることから、現在においてもこの伝統的なレンズ構成を採用しているものと思われる。
このようにZEISS Batis 1.8/85では、伝統的なレンズ構成と最新のレンズ設計、デジタルカメラに対応した高度な挙動制御などを組み合わせることで、高い画質と優れた操作性を実現している。ZEISS Batis 1.8/85の基本的な性能と画質については、以前にこのShaShaにおいて写真家 坂井田富三氏によるレポートが公開されているので、ぜひこちらもご覧いただきたい。
レンズ外観
ソニーα7S IIIに装着したZEISS Batis 1.8/85。ソニーEマウント専用レンズとして設計されているだけに、αシリーズカメラとの組み合わせは見た目も質感も違和感はない。ただしツァイス特有の曲線を生かした造形はとても個性的なので、この点は好みの分かれるところでもあるだろう。
同梱の専用フードを装着。なめらかな曲線は鏡筒と繋がりがある。この独創的なレンズのデザインはフードを装着することで完成する。
開放F値1.8の大口径レンズだけにレンズ前玉は非常に大きいが、レンズ全体の大きさは同等の85mmレンズのなかではむしろコンパクトだ。フィルター枠サイズは67mm。
レンズマウントは堅牢な金属製。防塵防滴仕様であることからマウント部周辺には水滴や砂塵などの浸入を防ぐための、ラバー質感の青いシーリングが設けられている。
フォーカスリングはフラットなベルトタイプ。表面に滑り止めパターンのないタイプだが、指先に吸い付くようにして回せるので違和感はない。リングの回転はほどよいトルク感がありMFでも慎重にピント合わせを行うことができる。ただしラバー部に埃や砂塵が付着しやすい点は少々気になる。
Batisレンズシリーズには鏡筒に小窓状の有機ELディスプレイが設けられている。このディスプレイにはフォーカスを合わせた被写体との距離や、設定した絞り値に連動し得られる被写界深度の幅などが数値として表示される。多くのレンズでは鏡筒に直接数値やスケールが刻み込まれていることが多いが、このデジタル表示スタイルは撮影中でも直感的に数値を確認できる。とてもユニークな表示方法だ。
被写界深度に収まる距離の幅はフォーカスが合った被写体の位置からの、プラスマイナスの距離数値としてディスプレイに表示される。
有機ELディスプレイの表示設定は、フォーカスリングを特定の手順で回転させることで表示させることができる。リングを最短撮影距離の位置まで回し、そこからさらに一回転させることで画面に表示させる距離系の単位をメートル(m)とフィート(ft)で切り替えることができる。またリングを無限遠距離の位置まで回しさらに一回転させることで、ディスプレイ表示のON/OFFの切り替え、およびMF設定時のみディスプレイ表示を許可とする設定が行える。
ZEISS Batis 1.8/85で撮る女性ポートレート
ZEISS Batis 1.8/85は開放F値1.8の大口径単焦点中望遠レンズである。この特徴からさまざまな被写体のなかでも、特にポートレート撮影に適したレンズであると言っても差し支えないだろう。例えば人物のバストアップ撮影では、中望遠の85mmは被写体となる人物に手が届きそうで届かない距離を保った状態での撮影となる。これがより望遠の135mmとなると更に距離が離れることで客観的な関係性の写真となりやすく、また焦点距離が短い50mmとなれば、ぐっと被写体に近寄よっての撮影となることから、パーソナルスペースに踏み込んだ攻めた関係性の写真となるはずだ。つまり85mmでの撮影は、被写体と撮影者の絶妙な距離感を保った上での関係性を表現できるレンズなのである。
女性のバストアップ構図。女性の斜め後方から流れるように注がれる太陽の光をライティング光と捉えたうえで、女性の顔が美しく立体的な造形となるカメラ位置を見出し撮影。同時に人物が浮き立つ明るい背景となるように位置決めを行う。さらに、あえてZEISS Batis 1.8/85の大きな前玉レンズにも直接光を入れることにより弱いハレーション効果を引き出した結果、柔らかいイメージの作品にすることができた。直接レンズに太陽光を入れても優れたレンズコーティングが施されたZEISS Batis 1.8/85であれば、画質を破綻させることなくイメージを構築できる。
晩秋の紅葉の下で女性の表情にぐっと近づいて撮影。目元の優しさと肌の美しさを表現するため、顔に直接太陽光が注ぐことのない位置を選択。レフ板は使用せずカメラの露出補正を慎重に重ねながらシャッターを切る。これは逆光でも表情が暗くならないようにするためだ。フォーカス位置は女性の右目に合わせているが、絞りをF2.8まで絞り適度な被写界深度を得ることでフォーカスを自然な「アウト-イン-アウト」の流れとしている。明るいレンズであっても無意味に開放絞りに合わせて浅い被写界深度とするのは、人物の魅力を損なう悪手となってしまうので注意が必要だ。
風に舞い散る紅い葉を手に取ったところを、ZEISS Batis 1.8/85の最短撮影距離である80cmまで近寄り撮影。85mmレンズとしては標準的な最短撮影距離ではあるが、クローズアップ撮影時に目立ちやすい諸収差も少なく極めてクリアな描写だ。収差が大きいと画像の雑味に繋がりかねないので、開放絞り値付近を多用するポートレート撮影では素性の良いレンズを積極的に選びたい。
女性から少し離れて背景の木の枝の広がりと女性の上半身の姿を横位置構図で構成。縦位置構図の上半身撮影よりも、モデルとの距離を取ることで写真のなかでも双方の関係性にわずかながらも余裕が生まれる。85mmという焦点距離は縦位置でも横位置でも構図を組み立てやすく、撮影の現場において選択肢の幅を広げることができる。そして、この作品では人物は極めてクリアな描写でありながら、背景の木々は柔らかなぼけ味として表現されていることに注目していただきたい。これほどクリアさと柔らかさを同時に表現することができるレンズは、ZEISS Batis 1.8/85以外にはそれほど多くはないだろう。
モデルの全身を画面内に収めるべく少し距離を取ったうえで、モデルに衣装のシルエットが判るようにとポーズの指示を行い撮影。その際に絞りをF4まで絞ることで画面全体の描写力を均一にしてある。ファッションフォトではより焦点距離の長いレンズを使用することで、背景を大きくぼかす手法もよく取られるが、筆者は撮影場所の状況までも取り込んだ画作りを行う際は85mm程度の中望遠レンズをセレクトすることが多い。
森の木々の合間から差し込む日の光を受け歩いてくる女性を、コンティニュアスAFによりフォーカスを合わせながら撮影。差し込む光の明るさと木々の葉の影が、人物と衣装の表情を引き出す瞬間を狙いシャッターを切る。ここでは絞り値をF2に合わせることで、フォーカスを合わせた人物はシャープに、背景の草葉などは意味消失しない程度にぼかすことで遠近感を引き出した。ポートレート撮影ではその場の状況に合わせて最適なカメラ設定やモデルの立ち位置を即座に見出す必要がある。
黄金色の葉に囲まれた池のほとりの小径をモデルに歩いてもらう。高度の低い冬の太陽からの斜光が葉を輝かし地面には伸びた影を落とす。あえて離れた位置からカメラを向けて、本格的な寒さを迎える直前の空気感を感じられるようにと撮影した。人物の前後に明るい葉を配置し前ぼけ・後ろぼけを作ることで、木々に覆われた小径の穏やかな心地よさを引き出す。ZEISS Batis 1.8/85が醸し出す柔らかなぼけが優しい。
打ち寄せる波の音につつまれた海岸。沈みゆく太陽の光に照らされた夕方の光景のなかに、人物を配したことでドラマチックなシーンとして描いた。風景のダイナミックさに負けることなく人の存在感を写真に入れ込むためには、頭のなかでストーリーを組み上げながらシーンを構築すると効果的だ。さらにZEISS Batis 1.8/85の高い描写力であれば、きっと力強いワンシーンを生み出せるはずだ。
リアルな解像と柔らかな光で女性の魅力を余すところなく引き出す
今回の撮影では女性ポートレートに絞って撮影を行うことで、ZEISS Batis 1.8/85の特徴とポートレートレンズとしての実力を検証すると同時に、中望遠レンズである85mmレンズでの人物表現のポイントについても解説させていただいた訳だが、撮影を進めるうちにあらためて85mmレンズのバランスの良さを再認識する結果となった。もちろんこれまでにも数多くのメーカーからポートレートレンズと称される85mmレンズが生み出されてはいるが、このZEISS Batis 1.8/85ほどにそのシャープさとアウトフォーカス部の柔らかさ、そして中間部における極めて自然なぼけ味の遷移具合を兼ね備えたレンズは多くないだろう。まさしく力強さと美しさを同時に表現してくれる芸術的なレンズといえる。
ところでカールツァイスの現行製品の多くは、ドイツのカールツァイス社からライセンス供与を受けた日本の光学機器メーカーが製造していることが正式に公表されている。今回取り上げたZEISS Batis 1.8/85では公表されてはいないが、これも日本で製造された製品かもしれない。とはいえ製造がドイツから日本に移っていたとしても、カールツァイスの長い歴史のなかで育まれた光学製品設計のノウハウと製造技術、そして写真作品に対する深い造詣は、その愛情とともに現代のデジタル対応製品においても脈々と受け継がれていることは間違いない。むしろ伝統のツァイスレンズを日本の技術で未来へと繋いでいけることは誇らしいことだ。最先端の光学性能を誇りつつも伝統的な魅力にあふれたオールドレンズ。ぜひこの魅力をあなた自身でも確かめていただきたい。
■モデル:夏弥
■写真家:礒村浩一
広告写真撮影を中心に製品・ファッションフォト等幅広く撮影。著名人/女性ポートレート撮影も多数行う。デジタルカメラ黎明期よりカメラ・レンズレビューや撮影テクニックに関する記事をカメラ専門誌に寄稿/カメラ・レンズメーカーへ作品を提供。国境離島をはじめ日本各地を取材し写真&ルポを発表。全国にて撮影セミナーも開催。カメラグランプリ2016,2017外部選考委員・EIZO公認ColorEdge Ambassador・(公社)日本写真家協会正会員