ライカはそんなにすごいのか?憧れを超えてゆけ!|第三話「Xシリーズから見たライカの背中」
みんなの憧れ
富士フイルムXシリーズの立ち上げに密接に関わりましたが、正直なところどこまでライカを意識していたのか確信が持てません。カメラに親はいないというのが個人的な考えで、関わった人それぞれに意見があると思いますが、本当のところは誰にもわからないのでは。現場でライカの名前を聞くことはなかったですし、アドバイザーとして収集された写真家のなかにライカを使ったことがない人もいました。
ライカの影響を全く受けてないとは言いません。そんなの現代のロックバンドが「ビートルズは聴いたことがない」と言うようなもの。
安く買えるライカっぽいカメラのことを“愛を込めて”「プアマンズ・ライカ」と呼びます。X100にその側面があったことは間違いないでしょう。プアマンという言い方がこの時代にオーケーなのかも自信が持てないですけれど、言われたほうも嫌じゃないという絶妙な関係にあり、それはライカをみんなが愛していて、みんなが憧れている証。
Xシリーズとライカの共通点、憧れの印、超えていこうとした挑戦を検証していきましょう。
01:技術者が生んだカメラ
レンジファインダー(距離計連動)はデジタルでピントの精度が不十分だろう、というのは常識となっていました。センサー部分とピントが独立していることで生まれるズレ、中央一点でしかピント合わせができない弱点を、フィルムだったら味わいとして受け入れられても、高画素のデジタルカメラで許せるわけがない。一眼レフでも厳しかったわけで、ミラーレス全盛になったのは必然に思えます。
そこに挑んだエプソンR-D1は、和製ライカと呼びたくなるカメラでした。ライカの本当の凄さは、小さなカメラで大きなプリントを作るために引き伸ばし機まで含めたシステムを構築したところにあると言われていて、プリンターが主力であるエプソンが作った点で似たところがありますね。
歴史に名を刻むほどには売れなかったのは、早すぎたのかもしれません。長野の工場に取材に行きましたが、コンセプトは「ライカだって実現できていない、M型ライカのデジタル化」にあったように思います。ロマンを感じたものの、まだ普通にフィルムが使えた時期ですし、僕もこの取材の写真をM3で撮って暗室でプリントしましたからね。
デジタルカメラの主流がどうなっていくかもわからないタイミングでしたから、新しいもの好きならともかく、メリットが見つけづらかったです。
おじさんとして若い読者のために書くと、当時の高画質とされる画像データが4MBくらいで、これだとフロッピーディスクに入りません。使ったことはなくてもFDDは知ってますよね? 次に容量の大きなメディアはMOですが高いので気軽に使えず、入稿(画像や文章を編集部に納めること)はCD-Rに焼いていました。なんという無駄!
どうしてネットで送らないの?と思いますよね。回線がそこまで整備されていなかったからです。
せっかくデジタルカメラを買っても、そのデータをCD-Rに焼いて電車に乗って編集部まで行くなら、ぜんぜん便利じゃない。
X100の誕生はR-D1の七年後。この間にデジタル環境は激変して、仕事だってデジタルでできる時代になっています。iPhoneの発表が象徴的な出来事でしたが「進化を急ぎすぎたデジタルカメラとそれによって失われた撮る楽しさ」という背景が生まれました。
誤解を恐れずに書くと、R-D1の場合はM型ライカをデジタルにできないだろうかという考えから生まれ、X100の場合はデジタルカメラをM型ライカみたいにできないだろうかということで逆になります。X100が実際に目指したのは高級コンパクトでしたが、わかりやすく対比の構図にしてみました。
まず最初に「小型で写りが良くて扱うのが楽しいカメラ」というコンセプトがあり、開発途中でエンジニアがハイブリッドビューファインダーを作り上げたというのも運命的。
ERF(エレクトリック・レンジ・ファインダー)と呼びますが、あれがなかったXシリーズを想像するのは難しい。X100系とX-Pro系がないXシリーズって、ジョン・レノンがいないビートルズみたいな感じがします。
ライカも技術者が生んだカメラで、坂道が多い会社に通うのに身体が弱かったため小型軽量のカメラを開発したとか、素敵なエピソードがたくさんあります。そろそろ「ライカ物語」みたいな映画が見てみたい。必然から生まれて、実現のために技術が後押ししていったところに似たものを感じます。
Column:映画のなかのX
「Glee」
今回は二つ。まずは映画ではなく、「Glee」というアメリカの学園ものドラマ。このS:01にX100が出てくるのですが、キャップをしたまま撮っています。誰か注意しなかったのかな・・・、記録写真を撮っていたカメラマンがいるはずなのに、と思うもののX100がどれだけ異端だったかわかりますね。キャップをしてもファインダーが覗けてしまうX100だからこそ。
「しあわせはどこにある」
