富士フイルム XF30mmF2.8 R LM WR Macroは新たな時代の標準レンズなのか?
標準レンズの変遷
ぼくが初めて自分の一眼レフを手にした頃、1970年代の終わりになりますが、標準レンズの王様は50mm F1.4でした。カタログの表紙も、カメラ雑誌の広告も、みんなこのレンズがセットになっていました。
おそらくは一眼レフのメリットを最大限に活かせるレンズということがあったのでしょう。小型にしやすい焦点距離で、美しいボケが楽しめ、フィルムの感度が低かった時代に大口径でそれを補うことができるから。前玉が大きくカッコいいのも魅力だったでしょう。
当時のカメラにとって重要な役割だった、家族写真や記念写真を多く撮るのに使い勝手も良かったです。玄関の前で七五三や成人式の写真を撮っているお父さんをよく見かけました。
まだ一眼レフは誰にでも手に入れられるものではなく、「写真を真剣に始める」という覚悟とともに買うもので、そういった気分にもフィットしたのでしょう。
そのあとでカメラを持って旅する時代がやってきて、自動露出などの進化によって一眼レフがグッと身近になります。
レンズ設計と製造の技術が向上したこともあり、標準ズームが大流行して、それからズーム比が上がっていきました。フィルム感度が高くなったおかげか、数値上のスペック勝負になったからか、やたら高倍率だけど解放F値が暗くて使いづらいズームレンズがキットになったカメラを多く見ました。ズームレンズを使うと写真が下手になると言われたもの、この時代だったと記憶しています。
マクロや超望遠など専門的なジャンルが確立され、最初に買うレンズが標準域ではない人たちも出てきました。
時代と共に変化するレンズ
デジタルになったとき、多くのことが「フィルム時代からの慣れ」としてそのまま引き継がれました。極論すれば、3:2のフォーマットや、24mm×36mmのいわゆるフルサイズも、必然はなかったのでは。
標準レンズもそのまま引き継がれ、まずは高倍率ズームがあって、こだわりのある人たちには50mmか35mmの大口径というのが一般的。この二つの焦点距離は、視覚に近く、距離感や画角が視覚に近いとされています。
冷静になって考えてみて、標準レンズに求める条件とはなんでしょう?
どんな被写体にも対応できる汎用性と、いつも持ち歩いていても負担のない小型軽量の設計はマストとして、現在ならカメラの持っている機能をフルに使えることが必要です。ボディは防塵防滴なのにレンズはそうでないとか、動画を多く撮るのにAFが遅い(うるさい)といったことなら問題だから。
スマートフォンでなんでも撮ることに慣れた世代にとって、画質が落ちて大きくなるからといって近接が弱いのも納得いかないはず。
35mmや50mmは現代でも最も便利な焦点距離でしょうか?人との距離感、街の作りが変化してきました。家族写真を撮る機会は減り、パーソナルな世界にあるもの(食事や趣味のグッズなど)を撮ることが増えています。
そう考えていったとき、浮かんでくるレンズの姿があって、XF30mmF2.8 R LM WR Macroは新しい世代のための標準レンズと言っていいかもしれません。第五世代のタイミングで登場したこともあり、その印象はさらに強まります。
最大の特徴はマクロではない?
昔の常識で考えたとき、30mmのマクロというスペックには疑問がありました。マクロなのに焦点距離が短いと、撮影のためのワーキングディスタンス(被写体とレンズの間の距離)がとれず、寄ったときには広角特有の歪みが生まれそうだと感じてしまいます。
「最短撮影距離10cm?すげえ!」と思うより先に、7cmのレンズ長を考えれば前玉から3cmほど。ということはフードを付けていたら邪魔になる距離で、自分の影をずっと気にしなければならないはず。
となるとマクロであることは「個性のひとつ」であって、最大のウリではないのかも。
マクロを搭載して、しかもフルマクロにしたことで全長も長めなので、常用するイメージが湧きません。画角に関しても、27mmがあって35mmがあって、「この中間ぐらいがあったらな」と思った経験がありません。
それだけに実写が楽しみでした。
自分の感覚にないレンズは使ってみる楽しさがあります。写真が変わっていくのかもしれない、新しい時代にシフトしているのかもしれない、といったことを肌で感じられるからです。
常用レンズとしてカジュアルに使うことを期待されているようなので、カメラバッグも持たずにボディに付けっぱなしにして街歩きしてみました。X-H2とX-T5それぞれで試しています。
実写してみて
建築物やカフェの店内などを撮るには狭すぎて、そのいっぽうで離れたところのものを切り取るには広すぎて、30mmの画角には多少の迷いがありました。写真を見ただけで「これこそ30mmだ!」と断言できるような特徴がありません。ということは長所を引き出してやるのが難しいということ。
それでも使っていくうちに、「レンズのせいで撮れない」ものがないことに気づきます。近接に強いことは当然として、AFも驚くほど早いですし、第五世代の画質をしっかり楽しめる描写性能も備えています。ぼくの場合だと、ちょっと緩めのフレーミングになることが多く、トリミング前提ならむしろ扱いやすい焦点距離かもしれません。
高倍率の標準ズーム、大口径の標準レンズなど、いろんなレンズを並べて戦闘能力みたいなものを数値化したら、トップレベルかもしれないと思うようになりました。
描写はかなりドライです。近接から無限遠まで、周辺から中央まで、強烈な逆光から雨の夜まで、撮影条件に関わらずとても均質で、ボケも優等生的。光源の丸ボケは美しい形ではないけれど、色収差が抑えられていて濁りがなく抜けが良いです。第五世代と同時にリリースされたレンズですから、当然ながら解像力に不満はありません。
逆に言えば「こういう条件で、こういう撮り方をすると、うっとりするほど美しい」というようなレンズではないと思います。
ややコントラストが高く感じられるので、軟らかいトーンのフィルムシミュレーションと相性も良いです。PRO Neg.StdやETERNAを使ったとき、第五世代の高画素のおかげもあって、GFXを初めて見たときのような細部のディテールと諧調の美しさが感じられました。
XF30mmF2.8 R LM WR Macroへの期待
XF30mmF2.8 R LM WR Macroは、身近にあるものをなんでも撮っていって、見たものを写真に変えていく、心動かされたものを残していく喜びをアシストするようなレンズです。
もちろん動画への対応力も高く、マクロ域にある動体をAFで追い続けてもストレスがありません。スペックの割にとても軽いのもいいです。
初めて使ってみたとき、もしもX-E5が登場するとしたら最高のパートナーかもしれないなと思いました。小型軽量で、とてもシンプル。コンセプトが似たXF16mmF2.8 R WRと合わせるのもいいです。
あるいはXF10-24mmF4 R OISとXF55-200mmF3.5-4.8 R LM OISのように二本のズームでほとんどの焦点距離をカバーしようとしたとき、弱点はマクロ域と携帯性になるので、このレンズで補ってやるのもいいと思います。
ぼくは古くからの習慣が身に染みていて、Xを使うときには35mm(35mm判換算50mm相当)で世界を見ることに慣れすぎていますが、これから真剣に写真を始めていく人たちや、初めてのカメラはスマートフォンだったというような世代に、写真の自由さと楽しさ、カメラを扱う喜びを、このレンズとともに実感していってもらえたらと願います。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist