写真の歴史を抱えて歩くXF14mmF2.8 R|写真がもっと楽しくなるX
はじめに
2022年CP+富士フイルムの公式動画「Xの好きなところベスト7」のなかで、「ぼくにとってXのレンズはビートルズのアルバムのようなもの」と話しました。「どれがいちばんとは決められなくて、そのとき使っているものが好き」
写真を仕事にしていると、愛着は持っていないけれど信用できるから出番が多いレンズがあります。つまりは仕事道具。商品撮影を手がける職人的フォトグラファーにとってのマクロレンズ、ウエディングにおける望遠ズームなどはそれに近いでしょう。
便利だから出番が多くなるレンズもあります。潮風が吹く海岸でレンズ交換はなるべく避けたい、となると防塵防滴の高倍率ズームがいい。それならXF18-135mmF3.5-5.6 R LM OIS WRや、発表されたばかりのXF18-120mmF4 LM PZ WRが今後はその役割を果たすかもしれません。どちらも休みの日に眺めてうっとりして、枕元に置いて眠りにつくレンズではないと思います。
それとは逆に、出番はそれほど多くないのに、やけに好きなレンズもあります。ときどき無性に使ってみたくなり、そのたびに「やっぱりいいな」と確信する。今回ここで紹介するXF14mmF2.8 Rはそんな一本。
登場の背景
ライカだと同じ焦点距離でも時代によって違いがあるため、構成枚数から”八枚玉”、製造国による”カナダ期”、ジェネレーションと呼ばれる製造時期で分ける”第三世代”といった、符牒(仲間だけで理解できる隠語)があります。メーカーが公式に名付けたわけではなく、愛用者たちが使うようになった呼び方でしょう。
Xシリーズにそのような符牒はないですけれど、XF14mmF2.8 Rは第一世代後期のレンズと言っていいかもしれません。すでに18mm、35mm、60mmマクロがラインナップにあって、次にどっち(望遠、広角)に広がるのか注目していたら、ワイド側だったわけです。「キテるな!」と嬉しくなりました。
個人的に、この世代のレンズで撮ったときの甘さが残る感じと、強い逆光でハレるところも好きです。クラシックネガのような硬めのトーンとも相性がいい。X-Pro1がプラットフォームだったため、細くて小さなレンズが多いのも魅力。
20mmじゃなくて21mm?
ところで、もしもデジタルから写真を始めていたら、14mm(換算21mm)というのはやけに半端に思えませんか? 21mmは、レンジファインダー搭載のカメラ(代表はM型ライカ)にとって特別なパートナーでした。実用できるギリギリの超広角で、しかもライバル関係にあった一眼レフに対して優位性のある焦点距離なので、名レンズが多く生まれています。スーパーアンギュロンとビオゴンが有名でしょうか。怪獣の名前みたいですが、ほぼ神話です。
XシリーズにはX100系、X-Pro系というレンジファインダーの血を引くカメラがあるため、換算21mmのXF14mmF2.8 Rは、写真の歴史に対するリスペクトだと思います。21mmを手にするとき気分が高揚するのは、そこに理由があるかもしれません。
超広角の使いこなし
21mmの画角は、視覚に近いとされる28mmや、スマートフォンでよく採用されていて「見渡しているような広さ」があるのに不自然さがない24mmと違い、カメラのレンズでないと見られない広がりと遠近感を持っています。自然とは言えないけれど嫌な歪みがない。
この焦点距離の使い手として知られるジャンルー・シーフは、21mmを使ってファッション、ポートレートでも素晴らしい作品を残しています。何が凄いって、レンズに近いところの手や脚が歪んでいません。モデルのフォルムを崩すことなく、品があって、超広角ならではのスピード感とパースペクティブを見事に操っています。もしも自由にペットネーム(愛称)が選べるなら、XF14mmF2.8 Rは”シーフ”にしたい。
絞り込んで被写界深度を深くして、あとは目測かパンフォーカスで、ぐいぐい踏み込んで撮る写真家たちも過去にいました。ウィリアム・クラインの「Close Up」の時期はこれかもしれません。
X-Pro1からX-E1ごろまでの機種を現役で使っている人がいたら、この使い方でAFの遅さをカバーできます。自分が思っている以上に距離が近くなるため、人がいる場所で使うときは気配りを第一に考えてください。
最初に使ったのはパリ
14mm(換算21mm)は写真の歴史とのつながりを感じると書きました。そのレンズを持って最初に撮った街がパリです。写真の歴史を感じるレンズで、写真の歴史が始まった街を撮る。午前中でバッテリーを換えちゃいましたから、よほど嬉しかったのだと思います。
歪曲収差が少なく、直線が歪みません。細い路地、建物を入れた写真がビシバシ決まって気持ちがいい。置きピン(ピントだけ先に合わせて構図をラフに決めておき、人や車が入ってきたタイミングで撮る)もすごく楽。狭いカフェの室内にも、画角がぴったり合ってくれて、長く愛されてきた名レンズの姿をそこに見ました。
しかもコンパクトで、クラッチフォーカス(ピントリングを前後に動かすことでAF/MFが切り替えられる)採用のため、撮っているときのリズムが心地よく、これ一本で街歩きするのがとにかく楽しかったです。
せっかくのワイドなので被写体に対して角度をつけたくなりますが、そこをぐっと我慢して、ここ一番! というときだけ水平方向にわずかに傾けるといいと思います。室内で撮ると、写真のなかに窓から流れてきたそよ風が吹くような雰囲気が出ます。
14mmがもたらす効能
スナップ撮影ではボディ二台とレンズ三本がよくあるセットで、まずは前回に取り上げたXF56mmF1.2 R、使い慣れたXF35mmF1.4 R、となると次は23mmが自然ですがX100系でカバーして、XF14mmF2.8 Rを持っていくことが多かったです。
今だと近い焦点距離に、大口径のXF16mmF1.4 R、小型軽量でAFが速いXF16mmF2.8 R WRがありますが、14mmで写真の歴史に触れているロマンを体験してもらいたいです。
14mm、16mm、18mmは、僅かな違いに思えますが相性もあって、できれば店舗に足を運んでファインダー越しに覗いてみると、「焦点距離がフィットするってこういうことか!」と楽しいですよ。
すんなり名作が撮れる画角でないため、なんとかこのレンズでいい写真が撮れないものかなと考えているうちに、写真が上手くなるのも嬉しいですね。昔は「望遠レンズはセンスで撮れるけれど、広角レンズは足で撮る」と言われました。足と眼を鍛えてくれます。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist