風景写真をビフォー・アフターで学ぶ|その7:氷編
はじめに
「風景写真をビフォー・アフターで学ぶ」シリーズの第7弾となります。このシリーズでは、完成された写真だけでなく、完成に至るまでの写真もご紹介しながら、どのようなプロセスで作品を追い込んでいくのか、その思考回路をご紹介いたします。今回は「氷編」をお届けしたいと思います。
冬の寒さも本格的になり、山や里の池が凍る季節になりました。氷の風景は、風景写真にとって刹那的な魅力あふれる被写体です。タイミングがとても大事で、天候や気温によって急に現れたり消えたりするため、美しい氷に出合えたら絶好のチャンス。ぜひそのチャンスに巡り会えるよう、天気予報もこまめにチェックしておきましょう。
氷の風景について
池の氷結の過程は、初めに水面に薄い氷が浮かび、徐々に分厚い氷の層になったのち、最終的に雪原のように全体が真っ白になります。完全に凍結してしまうと氷の模様が見えなくなるので、撮り頃は薄い氷から分厚い氷の時期です。氷点下を下回り、時折雪が降る頃合いが狙い目。ですが、氷紋は半日で姿を変えることもあるので、遠方から良いタイミングを狙って撮りに行くことがなかなか難しい被写体です。標高や水深によって凍り始める時期が異なるので、撮影に行く場合は一箇所だけでなく数箇所まわって状況を確認しましょう。
また、道端の水たまりにも氷の風景を見つけることができます。小さな気泡が氷に閉じ込められることもあり、まるで宇宙空間のようなアイスバブルの造形を楽しむことができます。氷だけをフレーミングしてデザイン的に撮ってもよいですし、形の良い落ち葉や草を構図に添えて撮影してもよいでしょう。
草木についた氷も、雪に覆われる前だからこそ見られる被写体です。枝の先にできた氷柱やキノコに降りた霜など、足元の風景をじっくりと観察すると冬らしい宝物が見つかるでしょう。
撮影の注意事項
池に氷が張る季節は、すなわち道路にも氷が張る時期。アスファルトの上に薄く氷が張った状態は「ブラックアイスバーン」と呼ばれ、圧雪された路面より滑りやすいと言われています。道路が黒いので油断しやすいのも危険な理由ですが、道路脇や駐車場を歩く際は十分に気をつけましょう。滑り止めを靴に装着すると、歩きやすく非常に安心です。歩く際は足をかかとから降ろさず、ペンギンのようにペタペタ歩くのもポイントです。
また、標高の高い場所へ車で撮影に行く際は、必ずスタッドレスタイヤの装着をしましょう。撮影地の近くにあるレンタカーで車を借りるのも便利です。日向にある道路は乾いていても日陰は凍っていることが多いので、急ハンドルを切ったり、スピードを出しすぎたりしないよう注意しましょう。
ビフォー・アフター
氷紋を魅力的に切り取る
池の水面に薄い氷が張り始めたとき、このように立体的な幾何学模様が現れます。俯瞰して撮影すると青空が映り込み、模様の面白さを捉えることができます。隆起している部分や特徴的な形を探し、望遠レンズで切り取っています。模様の美しさを伝えるシンプルな切り取りですが、もう少し工夫して印象を高めたいと思います。
同じ場所でカメラを低く構え、光が当たったオレンジ色の対岸が映り込むアングルを探しました。低すぎると氷の模様がわからなくなるため、地表から1mほどの高さから狙っています。空の青色と対岸のオレンジ色を対比させることで、より華やかに描いています。カメラ位置が低くなると前後がいっそうボケやすいので、先ほどより絞り込んで撮影しました。また、池の対岸は光が当たりつつ、氷は日陰にある時間帯や場所を選ぶと印象的に仕上がります。
氷を柔らかく表現する
森の中を散策すると、残雪が溶けかけて氷となり、キラキラ輝いている場所を見つけました。そこからコケが顔を出していて、なんとも可愛らしい様子です。光が当たる場所を探し、逆光方向で氷が輝くアングルを探して撮影しました。しかし、氷の白さと森の影の輝度差が大きく、白飛びや黒つぶれをしてしまいます。
そこでホワイトプロミストフィルターを付けて撮影しました。ハイライト部の光を拡散し、シャドー部にも光が回ることで輝度差を柔らかく抑えることができます。ふんわりとした表現になるため、このような可愛らしい被写体をいっそう優しく演出することができます。ホワイトプロミストの効果はさまざまな濃度がありますが、強めの1/2を選んで撮影しています。
氷の輝きを背景に添える
分厚く凍った池の表面は粒々とした質感になり、光を強く反射します。朝日を逆光方向で捉えると表面の粒々が煌めき、黒漆に金箔を散りばめたような陰影が美しい風景です。こちらは岸辺の植物を主役にし、背景に光が反射する池の氷を捉えています。しかし、晴天の光だとコントラストが強すぎて、白飛びや黒つぶれをしがちです。
同じ場所でカメラを高く構えて撮影しました。朝日は氷に反射して縦筋のように輝きますが、左右と下部に向かって徐々に光が柔らかくなっていきます。強く反射する氷の部分をストレートに画面に入れず、光が弱まっていく下部の輝きを捉えるため、高い位置からカメラを下に向けて撮影しました。そうすることで白飛びを防ぎつつ、粒子状の氷の輝きを背景に添えることができました。
氷が反射する色を観察する
こちらは、厚さの違う氷が手前から奥まで3つ連なっている風景です。氷結する過程によって、表情が大きく異なることがわかると思います。ちなみに、中央の層が1番薄く、手前が2番目、奥が3番目の順に分厚くなっています。氷が薄い層には対岸の風景がよく映り込んでいますが、厚くなるにつれ映り込みの虚像は見えにくくなり、光や色だけが反射して見えてきます。氷の造形がわかりやすい切り取りですが、せっかくなので氷に色を映し込んで撮影したいと考えました。
先ほどの場所から左側を向いて撮影しました。左側の対岸の上には青空が広がっており、その色が映り込んでいます。このように見る角度によって、氷が反射する彩りが変わってきます。朝夕のオレンジ色の映り込みを捉えるなら、時間帯によって撮影場所を移動する必要があります。焼けた雲の反射を狙うなら逆光方向に向き、朝日が差す山肌が映り込むのを狙うなら順光方向に向いて撮ります。一周できる池なら、ぜひ周りながら氷の色を観察しましょう。
氷柱の煌めきを引き出す
氷柱も冬の風物詩ですが、草木についた小さな氷も見どころ。地面が積雪に覆われる前の季節ならではの被写体です。こちらは順光方向で少し上から俯瞰して撮影していますが、即物的で面白みのない印象になっています。そこで、立ち位置を変えてみることにしました。
逆光方向に回り込み、目線を氷柱と同じ高さに合わせるようにして撮影しました。氷柱が逆光でキラキラと輝いて立体感を増し、背景に他の氷柱の玉ボケを入れることもできます。マクロレンズより望遠レンズで狙う方が背景の玉ボケを入れやすく、氷柱がついた植物の面白さを一緒に捉えることができます。主役の氷柱は、光が当たっているものを選ぶことが鉄則です。
反射を抑えて葉の色を出す
スイレンなどが生える池では、このように氷に閉じ込められた葉がうっすらと見える場合があります。しかし、氷の反射が強いため肉眼では葉の色や形をしっかりと認識することができません。そこでPLフィルターを装着し、氷の反射を抑えることにしました。
PLフィルターの効果を強めにかけると、スイレンの葉の色や形が浮かび上がってきました。PLフィルターの枠を回して、適切な効果がかかる位置を探るのがポイントです。効果が強すぎると茎が見えすぎて煩雑な印象になったり、氷の質感を感じにくくなってしまいます。ホワイトバランスで青味を強めると氷の冷たさを感じやすくなり、黄味を強めると葉の赤色や黄色が華やかに見えます。RAW現像時にお好みの色合いを探りましょう。
まとめ
氷はこの季節にしか味わえない、儚い被写体です。池の氷を広い画角で捉えて風景的に描いてもよいですし、望遠レンズやマクロレンズで模様や結晶をクローズアップするのも無限の楽しさがあります。数時間後には消えてなくなるかもしれない氷の造形に出合えたら、ぜひ撮り逃さないようにしましょう。
また晴天で光が差していたら、光の方向を考えながら被写体を観察することが大切です。光が差しにくい場合は、明暗差のある場所や色の対比を画面に盛り込むように構図を整えてみましょう。そうすることで被写体の立体感を際立たせることができるでしょう。
氷は冷え込みが強い方が育ちますが、その分身体も冷えやすい時期です。体調を崩さないよう首やお腹まわりを温めて、万全の準備で撮影を楽しみましょう。
■写真家:萩原れいこ
沖縄県出身。学生時代にカメラ片手に海外を放浪。後に日本の風景写真に魅了されていく。隔月刊「風景写真」の若手風景写真家育成プロジェクトにより、志賀高原 石の湯ロッジでの写真修行を経て独立。志賀高原や嬬恋村、沖縄県をメインフィールドとして活動中。撮影のほか、写真誌への寄稿、セミナーや撮影会講師等も行う。個展「Heart of Nature」、「Baby’s~森の赤ちゃん~」を全国各地にて開催。著書は写真集「Heart of Nature」(風景写真出版)、「風景写真まるわかり教室」(玄光社)、「美しい風景写真のマイルール」(インプレス)、「極上の風景写真フィルターブック」(日本写真企画)など。