映画の中の、あのカメラ|01 スパイダーマン(2002)キヤノンNew F-1 AE

映画の中の、あのカメラ|01 スパイダーマン(2002)キヤノンNew F-1 AE

はじめに

皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。今回から始まる新企画、『映画の中の、あのカメラ』。タイトルどおり古今東西の映画の中に登場したカメラを毎回1機種取り上げていこうと思います。今回は最初の1本ということで、映画もカメラもメジャーな直球勝負のセレクトです。

クモに噛まれて生まれたスーパーヒーロー

スパイダーマンといえば、大抵の人がどんな姿をしているか想像できるメジャーなスーパーヒーローですよね。マーベル・コミックの原作をベースに数多くの映画が制作されていますが、今回取り上げるのはサム・ライミ監督の第1作『スパイダーマン』(2002)。

地味で孤独な高校生、ピーター・パーカーは科学の授業で見学に来ていた研究所で遺伝子操作されたクモに噛まれ、腕から糸を出したり壁に張り付いたり肉体も強化されるなど超人的な力を得ます。そこで自らスパイダーマンと名乗って世直しに邁進するという活劇です。

変身前の孤独な高校生が愛用していたカメラ

こういう物語の前提として、変身前の主人公は“小さくされた人”である方が変身後の驚きが大きいですよね。そんなわけで、あまりパッとしないキャラクター設定としてピーター・パーカーはアメフトのクオーターバックとかではなく、学校新聞の記者をしています。そんなワケでいつもカメラを持ち歩いていて、隣の家に住んでいる人気者の同級生メリー・ジェーンのことを、恋心から登校途中に撮ろうとするけれどうまく近づけない‥。

そんな流れから映画開始5分ほどで主人公の愛機として登場するのがキヤノンNew F-1 AEなんです。キヤノンNew F-1 AEは、1981年に登場したキヤノンのフラッグシップ機。高校生が持つには贅沢なマシンですが、ピーター・パーカーは最強スペックのカメラに憧れてアルバイトで稼いで中古品を手に入れたのかもしれません。

重厚なマニュアルフォーカス35mm一眼レフ

キヤノンNew F-1 AEは、35mm判のAEフィルム一眼レフでレンズマウントはキヤノンFDマウント。マニュアルフォーカス専用機で、シャッターダイヤルをAマークにすると絞り優先AEが可能。設定した絞りに応じたシャッター速度がファインダー下部に指針でアナログ表示されます。Aマークを外せば、ファインダー表示が切り替わり、右サイドに追針式マニュアル露出の絞り値スケールが出てくる仕組み。

キヤノンFDマウント以前のFLマウントでは絞り込み測光で撮影が可能。そのまた前のスーパーキヤノマチックマウントのレンズも装着できますが、絞りが開放から動かせないので実用は避けた方が無難です。ちなみに写真のように絞りをA、シャッターもAマークにしてもプログラムオートにはならずシャッターは切れないのでご注意ください。

艶消し塗装とメカメカしたスタイリングが魅力

キヤノンNew F-1 AEは、先代のキヤノンF-1およびF-1nの伝統を受け継ぎながらプロの写真家の要望に応えようとした意欲作です。その奔り出る情熱はカメラの表面塗装にも現れている気がします。プロの機材は丈夫で目立たないことが絶対条件という意図なのか、塗装が分厚くて艶消しなんですね。

キヤノンF-1およびF-1nは虎屋の羊羹みたいな艶っぽいブラックペイントでしたが、キヤノンNew F-1ではあえて艶消しで、特別にスポーツチューンした外車みたいな印象です。このマットな質感は21世紀に入ってデジタルのM型ライカの特定の機種などにも採用されるようになりましたが、1981年の時点では極めてユニークでした。また、1978年登場のキヤノンA-1に続いてキヤノンNew F-1も指がかりのグリップを装備。最初はこんな感じだったのに、その後に続くカメラのグリップは驚くような肥大化の道を進んでいきます。

各種アクセサリーの交換でシステムの最適化が可能

ファインダーを後ろに引き抜いて小ぶりなアイレベルファインダーに交換すると、追針式のマニュアル露出すなわち先代のキヤノンF-1およびF-1nと同等のインターフェイスが標準となり、絞り優先オートは不要という硬派なユーザーはAEファインダーの大きさと付き合わなくて済む仕様です。ちなみにアイレベルファインダー付きのキヤノンNew F-1は平山秀幸監督の映画『エヴェレスト 神々の山巓』(2016)に登場して、過酷な条件下での写真撮影シーンに使われております。

ファインダーを外せばフォーカシングスクリーンも交換可能で、中央部分測光、中央部分平均測光、スポット測光の特性を持たせた特殊な光学素子を搭載した各種スクリーンを選ぶことで、測光方式を変更することができます。それに加え、電動巻上げ装置を装着すればどのファインダーであってもシャッター速度優先のAEが可能に。このようにシステムのハードウエア構成を変えることで必要な機能をゲットできるという合体ロボット的なコンセプトが本機の魅力です。

電源はキヤノンAEカメラ伝統の直流6V

金属製のパームグリップ下部のボタンを押すと、チャキーン!と心地よい感触がしてグリップ部が本体と離脱し、電池室が丸見えになります。そこに装填すべきは6Vの電池です。露出計の数値を一時的に記憶したり、シャッターの後幕を電磁的に保持したりするのに電力が必要とされますが、1976年発売のシャッター優先AE機キヤノンAE-1や1978年発売のマルチモードAE機キヤノンA-1と同様、キヤノンNew F-1は6V仕様です。

1970年代後半から1980年代のAE一眼レフはキヤノン以外の各社では3V仕様が多かったのですが、その当時銀の原材料価格の高騰で6Vの酸化銀電池が急激に値上がりし、半年から1年に一度のことではありますが、電池代が高くなったとキヤノンユーザーの心を悩ませたこともありました。

電池がなくても撮影できる機械式シャッター

電池がなければ露出計は作動しなくなりますが、なんとキヤノンNew F-1は1/2000〜1/125,フラッシュシンクロ1/90およびBで機能する機械制御式シャッターを搭載しています。完全に電磁制御化しシャッター速度の表示も液晶を用いていた1980年発売のニコンF3とは対照的に、AEファインダーを装着すると1/1000〜8秒までを電磁制御でコントロールするけれど、機械式シャッターも残すという何とも複雑なシステムなのです。

屋上屋を架すというか、旧F-1の呪縛から逃れられていないとも解釈できますが、1/2000〜1/90秒という広いレンジで機械式の制御機構を装備しているということで、このボディに電装部品と機械式の機構をよく詰め込んだものだと感心します。ちなみに機械式シャッターでは、シャッターボタンのストロークが少しだけ深く感じ、重くなるのも特徴です。

まとめ

キヤノンNew F-1 AEは、マニュアルフォーカスのキヤノン一眼レフ最後のフラッグシップモデルで、すごく立派な耐久消費財という雰囲気のカメラです。その20世紀カメラ然とした装いから映画の中に時折小道具として登場しますが、時間やカット数において『スパイダーマン』の右に出る映画はないのではないかと思います。

2002年の封切り当時、映画館の暗闇の中でキヤノンNew F-1 AEが巨大なスクリーン上に登場したことをよく覚えています。そしてクライマックスシーン近くで違和感を覚えたのですが、何と数カット左右が反転した画像でキヤノンNew F-1 AEが出てきたのです。鑑賞後に映画通でカメラ好きの友人にそのことを告げると「サム・ライミは構図主義者だから、裏焼きなんて当たり前のようにするのでは」とのことでしたが真意は謎のまま。いずれにしても左右反転したカメラの姿ってすごく変な感じなんですよね。

 

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

 

 

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