もうひとつは映画「しあわせはどこにある」で、都市生活に疲れた精神科医が旅に出ることで自分を取り戻していく物語。主演はミッション・インポッシブルの名脇役で有名なサイモン・ペッグ。現代社会に疲れ、自分の喜びを取り戻そうと旅に出るのにX100Sを選ぶというのは、すごくぴったりに思えませんか? 先に書いたようにX100のコンセプトと一致します。一眼レフじゃないだろうし、GRだと画面で見たときに地味すぎて、ライカも違う気がします。X100Sで撮りまくるシーンがあっていいですよ。こちらは構え方もちゃんとしています。
02:オマージュ?レンズに見るライカへの憧れ
Xシリーズのレンズに14mmが登場したとき、「換算21mm? いいねえ」と嬉しくなりました。
一般的には20mmで、21mmというとライカかコンタックスですね。
レンズのラインアップに関して、まず35mm、次が50mm、さらに28mmという順番で広角側が充実していったのに、望遠側が遅れたところなど、とてもライカ的に思えます。X100とX-Pro系が先行して一眼タイプが後からというのがそもそもライカ的。
APS-Cなのでフルサイズのライカと並べて考えるのが難しいですが、中望遠に90mmがあり、ライカの伝説的な大口径ノクチルックスと同じ50mmF1.0があったり、オマージュなのかなと感じるところがあります。
ライカは欲しいけど高すぎる、せめてレンズだけでも、という人たちにマウントアダプターの楽しみがあります。中古で安く買えるライカのレンズは、古くて収差がすごかったり、くもりや傷があってデジタルで使うには描写が緩すぎることがほとんどですが、シャープになりすぎて個性がなくなった現代のレンズに物足りなさを感じる人も少なくないでしょう。
ライカのレンズを使うプラットフォームとして、最新ではないXは良い選択だと思います。APS-Cなのでレンズ中央のいい部分だけを使うことができて、デザインのマッチングも良いです。
第四世代以降だとバリバリの現役でせっかくの機能が活かせなくて勿体ない気がしますし、第一世代だとクラシッククロームがなく、第二世代だとアクロスが使えなくてもどかしい。ライカに憧れるような人たちなら、二十種類のフィルムシミュレーションの中でこの二つは必須では。そこで第三世代がいいと思います。
X-Pro2は中古でもかなり高いですし、マウントアダプターだとOVFの良さを使い切れないため、候補に挙がるのがX-E3。それほど人気がなかったので安いのでは・・・と思って見たらいい値段しますね。
要望があったら別の候補を考えてみますが、今回は先を急ぎます。
03:細かすぎて伝わらない
Xシリーズには三つのシャッター音が登録されていて、好みで選ぶことができます。第五世代から変わってしまいましたが、二番の音は横走りの布幕フォーカルプレーンで、これはM型ライカですよね。うちにあるXシリーズは全てこの音にしてあります。特にX100系とX-Pro系との相性は良いと思います。
ところでデジタルの時代に1950年頃のシャッター音を使っているのはおかしな気がしませんか? 携帯電話の着信音が黒電話のベルになっているような。
シャッター音はなくたっていいと思う人もいるでしょうが、それに関しては必要なときがあります。例えばポートレートだと、プロのモデルはシャッターの音を聞いて表情やポーズを変えるので、無音だと撮られづらいと言います。撮るほうとしても、どのタイミングでシャッターが切れたかわからないと不安になることもありますよね。音のフィードバックはとても大事なのです。
それだったらデジタル時代の音を発明しよう!と思わないのが不思議。あまり響かなくて環境に優しく、心地よい音が作れないのでしょうか。アップルには音のデザイナーがいて、おかげで操作が楽しくなっているそうですが、それでもシャッター音はアレだから・・・。マクルーハンが指摘したように「未来だと思って見ているのはバックミラーに映る過去」なのかも。
04:隠されたモニター
X-Pro3のモニターは畳まれていて見えません。これをHidden LCDと呼んで、いちいちモニターで確認したり、それで写真の良し悪しを決めたりせず、プリミティブな撮る楽しさを思い出そうぜ的なメッセージでした。賛否両論、いやほぼ否定的な意見だったので二度目はないと思います。
ライカにはモニターのないカメラがありますから、デジタルのメリットを放棄してでも他に大切なものがあると主張しているわけですね。そもそもこんなことができるのはLCDもEVFも使わず撮影できるカメラだから。
ファインダーには「発見」という意味があり、撮影者が最初に驚きを見つける場所で、LCDの小さなモニターはファインダーじゃないよってことかもしれません。
まだまだ続けられるのですが文字数が多くなってしまいました。アクセサリーにこだわる楽しさ、絵作りの共通点と違いなど、いつか取り上げてみたいです。ではまた!
■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist