ライカはそんなにすごいのか?憧れを超えてゆけ!|第二話「FoveonとGRから見たライカ」
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“憧れるのをやめましょう”
こんなことを書くと怒られるかもしれませんが、すべての小型カメラはライカの子ども。ライカがなかったら生まれることもなかったか、まるで違う姿になっていたはずです。オイディプスの神話になぞらえるまでもなく、親を尊敬して憧れているだけでなく、それを超えていこうとするのは子どもとして必然。
ライカの完成度があまりにも高かったため、真似するのではなく一眼レフを進化させて世界を席巻したニコンやペンタックスの物語について調べてみるのもおすすめです。
前回にライカの魅力をいろいろと挙げてみました。画質がいいのはもちろんですが、工芸品にも似た風格と佇まい、所有欲を満たす魅力があります。
そこで勝負しなくても、デジタルカメラは総合力というのか、操作性やソフトウェアの使い勝手、利便性、(製品サイクルがフィルムより短い分だけ)流行にフィットさせる先進性、独自機能、大胆なデザインなどで魅力を持たせることができます。
すべての小型カメラはライカの子どもですが、デジタルに関してはカシオQV-10を始めとした日本製デジタルカメラの存在があってこそ。ライカを超えていこうとした個性という視点で見ても印象に残るカメラがあります。
今回の主役はシグマのFoveonとリコーのGR。どちらも確固たる世界観があり、「苦手な被写体があったって構うもんか」と一芸に全振りした魅力があります。
アメリカ生まれの日本育ち Foveonという個性
最初に驚いたのがシグマのFoveonセンサー。使ったことがある人は少ないかもしれませんが、ここを読んでいる人たちなら「いろいろ弱点はあっても、うまく撮れたときの写りは感動もの」という噂を聞いたことがあるでしょう。
バッテリーの消費がすごくて、専用ソフトでの現像に恐ろしく時間がかかり、感度が上げられない、といった欠点があります。夜は撮らないし、予備バッテリーを持って、ハイスペックなパソコンを買えばいいんじゃね?と思う人がいるかもしれません。たぶん想像のレベルを超えています。
徐々に改善されていきましたが、シャッターごとにバッテリーの目盛りが減るのが実感できましたし、最高スペックのパソコンでも100枚もRAW現像すると食事に行って帰ってきてもまだ処理中で、感度は100と200からしか選べない時期もありました。はっきり言ってフィルムよりも不自由。2016年のSIGMA sd Quattro Hでも弱点を完全には克服できていません。
それでも使いたくなる魅力があるので、まずは写真を見てください。
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ベイヤーが標準だったときからローパスレスだったわけで、抜けの良さと解像感は異次元。Foveonを使うと画素数やファイル容量が画質とイコールでないと感じるようになる。
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スナップで最高の見せ所、強い逆光によるドラマティックな光と鮮やかな脇役たちだが、まったく色づいていない。彩度が足りてないのではなく色のバランスが乱れて不自然。
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GOLDやUltraのようなコダックの家庭用フィルムに似せるレシピはあちこちにあるが、これまで使ったことがあるカメラならsdの頃のシグマがいちばん近いと思う。彩度だけでなく色が「濃い」。
この濃厚さ。メーカーは「ワインでいえばフルボディのよう」とコメントしていて、デジタル画像なのに厚みがある感じがします。しかもFoveonは構造的に偽色が発生せず、色の純度と分光特性の点で自然な感じがするのも特徴です。
それが主流になってないことからわかるように良いことばかりではなく、色再現が正確ではなく、逆光に弱く、ダイナミックレンジ(とくにハイライト)が狭い弱点もあります。SIGMA fpが出たとき、色が自然で「これだけの実力があるメーカーがあれだけ苦労していたということは、いかにFoveonが暴れ馬だったのか」を実感しました。
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前回の記事で「ライカを使うならアンバーはおすすめ」と書いたが、Foveonもブルーっぽい写真よりもアンバーっぽい写真のほうがよく合う。fpはブルーもイケるのでメーカーのチューニングではなくセンサーに依存するものだと思う。
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これはfpによるもの。感度も撮影リズムも撮って出しのJPEGも見事に最先端の性能。Foveonとの日々を否定したくないから「でも個性はなくなったよな」と言っておく。
ヨーロッパのライカとアメリカのFoveon
