険しき野生の試練 『ヌーの大移動』|サバンナ撮影記 Vol.5

井村淳

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ヌーの生態

 ケニアのマサイマラ動物保護区では、毎年7月になるとヌーという名のウシ科の動物がタンザニアから移動してきます。徐々に数を増やし、8月〜9月が最多になります。その数は、総べ100万頭を超えると言われており、ヌーはタンザニアのセレンゲティ大平原などで1年の多くの時期を過ごし2月頃に出産のピークを迎え、間も無くすると移動を始めます。ヌーが移動をするのは、好物の芽吹いたばかりのやわらかい草を食べるためと言われています。

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■使用機材:キヤノン EOS 5D Mark II+EF500mm F4L IS USM+×2
■撮影環境:ISO400(オート) F9 1/500秒

 アフリカの草原では、茶色く乾いた地に雨が降ると早ければ数日で芽が出て、さらに数日後には一面緑色の地面へと変貌します。ヌーは遠く50キロ先の雨の匂いを嗅ぎつけるそうで、その匂いを追ってたどり着く頃にはちょうど好みの草に育った草にありつけるのでしょう。そして、またタンザニアへと戻っていきます。その総距離は3,000キロもあり、命がけで毎年移動を繰り返しています。その一番の難関は、マサイマラを流れるマラ川を渡ることです。「ヌーの川渡り」と言われ、そのシーンを見るために世界中から観光客も集まってきます。

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■使用機材:キヤノン EOS 5D Mark II+EF500mm F4L IS USM
■撮影環境:ISO400(オート) F4 1/1300秒
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■使用機材:キヤノン EOS 5D Mark II+EF100-400mm F4.5-5.6L IS USM
■撮影環境:ISO400(オート) F4 1/1300秒

 マラ川はその年や、直前の雨量によって水位が大きく変動します。水量が少ない時は、ヌーの膝くらいまでの流れの中を簡単に渡っていくのですが、通常や水量が多い時は、水面から顔だけ出して泳がなければなりません。川幅はそれほど広くはなく50メートル〜100メートルくらいです。しかし、長い時間をかけて流れで削られ、水面は周囲より低いところを流れ、川岸は崖の様になっています。深いところでは10メートルくらいの急な崖で、そこを落ちる様に下っていくこともあります。その時に足を怪我してしまい、泳げず溺れてしまったり、川の中で待ち構えているワニに捕まってしまうこともあります。

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■使用機材:キヤノン EOS 1DX+EF500mm F4L IS USM
■撮影環境:ISO100(オート) F5 1/1300秒

 ワニの攻撃をかわしても、渡った先ではライオンが待ち構えていることもあり、怪我してしまうと速く走れないので狙われてしまいます。まさに命がけの一大イベントなのです。マラ川以外にも中クラスの川はいくつもあり、その川を超えるたびに死と背中合わせです。

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■使用機材:キヤノン EOS-1D Mark IV+EF500mm F4L IS USM
■撮影環境:ISO400(オート) F4 1/1300秒

 川渡りは、肉食獣にとってはご馳走が群れでやってくる幸せな時期と言えるかもしれません。それはサバンナの掃除屋と呼ばれる、ハゲワシにも同様で、1万頭を超える様な大きな群れの川渡りの後には、残念ながら溺れてしまって流されていくヌーを何頭も見かけることがあります。ワニやライオンなどの食べ残しだけでなく、川岸に流れ着いたヌーが食べ放題状態になります。

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■使用機材:キヤノン EOS 5D Mark II+EF100-400mm F4.5-5.6L IS USM
■撮影環境:ISO100(オート) F8 1/1000秒

 ヌーの敵は、肉食獣だけではありません。昼間の川にはカバがいます。カバは夜行性で夜になると草原に上がり草を食べる草食動物です。しかし、気性が荒く、昼寝を邪魔されると機嫌が悪くなりヌーを攻撃することがあります。ある時、マラ川を渡り終わった一頭のヌーが、濡れた脚が滑ってなかなか岸に上がれずバシャバシャと水音を上げていると、近くにいた大きなカバがヌーに近づいていき、大きな口を開きヌーの胴体に噛みつきました。何度か噛みつくと、ヌーは次第に力を無くし、やがて川の流れの中に沈んでいきました。カバは動物を食べることはないですが、長い牙を持ち、大きな口で攻撃する怖い動物です。人間が動物に殺されてしまう事故で一番多いのがカバだそうです。それは生活のための水を汲みに行った時に出くわしてしまうことが多いからだそうです。

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■使用機材:キヤノン EOS-1D MarkIII+EF500mm F4L IS USM
■撮影環境:ISO320(オート) F4 1/500秒

ヌーの撮影は我慢

 さて、ヌーの川渡りを撮影するには、心構えが必要です。それは、「ひたすらじっと待つ!」ことです。ヌーが川を渡るポイントはいくつもあります。そのポイントをチェックして、たくさん集まっているところを見つけ、そのヌーがどういう状態かを観察します。多くが座っていたり、リラックスしているとしばらく渡らないかなと予想がつきます。何頭も河岸に並んで水面を見つめていると、すぐにでも渡りたいのだなと判断します。

 しかし、それも勝手に人間がそう思っているだけで、思う様に事が進むわけでもありません。今にも渡ると思い待っていても、なかなか動きがないこともしょっちゅうです。水際ギリギリまで進み、飛び込むかとカメラを構えていても。水を飲んでまた戻っていくことや、誰か一頭でもビクッとすると、一斉に群れが引き返してしまうこともあります。ヌーはリーダーがいないとも言われていて、誰かが行ったらついて行く的な雰囲気があります。群れの反対側で誰かが歩き始めるとそれについて行き、向こうのほうで渡るのかと思って移動すると、やはりこっちに戻って行ったりを何度も繰り返し翻弄されます。

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■使用機材:キヤノン EOS-1D Mark IV+EF500mm F4L IS USM
■撮影環境:ISO250(オート) F4 1/1300秒

 ヌーは臆病でとても警戒心が強い動物です。見えるところにワニがいれば渡るのをやめてしまいます。かと思っていると、一頭のシマウマが水際までやって来て川を渡り始めると、それについてヌーの群れが一斉に動き出し大規模な川渡りが始まることもあります。しかし、待つときは朝から夕方まで待って結局目の前では渡らなかったということも珍しくはありません。

 川渡り狙いの基本的なサファリのスケジュールは、通常のサファリと同じ様に、宿で作ってもらった朝ご飯を持参して早朝に出ます。ヌーが川を渡るのを待ちながら車内で朝食をとり、ランチのために宿に帰ります。3時半頃再びサファリに出ます。しかし、ヌーがいつ渡るかは決まっていません。早朝すぐに渡ることもありますし、昼間の気温が高い時間によく渡るという人もいます。夕方渡ることもあるのでこればかりはヌー次第です。となると、12時を過ぎた頃、決断をしなければなりません。

 宿のランチタイムは大概12時半〜14時なので、一度宿に戻るかランチを抜いてチャンスを待つか。ドライバーに相談すると、どちらでもいいよと言ってくれます。ランチが惜しいわけではありません。ドライバーの食事と休憩時間を取らせなければと思うから悩みます。往々にしてランチに戻るとその間に渡ってしまい、待ち続けると夕方まで渡らないなどという結果になるものです。ちなみに、朝ご飯と昼ご飯の両方を持って朝日から夕日までフルデイサファリということもたまにします。

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■使用機材:キヤノン EOS 70D+EF70-200mm F2.8L IS II USM
■撮影環境:ISO100(オート) F9 1/1000秒

 また、ヌーの川渡りを待っていると、他の動物を見に行けなくなります。川渡りを待っている間に、チーターの狩がどこかで行われているんだろうな、ライオンの赤ちゃんがいるかもしれない、などと隣の芝生が気になってしまいます。最近のサファリカーは他の車の無線が聞こえてきたりすると、ヒョウがいたらしいとか、ライオンが何か食べているなど誘惑もあります。「今日はヌー一途に行くぞ!」と決めてひたすら待つという決心が必要になります。

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■使用機材:キヤノン EOS 5D Mark II+EF100-400mm F4.5-5.6L IS USM
■撮影環境:ISO160(オート) F5 1/1000秒

 私はヌーの川渡り狙いでこの時期に10年くらい通っていましたが、その時期はカメラの進化でフィルムカメラからデジタルカメラに切り替わって行く頃でした。フィルムでは感度がISO100でしたから、ヌーが川に飛び込むところなどはよほどの日向でなければ、1/250秒程度で流し撮りにしないとブレてしまったのですが、デジタル化で高感度が使える様になり1/1000秒以上の高速も使え、今まで撮れなかった場面も撮れるという実感を持ちました。

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■使用機材:キヤノン EOS-1D Mark IV+EF500mm F4L IS USM
■撮影環境:ISO250(オート) F4.5 1/1000秒

 川岸はどこからでも川面が見えるわけではありません。川の周辺には木が茂っていることも多く、隙間を見つけて狙うようになります。車1台がかろうじて見える隙間や、1台の車でも一番後ろの人しか見えないようなところもあります。良いポジションを取りたいのですが、どこから渡るか分からないのでポジションを決められません。また、最近は観光客も激増し、エリアによってサファリカーは川岸から少し離れたところで待たなければならいようになりました。ヌーが警戒して渡れなくなるという考えのようです。先頭のヌーが渡り終えたら近づいて良いという感じでレンジャーが見張っています。

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■使用機材:キヤノン EOS 5D Mark II+EF16-35mm F2.8L II USM
■撮影環境:ISO250(オート) F3.5 1/1000秒

 川渡りの撮影は、ポジションにもよりますが、ある程度のアップで狙うには500ミリ以上の超望遠が必要になります。1.4倍や2倍のエクステンダーを使うこともあります。大きな渡りの時は、全体切り取ることもありますので、16-35ミリのような超広角から100−400のような望遠ズームもよく使います。前にも少し述べましたが、超望遠レンズでヌーがジャンプをする場面では、1/1600秒以上でないとブレてしまうのである程度は動きに合わせてレンズを振りながら撮ります。光線は時間帯や川の流れの角度によって、変わりますが、逆光のところでは水しぶきを狙うと迫力が出ます。順光では、より高速シャッターで動きを止めやすくなります。対岸から手前の方まで見渡せるポジションであれば、短いレンズで、川の流れとそれに逆らいながら泳ぐようなヌーの列がラインに見えるように狙います。その時に対岸に車が映ったりしなように画面の四隅も確認しながら切り取ります。

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■使用機材:キヤノン EOS 5D Mark II+EF70-300mm F4-5.6L IS USM
■撮影環境:ISO125(オート) F4.5 1/1300秒

 ヌーの群れは、数十頭の時もありますが写真的にはそれでは寂しく、また一瞬で終わってしまいます。数千頭クラスのグループだとそこそこの迫力があり1万頭越えでは1時間ほども渡り続けることもあります。対岸にいたヌーが皆こちら側に移動して来ると、周りはヌーだらけとなります。あちこちで「ヌー、ヌー」という鳴き声が聞こえます。

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■使用機材:キヤノン EOS-1D Mark IV+EF500mm F4L IS USM
■撮影環境:ISO250(オート) F4.5 1/1300秒

マサイの村

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 ケニアの草原にはマサイ族も暮らしています。国立公園や国立保護区の中に住むことはできないのですが、エリアの周辺に住宅を見かけます。マサイ族は昔ながらの生活をしている人も多く、ドロとウシのフンで壁を作る小さな家が10〜20戸程度が一つの村となり、ぐるっと円を描く用に建てられていて、その周辺は枯れ枝などで囲いを作ります。夜になると放牧していた家畜のウシやヤギ、ヒツジを円の中心にしまいます。

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 普段はサファリ中にマサイ族を見かけても勝手に撮影することは控えています。彼らは、写真を撮られると魂が抜かれるという様な事を信じている人もいます。たまにことわって撮らせてもらうこともあるのですが、大概はお金を要求されるので諦めることもあります。写真を撮らせるとお金をもらえるという風習になってしまうからです。

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 サファリの途中にマサイ村にお邪魔するということがあります。一人10ドル〜20ドルお金を払って見学させてくれます。また、その時は撮影は自由になります。到着すると、マサイの女性たちが並んで歌を歌ってくれたり、マサイの男性がマサイジャンプを披露して歓迎してくれることもあります。訪れるマサイの村によっては、女性の結婚するときの衣装で迎えてくれれることもありました。また、少し大きな村では学校(こじんまりとした教室が一つだけの建物)があるところもありました。

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 観光客を受け入れることで、その村人の薬を買ったり、子供達の教材費などに使われると言います。また、若い村人が、英語を勉強し、街で働いたり、サファリロッジのスタッフをして出稼ぎをする人もいます。僕らがお願いしているドライバーの多くはマサイ族の出身で、実家に帰るとウシを世話しているそうです。

マサイの市場

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 村で暮らすマサイ族の人たちも週に一度の青空市場(スワヒリ語でソコ)に買い物に出かけます。近くの町(といっても数キロなら近い方で)へ何時間もかけて買い物に行きます。その市場は私も大好きで曜日が合えばたまに寄ってもらいます。市場では、果物や紅茶葉などや、日用雑貨、衣類など生活に必要なものが並んでいます。

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 マサイ族の女性が手作りする装飾品に使うカラフルなビーズや、生きた食用のニワトリもいます。私が市場で買うのはマサイクロスやブランケットと言われるチェック柄の布です。赤色系が多いのですが最近では青や黄色のものもあります。寒い時はこれを巻くとかなり暖かく、日本でも自宅のソファーや車にも数枚積んであります。

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 そのマサイクロス以外にもついついビーズの装飾品を買ってくるのですが、日本では使い道がなく、買ってきた袋のまましまってあるものがたくさんあります。少し冷静に考えてから購入するべきだと、毎回、日本に帰ってくると反省しています。

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■写真家:井村淳
1971年生まれ。横浜市在住。日本写真芸術専門学校卒業後、風景写真家竹内敏信氏の助手を経てフリーになる。「野生」を大きなテーマとして世界の野生動物や日本の自然風景を追う。
(社)日本写真家協会(JPS)会員。 EOS学園東京校講師。

連載記事リスト

サバンナ撮影記|Vol.01 ~ケニアへの行き方~
サバンナ撮影記|Vol.02 ~草食動物は地平線と共に~
サバンナ撮影記|Vol.03 ~動物園でも野生さながらに撮影する秘訣~
可愛くて仕方がない⁉ 愛しのベビー|サバンナ撮影記 Vol.04

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