特集
海中ではシャッターチャンスは
一瞬で過ぎてしまう。

■東京湾の汚い海の中にも生命のドラマがある。
 そのことに感動しました。
●先生は、東京湾の撮影をご自身のライフワークにもされていますが、美しい海に魅了された先生が、なぜ東京湾を撮ろうとお考えになったのですか?

 東京湾のそばに住んでいた友人が、家の前の海に潜れば魚介類が採り放題だと言うんです。しかも食べられると言う。江戸前でしょ。食べたいわけです(笑)。それがきっかけで東京湾に潜ってみました。噂どうりに汚い海でしたね。木材とかポリ容器なんかが水辺に打ち上げられていて、それをかき分けながら海に潜ったんです。普通の海でしたら、水深1メートル程度であれば外光が十分に入るので、写真を撮ると水が青く写ります。ところが東京湾では黄緑色に写るんです。それだけ汚れているんですね。最初はひどいところに潜ったと思いましたよ。

 ところがやがて、私は東京湾がとても面白い海であることに気がついたんです。私はそれまでは海中でも見晴らしのいい広い景色を撮るのが好きだったのですが、東京湾は汚いので先が見えません。これでは写真が撮れないと思っていると、5cm、10cmといった目の前に何かがいる。こんな汚い海なのに生き物がいるんです。ムラサキイガイやギンポ、ハゼとか、いっぱいいるんですよ。

とても生き物が棲めるとは思えないこの海に、たくさんの生命がいる。生命がいるということは、そこに誕生、生活、交尾、死といった命のドラマがあるということです。私はそのことに感動して、この汚い海に棲んでいる生き物たちを撮ろうと思いました。これが「海中顔面博覧会」を出版するきっかけにもなったんです。

 東京湾は私に、遠くばかりを見ていないで、足下もよく見ないと、大切な被写体を逃してしまうことを教えてくれました。私は今ではどんな汚れた海でも、5cm先が見えれば海中写真を撮ることができますが、そういう技術を教えてくれたのも東京湾です。
オホーツクの海の王者、オオカミウオ。
■カメラ:ニコンF4 レンズ:ニッコール60mm マクロ F2.8 絞り:f11  シャッタースピード:1/60秒 フィルム:ベルビア ストロボ使用 撮影地:北海道知床半島
空き缶から顔をのぞかせ、こちらに迷惑そうに何やらつぶやく?…。
ハゼの仲間のチチブ。
■カメラ:ニコンF4 レンズ:ニッコール60mm マクロ F2.8 絞り:f8.5 シャッタースピード:1/60秒 フィルム:ベルビア ストロボ使用 撮影地:東京湾
ロープの一部に卵を産みつけるコウイカ。
■カメラ:ニコンF4 レンズ:ニッコール60mm マクロ F2.8 絞り:f8.5 シャッタースピード:1/60秒 フィルム:ベルビア 撮影地:東京湾
 
 
 
 
 
 
●海中写真の場合、地上とは違った撮影上の技術や知識が必要になると思うのですが、先生はどのようなことを注意されているのですか?

 私は常に2、3枚フィルムを残して戻ることにしています。海中ではフィルムの交換ができません。ところがフィルムを撮り終わって船や岸に戻ろうとしているときに限って、イルカが近づいてきたり、クジラが目の前を通り過ぎたりと、素晴らしいシャッターチャンスが訪れるものなんです。急いで上がってフィルムを交換し、また潜ったときには、もういない。こうした絶好のシャッターチャンスにフィルムがないというのは本当に悔しいんです。それでいつもフィルムを少しだけ残して戻ることにしています。

 また、一瞬のシャッターチャンスを逃さず撮らなければなりませんから、あまり考えて撮るということができません。だから私はあまり露出を変えて撮るということはしないんです。1m以内なら8ですし、10cmでしたら16というように、決めているんです。

 また、1台のカメラでは写真に入りきらない、またはワイドすぎる、そうした場合のことも考えて、15mmの超ワイドと28mm、それに60mmか105mmのマクロと3台は持って潜ります。海中では屈折率が変わりますから、28mmのレンズが地上の37mmのレンズに相当するんです。これらのレンズで、いかに被写体に寄れるか、海中写真ではそれが決め手になります。
誕生間近のコウイカの赤ちゃん。
■カメラ:ニコンF4 レンズ:ニッコール60mm マクロ F2.8 絞り:f11 シャッタースピード:1/60秒 フィルム:ベルビア ストロボ使用  撮影地:東京湾
ウーパールーパーのような個性的な顔のカスリハタ。2メートルほどもあるので、横から見るとすごい巨体だ。
■カメラ:ニコンF3 レンズ:ニッコール28mm F2.8 絞り:f8.5 シャッタースピード:1/60秒 フィルム:ベルビア ストロボ使用 撮影地:オーストラリア
 
 
 
 
 
 
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