もうひとつFoveonには他のメーカーにない特徴があります。もともとは西海岸で生まれて開発されたセンサーだからかもしれませんが、絵作りが異質。初期の頃は黄色っぽすぎると言われていて色の偏りに苦労させられました。次第に改善されていったものの、自然で忠実とはほど遠い。それがサンフランシスコに持っていったとき、西海岸の光と街の色合いにあまりにフィットして驚きました。故郷に帰ってきたぁ~、と喜んでいるよう。
富士フイルムのプロビアに代表されるように、日本ではマゼンタの加減で鮮やかさと抜けの良さを感じさせる絵作りが主流となっていて、メーカーごとに違いはあっても「爽やか」「瑞々しい」といった印象が一般的。Foveonはそれとは明らかに違う傾向を持っています。
ハイライト側が弱いため露出をアンダー気味に撮る方が合うので、ライカと並べても負けないボリュームと空気感が生まれます。
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これを撮ったとき、故郷に帰ってきて嬉しいんだろうなと、カメラを擬人化して考えてしまった。空の朝焼けはあまり綺麗なグラデーションになっていないが、その場の空気が思い出せそう。どこも似てきた絵作りの中で、異質なFoveonらしさがわかる。
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ハイライト側は物足りないがシャドウ側の深さはなかなか。そして写真がカッコいい。強めのシャドウを造形的に活かして構築するストリートスナップにはよく合う。となるとFoveonは早すぎたのか?
久しぶりに古い(と言っても6年前の)ファイルを最新のソフトで現像し直してみて、思っていたよりは速く処理できました。画像は今の目で見ても個性的で魅力があります。自分のペースで作品を発表していくアーティストタイプの作家だったら、これをメイン機にすることができるかもしれません。
デジタルになって急激にスピードと効率が求められるようになった依頼仕事に向かないですし、ユーザー数が少ないことは密かな優越感もありますが、進化がゆっくりで劇的なブレイクスルーが起こりづらいデメリットもあります。
Foveonは終わったセンサーではなく、今でも進化させるべく開発が進んでいるはずで、予定より遅れていますが次の機種に期待しています。
フォルダを見直して、枚数が少なく、その代わりに丁寧に撮っていたのだなあと懐かしくなりました。まるで中判カメラで撮るフィルムのよう。そのせいかそれぞれの状況や自分の気持ちをよく覚えています。「写真にとって最も大事なことじゃないか!なぜ俺はこの気持ちを忘れてしまったんだ!」と思ったけれど、やはり現代では不自由すぎるのも事実。
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フィルムで中判から大判で撮るような写真。アメリカン・ニューカラーに雰囲気が近いかもしれない。角度や露出を変えて何枚か撮っておいてもいいシチュエーションなのに一枚しかなかった。撮影のリズムもフィルム的。
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赤みを帯びた空から青へのグラデーションがこの写真の大切なポイントなのに、モードを変えて何種類か現像してみたけれど思うようにならなかった。たっぷりな光があってこそのFoveonと思う。
Column:映画の中のライカ
「マクマホン・ファイル」
映画にライカが登場することはよくあります。監督や俳優、スタッフにも愛用者が多く、デザインが美しいわりに目立ちすぎないからでしょう。有名どころは避けてお勧めを一本。
Netflix「マクマホン・ファイル」で、ジャーナリストを演じるアン・ハサウェイがライカを使います。緊迫した場面で相手と距離を詰めながら、被写体から目を離すことなくちょっとずつフィルムを巻き上げていくところ、すごくリアルです。指導がしっかりしているのか、プライベートでもライカを使っているのかもしれません。音だけ違うカメラだったり、ファインダーが映ると一眼の望遠だったり・・・といったガッカリがありません。映画の内容はほとんど記憶になくてこの場面ばかり何度も見てしまいました。
もうひとつの個性 GR
ライカユーザーにも愛用者が多く、ミニマルなデザインや、撮れるものは限られるけれどそれでもいいじゃないかという割り切りと、スナップシューターを自称するコンセプトは共通する部分があります。
元々の絵づくりがライカにちょっと似ていて、さらにイメージコントロールをカスタムするパラメーターにキーと色相があり、ハイライトとシャドウだけでなくコントラストの設定もできるので調整幅が広いです。カスタムして3つのトーンを設定してみました。
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昭和かよ、というスナップたち。こういうの撮りたくなっちゃうのはライカとGRの特徴。
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist