道具?相棒?愛しいパートナー?カメラのポートレートを撮ろう【前編】
明日のために~写真編~
写真教室をやっていたとき、カメラを始めたばかりの人に「これからどうやって写真のことを勉強していくのがいいですか?」と聞かれることが多くありました。YouTubeがない時代で、これさえ読んでおけば大丈夫という入門書も思いつきません。
そこで次のように答えていました。
カメラを扱えないと「こんなふうに撮れたらいいのに」という気持ちを形にできないので、最低限の知識は覚えておくといいと思うよ。カメラ全般のことを知る必要はないから、自分が選んだカメラのことだけ理解できたらいいです。
知識が増えて詳しくなっていくうちに楽しんで撮ることを忘れがちなので、それは注意して。できれば早い段階に、ブツ撮りをやってみるといいです。
スナップだと運に左右され、風景だとロケーションが重要で、ポートレートだとモデルが必要になる。ブツ撮りだったら独りで、気が済むまでこだわりを注ぎ込むことができるから。その過程で絞りや露出といった基礎知識も覚えられる。
これはフィルムの時代のことで、デジタルなら撮った写真をその場で見比べ、どこが悪いかすぐに確認できて、高価な照明機材がなくても簡易的なもので始められます。ハードルはグッと下がりました。
ブツ撮りというと「カッコよく撮れる素敵なアイテムが家にないです」と言う人もいます。いやいやカメラがあるでしょう。ちょっとした貴金属なみの高級品で、光学と工学が合わさった美しさがあり、愛用品だから思い入れもある。
自分にしかわからないカッコよさがあるはずだ!という気持ちがあるといいですね。子どもは親が、ペットは飼い主が、アクセサリーは作家が、いちばんいい写真を撮ると言われています。
自分のカメラに向き合ううちに新しい発見もあるはずです。撮影を通して好きなものに深く関わり、魅力を再発見するのは写真の喜びでもあります。
といった素敵なリードの後は、用意するアイテムの紹介になるのが普通ですが、今回はパターンを変えてみます。棚から五台のカメラを選んできたので、それぞれに向き合いながら撮り方を変え、基本をおさらいしてみましょう。
最初の写真だけは同じ背景と露出で撮りました。使ったレンズはXF35mmF1.4 R(換算53mm)です。
キヤノン FTbから学ぶ「まずは世界観を」
初めて自分のお金で買ったカメラはキヤノンA-1でした。キヤノンはいつもカッコよかった。功績は「光学と電子の出会い」にあると思います。その憧れを写真にこめてやろうと意気込んだのですが、A-1が見つからなかったのでFTbを。1971年に発表されたカメラでフルマニュアルですから“カメラロボット”キヤノンA-1とはキャラクターが違います。
古いカタログを見てみると、メカとしての重厚さを強調しつつ、それでいて露出系内蔵&QL(フィルムが簡単に装填できる機能)で扱いやすいこと、同時期のフラッグシップであるキヤノンF-1に対して廉価版であることを、写真で伝えようとしているみたいです。
そういった時代背景は置いておいて「昔のカメラってエモい〜!」とアプローチするなら、ネガっぽくしてウッディな背景でも悪くないと思います。
せっかくの機会なので70年代のカメラについて考えてみましょう。これから景気が良くなって、どんどん外に出ていって素敵なことに出会い、そのときカメラがあったら喜びの瞬間を写真に残すことができますよ、という時代だっただろうと予想します。
胸が熱くなりませんか? この後に発売されるキヤノンAE-1なんて570万台も売れたんですよ。最近のカメラだと、製造が間に合わないので予約受付を中止しますというニュースをたびたび見ますが、どんな生産体制だったら570万台も作れるんだろうって驚きます。
そんなわけで70年代のオマージュを狙い、光に角度をつけてシャドウが沈むようにしてクールなルックにしてみました。自分のための写真だったらそこまで気を使う必要はないですけれど、メーカー名と機種名は見えるほうがいいです。この時代のキヤノンはギターで言うところのスパゲティ・ロゴで特徴があります。シルバーボディが一般的だった時代でブラックはペイントで値段も高かったため質感も出せたらいいですね。
商品撮影はスペシャリストたちの世界で知識と経験が必要です。広告ならではのルールも存在します。そこに勝負を挑むのではなく「カメラのポートレートを撮ろう」と考えるのをおすすめします。カチカチにライティングしてメイクやスタイリストなど多くのスタッフで作られるプロの写真に対して、すごく自然な表情を捉えていて「こっちの方が魅力的に見えるよ」と思うことありますよね。
ポートレートのセオリーはブツ撮りでも通用するものが多いです。例えば、視線のほうを開けると構図が安定する=レンズが向いているほうを開けると安定する、など。セオリーはルールと違って絶対ではなく、逆は新鮮でカッコいいというのも忘れずに。
レフを入れてシャドウを起こしたものと見比べてください。さらに角度を調整してペンタプリズムの形が見えるよう工夫します。これでレンズ部分も見えやすいですね。百均で売ってる紙を背景にしてレフはコピー用紙でも代用できますから、まずはここからスタート。予算は110円。
オリンパス XAから学ぶ「寄るか、引くか」
いかにもオリンパスらしいギミック満載のコンパクトカメラです。こんなに小さいのにマニュアルの絞りやフォーカスの距離指標があって、今の言葉で言えばガジェット好きの心をグッと掴みました。
この写真はちょっとだけカメラが歪んでいるのわかりますか? わかりづらいかもしれないのでスマートフォンで撮ってみます。これくらいのサイズのものに広角で寄ってしまうとパースペクティブ(遠近感)によって形が歪むため避けましょう。ここもポートレートに通じます。
レンズが長すぎると圧縮されて奥行きが不自然になり、ピントが浅すぎて撮りづらくなるため中望遠が扱いやすいです。ハーフマクロくらいの近接性能があるとパーツのクローズアップも撮れて便利。
ちょっと寄れる中望遠が用意できたとして、カメラをよく観察して「ここが特にカッコいい!」と思うポイントを見つけます。
オリンパスXAはカプセル型のボディとレンズバリアが特徴で、SF映画やアニメに登場するアイテムのよう。クローズアップも良さそうです。
その一方でこれだけ個性があるので、柔らかい光でさらっと撮るのはどうでしょう? スーパースターのオフショットのように。
撮影の前にモデルにいろんな角度を向かせる写真家がいて、モデルに聞くと「不安になるので苦手」と言います。カメラはそんな文句を言わないので、美しく見える角度を徹底的に探すところから始めます。
商品撮影では「お腹を見せない」のが基本です。「ジョブズ時代のアップル製品に“裏”はない」という説がありますし、下から見たカメラがすごく好きなんだなという人もいるかもしれません。女性を下から撮るのもセオリーには反してますが、それが好きだって人もいます。
けれどもポートレートで靴底を撮らないですよね? 美しくないから。カメラに向かって蹴り上げているポーズがあっても、絶妙な角度でコントロールして靴底が写っていないはずです。
ここでは、ある時代のオリンパスにしかない個性を見せたいと考えました。気軽にカメラを持って外に出ようよ!的なメッセージが感じられるボケを使ったものと、柔らかい光で質感をきれいに見せつつカジュアルさを加えたものと、自然界ではまず見ないフットライトでの真正面と、三つチャレンジをしてみました。
角度によって「どんな気持ちでカメラを見つめているか」が感じられるのがわかるでしょうか? エントリー機だったら気軽に、中級機だったら多少の緊張感とともに、上級機だったら憧れを持って、カメラを見つめている気持ちが残せたら最高です。
ライカ IIIfから学ぶ「魅力を際立てる」
これまで撮ったことがあるカメラの中でバルナックライカはいちばん楽しいです。ダイヤルなどディテールが立体的で、角度やライティングによって写り方が激変していきます。機械であり道具なのに、工芸品に似た魅力がある。
メーカー名や機種名は見えるようにするのが基本だと書きましたけれど、ライカくらい長い歴史があったらベテラン俳優みたいなものですから、こんな角度で撮ったら新しいかっこよさがありますよねといった提案型アプローチもできるでしょう。
特徴的なパーツに寄ってみる、ギリギリのフレーミングをする、ドラマティックなライティングをする、など試してみる価値があります。
ここで再び角度について考えてみましょう。カメラはどこから見るのが一番かっこいいのか。
まずは正面のやや上。女性ポートレートなら王道ですね。カメラが量販店の棚に並ぶときによく見る姿ですし、カメラを買って棚や机に置いたときこの姿を目にすることが多いはず。ここから見たときだけはカッコ悪いんだよな・・・というカメラがあったら、たぶん売れません。
小型軽量をウリにしているカメラはこちら向きに寝かせて、レリーズ側を上に傾けた角度も定番です。3:2のフォーマットによく合うのも理由のひとつ。薄く見えてフォルムがかっこいいのと、逆光にしてやることでレンズが光ってポートレートにおけるキャッチライトに似た効果が生まれます。
有名なカメラだとGRはこのセオリーが通用しません。レンズが奥の方に隠れていて光りづらいのと、ボディ前面の右下にプリントされたGRという文字がシャッターボタンの逆側にあって見えなくなるからです。そのためGRの写真は腹が見えるくらい下から撮っているものも多いです。そうするとシャッターボタンやダイヤルなどカメラとして重要な部分が見えません。悩ましいところ。
GR III HDFのイメージカットは僕が撮っていて、この難問をクリアしていますので、探してみてください。
ということで、次回はGRとXを使って「デジタルカメラに物語を加えてカッコよく撮る」方法について考えてみましょう。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist