カメラと歩んだ30年。新作写真展に寄せて|テラウチマサト
独立30周年の記念写真展を開催
1991年、私は写真家として独立し、会社を立ち上げ、写真雑誌「PHaT PHOTO」の創刊、雑誌と並走した「PHaT PHOTO写真教室」や参加型写真展「御苗場」の主宰、写真を軸にした地域創生事業など、写真家にとどまらない様々な活動をしてきました。
今年、独立30周年を迎えます。そこで2021年9月に30周年記念の写真展を開催することになり、ここ最近に撮った新作『LETTERS 一緒に見た富士山』を発表します。
私のアトリエは河口湖にあるのですが、コロナ禍になるまでは東京、そして国内外を行き来して、仕事や作品撮影に出かける毎日を過ごしていました。ところが2020年からは新型コロナの影響で河口湖で過ごす時間が増え、以前から取り組んでいた富士山の作品を撮る時間が増えました。今回の写真展は、この1年半で撮った作品がほとんどになります。
TPOに合わせて選ぶ、カメラ
写真展などで在廊していると、「カメラは何を使っていますか?」と聞かれることが多いのですが、いつも答えに困ります。なぜなら、私が使用しているカメラはすべてのカメラメーカーのカメラですから(笑)。
写真家を始めた当初のフィルム時代は、キヤノンのカメラで撮影することが多かったのですが、それはフィルムを入れ替えて、その時々に色合いが変えられていたからです。富士フイルムのベルビアやプロビア、コダックのコダクロームなど、撮る被写体によってフィルムを目的ごとに変えて使っていました。デジタルになってからは、フィルムではなくカメラのメーカーごとに、それぞれの特徴的な色合いが出るようになり、カメラ自体も目的に応じて変えるようになりました。
この被写体を撮るときはこのカメラ、このシーンではこのカメラというように、カメラを変えています。もちろん、ひとつのカメラで撮影して、後でイメージに近い色合いに変えるというやり方もありますが、私はできる限りその場で感じた色を、その場で再現したいと思っています。
ふだんTPOによって洋服を変えたりするでしょう。八百屋にわざわざスポーツカーで行く人も少ないと思います。カメラも場所や被写体に合うもので撮影したい。だから私は、コンパクトカメラから一眼レフまで、様々なメーカーの様々なカメラを使うようにしています。
見ているけど、良さに気付かないでいる富士山に光をあてて輝かせる!
ここからは、9月の展覧会で発表する新作の一部をご紹介したいと思います。
私は普段アトリエがある山梨県側から富士山を撮影しているのですが、この写真は静岡県側から撮影した富士山の写真です。山宮浅間神社と言って、石と木だけがある、社殿がないことで知られる神社。富士山そのものを神として拝む神社です。日本武尊が東国遠征に出る途中で攻撃に遭い、この地で富士の神を祈念して無事に全うしたといういわれもある場所。古来の富士信仰を表現しようと、三が日、神域に入らせていただき写した1枚です。
今回の写真展タイトルには、『一緒に見た富士山』というサブタイトルを入れました。その言葉に込めた意味は、いつも私や地元の人が見ている〝普段着の富士山〟を写した作品だから。パーティ衣装を着た富士山ではなく、江戸時代から庶民が見ていた普段着の富士山。家族や友人と何気ない日常で一緒に見たい富士山の姿を知ってもらいたかったのです。それは化粧っけなしの素の美しい富士山です。
河口湖に来る人は、富士山が見えないと残念がりますが、本当は残念がる必要はありません。河口湖だけでも美しいので、そこも見てほしい。風景を見つけ出すとき、定番の富士山を撮って喜んでいては物足りない。みんなが見つけ出せないものを見つけ出すのが写真家の仕事だと思うから。次の写真は、本当は左のほうに富士山が見えているのですが、河口湖がとても美しかったので、富士山はすそ野だけ少し入れて、メインで入れるのをやめました。
富士山は雲と一緒に撮影されることも多いのですが、この写真は少し変わっていて、羊毛みたいにくるくるしているでしょう。もしかしたらよく見られる雲なのかもしれないけれど、雲のかかり方が珍しくて、羊になった富士山と思って撮影しました。
初夢で見ると縁起の良いものとして「一富士二鷹三茄子」ということわざがありますが、これは富士山と鳥が写っている写真です。鷹だといいのですが、大鷲の可能性もありますね(笑)。縁起がいいなと思って写した2020年のお正月の写真です。
次の写真は、「富士山と花」を撮るときに、ありきたりにならないためにどう撮るかと試行錯誤した中の1枚。「イルミネーション富士」というシリーズです。クリップオンストロボでわざと花に強い光を当てて飛ばし、イルミネーションに囲まれているような富士山を撮影しました。現代風な富士山を狙っています。
誰も考えていなかった視点でものを見る
私が著名人の撮影や風景写真など、どんな写真を撮るときにも心掛けているのは、「これはテラウチさんの撮った写真だね」とわかるような、私なりの写真を撮影するということ。美しい富士山って、季節や天候の条件のいいときにその場にいたら、案外誰でも撮れるものなんです。でも、それだと個性ある作品とはいいがたいですよね。
今はカメラの性能がすごく良くなってきているから、単純にきれいな富士山、誰もが撮りたくなる“見つけやすい富士山”だけ撮っていては作品にはならない。そういう写真は「すごい、きれい」と言われるけど、同時に「私も撮ったことがある」と言われてしまう。五重塔に富士山と満開の桜、それは撮影場所の珍しさや、「絶景写真」という印象だけで終わってしまう、賞味期限の短い写真で終わってしまう、それを避けたいのです。それが富士山など、被写体自体が美しく、誰もが知っているものを撮影するときの難しさだと思います。
私が、「PHaT PHOTO写真教室」のオンライン授業で教える中でよく伝えているのは、「アートの楽しさは、今まで誰もが考えていなかった視点でものを見て、それを提示できる」ということ。言わば「影の部分に光をあてて輝かせる」ということ。今回、そういう思いで見つめた〝普段着の富士山〟の写真作品にチャレンジしてみました。
来場いただき楽しんでもらえたら嬉しいです。
テラウチマサト写真展『LETTERS 一緒に見た富士山』
2021年9月15日(水)~9月26日(日)
72Gallery(東京都中央区京橋3-6-6エクスアートビル1階)
TOKYO INSTITUTE of PHOTOGRAPHY – We hope this place to be the information podium for all who loves photography. (tip.or.jp)
詳しくはこちらをご覧ください。
人の心つかむ写真表現 ~ PHaT PHOTOオンライン写真教室 ~
https://www.ppschool.jp/about_phatphotoschool?utm_source=ktmweb&utm_medium=shasha&utm_campaign=ktm2108&utm_id=phatphoto1
■写真家:テラウチマサト
1954年、富山市生まれ。ポートレイト、風景、プロダクトから空間まで、独自の表現手法で常に注目を集める写真家。中でも、ポートレイト作品においてはこれまで6,000人以上の俳優、モデル、タレント、経営者などの著名人を撮影。テラウチにしか撮らせないという声も多い。2012年パリのユネスコ内にあるイルドアクトギャラリーにて、葛飾北斎の浮世絵と共に富士山写真展開催。写真家としてのクリエイティビティを活かした幅広い創作活動を得意とし、2014年10月より富山市政策参与に就任。河口湖 音楽と森の美術館の特別国際学芸員も務める。日本写真家協会会員。