デジタルカメラにストーリーを|カメラのポートレートを撮ろう【後編】

内田ユキオ
デジタルカメラにストーリーを|カメラのポートレートを撮ろう【後編】

偶然や奇跡がロケの魅力

カメラのポートレートを撮る提案の後編です。未読でしたら先に前編を読むことをお勧めします。

スタジオで撮るポートレートは天候に左右されないですし、ライティングを追い込んで数ミリの違いにこだわり、究極の一枚を作り上げていく楽しさがあります。一方でロケは自然であることがいちばんの魅力で、天候も含めて偶然を味方にしながら奇跡の一枚を求めていく楽しさがあります。

前回はフィルムカメラを題材にして、自宅の部屋でスタジオみたいな雰囲気の写真を撮ることをテーマにしました。たった一枚の紙、光の角度、ポートレートのセオリーを生かした構図など、ちょっとしたことに気遣うだけで、カメラの見え方がまるで違うことが伝わったと思います。
自分で試してみた人なら、光や構図が写真に与える影響の大きさを実感して、いつも使っているカメラに新たな魅力を発見できたのではないでしょうか。

今回はロケの楽しさと魅力を、カメラを撮るときにも活かせないだろうかというチャレンジです。
フィルムカメラのほうがカッコよかったと安易に言いたくはないですが、昔のカメラは優美な曲線や豊かなディテールがあって、被写体として魅力的なのは間違いないと思います。けれどもここを読んでいる人の大半はデジタルカメラを愛用しているはず。個人的にはその愛用カメラの魅力を再発見してもらいたいので、ロケのようにストーリーを取り入れてカッコよく撮るアイディアを考えてみます。

デジタルカメラにストーリーを

最初に写真を見てください。これは先に物語を考えました。

XF56mmF1.2 APD―――ボケの美しさに特徴がある大口径の中望遠レンズを手に入れて嬉しくなった男性がポートレートを撮ってみたくなり、勇気を出して知り合いの女性に声をかけて頼んでみたらすんなりOKしてくれた。「撮られるのは恥ずかしいけど写真には興味があるの」とか。晩秋の冷える午前中に待ち合わせをして、撮影の段取りを説明することになる。彼女を気遣って温かいコーヒーを買ってきてBGMを流してみたものの、お互いが緊張して気まずい時間が流れていく。さあ奇跡は訪れるのか。

広告では登場人物たちの職業や年齢など、一度も出てくる場面がないのにキャラクターが設定されていることがあります。それにより映像に深みを加えることもできて、小道具はどんなものがいいかといったことで迷ったとき方向性がブレにくくなる。シリーズにするときアイディアも生まれやすいです。
ここでも、どんな人がどんなときに使うのかシチュエーションを演出して、カメラの個性を引き出すよう写真を構成してみました。小物を選び、なるべくリアルになるようそれぞれの角度からセッティングしてあります。

写真から見えないと思いますが小さなこだわりがあり、たとえば左のX-T2は露出補正が1/3段プラスになっていて「ポートレートを撮るぞ!」という気負いが感じられるようになっています。コーヒーの分量も右と左で違い、緊張の度合いを表していて、ちょっとずつ飲みながら変えていきました。カメラにはメディアとバッテリーを入れてあり、PRO Neg.Stdを選び、ポータブルスピーカーからは実際に音楽を流しています。いずれも写真に写らないもので、音は振動を生むためデメリットのほうが多いですけれどロケの醍醐味だと思ってのこと。
黒澤明監督は、開けて見せる場面はないのにタンスの中に服を入れておくよう求めたらしく、それがリアリティに繋がると信じたのでしょう。それを信じるか信じないかはあなた次第です。

―――で、じつはこれは深夜一時の部屋で撮りました。
いろんな公園を回ってテーブルを撮ってみたのですが、最近は表面に加工がされていてデジタルカメラのボディの質感とメリハリが出ません。子どもたちが遊んでいるところで邪魔をするわけにもいかないですし、木の板を買ってきてワックスを塗りシャワーをかけ太陽にさらして味を出しておいて、自然光に見えるようにストロボを使ってライティングしました。光の角度と柔らかさは冬の午前中っぽいはずです。

さらにこれには一年後の続編があります。

彼女のほうの服の好みが変わってロックっぽいブリティッシュになり、写真の楽しさに芽生えてX-E3に買い替えたことにしました。ロマンティックすぎるかもしれませんが「ハートカクテル」で育った世代ですから。
前年はポートレートにうってつけの柔らかい光だったのが、こちらは快晴の設定にしてあり、それにより露出補正が+1/3から+2/3になっています。
デジタルカメラは見た目がそっけないと思われがちなのを、背景や小道具にこだわることでロケで撮ったポートレートみたいな魅力を加えようという演出です。

Xシリーズは機種ごとに個性があり、それがデザインに表れています。デザインの魅力を引き出そうとすれば個性も見えやすくなってきます。自分なりに小道具や光で演出して「カメラのポートレート」が撮れたら素敵です。できれば写真の中のカメラを取り出して撮影に行けそうな雰囲気があるといいですね。

ありのままは理想だけれど

人物は、何かの拍子にカッコよく(美しく)見える瞬間があって、それを撮るのが理想だと思います。ロケ本来の魅力はそこにある。
けれども実際にはそのままだとうまくいかないことがあります。数本の髪が目にかかっているとか、服のシワがやけに目立つとか、背景に犬を連れたおじさんがいてじっとこっちを見ているとか、ちょうど雲がかかってしまったとか。

カメラもほんとうに撮影に行って、休憩のときにテーブルに置いて、離れたところから見て「それにしてもかっこいいな」と思った感じで撮るのが理想だと思います。でも実際には近くに余計なものがあったり、目立つところにゴミがついていたり、ストラップが変な角度になっていたり。
そういうのを嘘くさくならないように整えていきます。

パリのカフェで会計をするときに立ち上がって、この瞬間を残しておこう、と思った一枚。店名が中途半端に切れていて、レンズも光ってないなど、直したいところはたくさんあります。それでも自然であることには価値がある。
ブツ撮りにはメッセージがある、という説があります。「Xシリーズは小型軽量でカメラバッグのポケットに収まってしまう」というメッセージを込めていて、これはリアルに撮影現場で撮ったものです。
上の写真のムードを演出で作りました。光も向きも完璧に整えられているものの、やりすぎで嘘くさいですね。

こういうのを繰り返しているうちに、例えばカメラバッグを買うときなどに「こっちの色のほうがカメラと組み合わせたとき見栄えが良さそう」と思うようになります。
第三者の視点のようなものが日常に加わるわけで、厄介なことも多くなりますが、これこそがブツ撮りの効能であり、写真の本質だと思います。日常が少しずつ美しくなってゆくのだから。

ルールやセオリーも覚えていこう

広告としてのブツ撮りにはルールやセオリーがあると前回に書きました。腕時計の写真では10時10分になっていることが多いのは有名ですね。長針と短針が開いてバランスが良く文字盤も見えやすいからですが、ではレンズの絞りはどうするのがいいでしょうか? F11とF16の間になっているような中途半端なことはないと思います。絞り開放か、シンメトリーに見えるF5.6かF8になっていることが多いはずです。

他にもルールというほど絶対ではないですが、レンズは瞳と同じで主役級に重要なポイントであり、大切に扱うのがセオリーです。汚れをきれいにしておくのはもちろん、光らせることでキャッチライトのような効果が生まれ、印象の強さと美しさにつながります。

絞りは真ん中であるF5.6にして、レンズの前玉を光らせています。ロケなのに整えられたポートレートです。
ハワイの公園のベンチで。スタジオで作り上げた光も、エイジング(味出し)した板も、ホンモノには叶いません。これを大切に思う気持ちは忘れたくないです。

すべてのカメラを同じように撮るのはつまらない

ポートレートでも得意な(好きな)撮り方があると思います。その中でモデルの魅力を引き出すような撮り方ができたら理想です。相手を見ないでいつも同じように撮ってしまうのは勿体ない。

そこで厄介なのがRICOH GRです。一般的にカメラのかっこいいディテールのほとんどは上部に集中しています。裏側はなるべく見せないほうがいいのも前回に書きました。
となると上側から撮りたいところですが、ロゴがシャッターボタンの真逆にあります。そのせいかGRの写真の多くは下から撮っていて、シャッターボタンや緩く隆起したトップカバーなどのディテールが見えません。これだとすごく勿体ないですよね。ただの黒い箱じゃないのに。電源を入れたときに光るところも見えない。
さらにレンズが光るとカッコいいと書きましたが、沈胴式でさらに前玉が小さいためほとんど見えません。

GR III HDFが登場するとき、スナップシューターというイメージは守りつつ、新たなファン層に向けたキャラクターを見せたいと思いました。これは理想のようなものですが「どういう個性を持っていて、どういう写真を撮るのに向いたカメラか」が伝わるといいなと思ってます。
GRはシリーズを通して似たテイストに統一されています。GRとGR IIとGR IIIを写真だけで見分けるのは難しいくらいで、黒バックで落ち着いたトーンに撮られることが多いはずです。
GR III HDFは「柔らかな光を捉まえること」をテーマにしていて、過去の名作写真へのオマージュでもあります。そのムードをどう表現するか悩み、光の角度や質、カメラの向き、背景など、ものすごくたくさんのテストをしました。

まずはみんなが思っているGRのイメージをさらに研ぎ澄ませて、アイコンのように見せることを目指しました。二本の線と丸だけでもGRだってわかるような。

次に柔らかい光を使ってストーリーがあるシチュエーションを作りました。仕上がりがどう使われるか見てもらいたいのでこちらを。

■リコーイメージング-GR III HDF / GR IIIx HDF
https://www.ricoh-imaging.co.jp/japan/products/gr-3/special/hdf/

GR III HDFはずっと買えないようですけれど、これまで興味を持っていなかった人に手に取ってみてもらいたいと願ったので入手しやすくなるといいですね。
買えたら撮ってみてください。これまで意識してなかったヘアラインが急に見えて愛しくなったり、南部鉄器にヒントを得たといわれる金属の質感にうっとりしたり、新たな魅力に気づくはずです。

GR IIIが小さく薄くなったとき、何と一緒に撮ればサイズがわかりやすいか色んなものを試しました。文庫本やトランプなども面白かったですが近かったのがカセットテープ。これを探してリサイクルショップを回りました。世代的にもGRユーザーに響くのでは。

 

 

コラージュしたり、文字を入れたり、そういったことも楽しいです。
カメラのキャラクターに合わせてシチュエーションや光、背景を変えているのがわかりやすいと思います。

このカメラだったらどんな服が似合うかな、と考えるのも楽しいもの。これからの季節は素材に質感が加わっていくので、カメラとのコントラストも美しい。

 

 

■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist

 

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