新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.010 ライカMP3 LHSA Special Edition
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。さて、今日はどんなライカが登場するのか、いつもながら楽しみです。
コンシェルジュのお薦めは?
今回お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店コンシェルジュの水谷さん。初回に出していただいた真っ赤なライカMデジタルのインパクトは相当なものでしたが、水谷さんの得意ジャンルであるモダン・クラシック的なアプローチのライカを用意していただいているのではないかと推測しつつ、カメラの登場を待ちます。
まるで音楽圧縮フォーマットみたいな型番
「こちらになります」とカウンター越しに手渡されたカメラは、黒塗りのヴィンテージスタイル。でも水谷さんが出してくるライカだから意外に新しいモデルかもしれません。シャッター幕をチャージした状態で白丸が見えるし、古いライカでは機械式のセルフタイマーレバーがあるべき場所がバッテリー交換用の蓋になっている。しかもレンズマウントの金具はプラスネジ止めの仕様。ということはレトロスタイルのモダンカメラ?
「これは、ライカMP3です」と水谷さんに教えてもらっても、いまいちピンと来ません。音楽圧縮フォーマットみたいな型番ですねと話を振ると、その名前の由来を優しいトーンで説明してくれました。このカメラは、20世紀の半ばにライカが少数プロ向けに製造したライカMPというモデルを継承する3代目という意味だそうです。
ライカM3Jと似ているライカMP3
これに似たライカを前に見せていただきましたよね? と尋ねると、ライカM3Jをカウンターに並べて比較させてくれました。正面から見るとほとんど同じカメラのように見えますが、左がライカM3Jで、右がライカMP3になります。どちらも布幕横走りで機械式のシャッターを搭載したライカMマウントのレンズ交換式レンジファインダーカメラで35mm判のフィルムをフルサイズ(昔の言い方ならライカ判ですね)で撮影できます。
シャッター幕の白丸は、内蔵した露出計での測光に使用するもの。ファインダーの中に3点式のLED表示があってマニュアルで露出を決めていく仕様です。それって現行のライカMPと同じじゃないの? と思って確認したところ、いずれも21世紀の初頭に登場したライカMPをベースに作られたスペシャルモデルだということだそうです。
ゾルムス時代の限定生産モデル
この2台のカメラは、いずれも中身は2003年発売のライカMPをベースにして限定生産されたモデル。下にあるのが本稿で取り上げている2005年に生産されたライカMP3で、上にあるのが2006年に登場したライカM3J。これはライカが世界初の直営店として開店を目論んでいたライカ銀座店の記念モデルとしてライカカメラジャパンからのリクエストで実現した製品で、ライカMP3の後を追って発売されています。
おそらくライカMP3で特注したオリジナルのライカMP風のトッププレートという実績を踏まえて、その翌年にライカM3JではライカM3風のトッププレートを発注することができたのではないかなと思います。いずれもライカがゾルムスにある時代のもので刻印も似ていますが、フォントの種類や文字の大きさに微妙な違いがあります。ライカMP3の方が少しだけ文字が大きいですね。
新造型ライカビットの装着が可能
オリジナルのライカMPといえば、バルナックライカ時代にあったフィルムの迅速巻き上げ装置であるライカビットをM型ライカでも使えるようにしようというコンセプトで1950年代後半に製造された希少種で、ライカM3をベースにしたライカM2のプロトタイプという解釈もできるモデルですが、このライカMP3もライカビットに対応しています。
ただし互換性に関してはオリジナルのライカビットが装着できるのは当時のライカMPおよびライカM2などで、現行品のライカでは連結方法が異なるので使えません。で、この写真で装着されているのは現行のライカビットMです。レバーを引きあげてぐいっと引き寄せるとフィルム1コマぶん巻き上げられ、レバーはバネの張力で自然に戻る仕組みです。
ライカMP3を作らせたのは誰なのか?
ライカMP3を特注したのはLHSA(ライカ ヒストリカル ソサエティ オブ アメリカ)と呼ばれる団体で、1968年にアメリカ合衆国で発祥したライカの熱心なコレクター集団としてライカマニアの間では知る人ぞ知る存在です。彼らは早くも1978年に設立10周年を記念してフィルム一眼レフのライカR3記念モデルを発注して以来、さまざまな記念モデルをライカに依頼してきた経緯があります。
おそらく会員の方々にはオリジナルのライカMPを所有している人も存在していると思われますが、実用主義者のアメリカ人気質として“コレクション用”ではなく“使う用”のライカMPが欲しかったのではないでしょうか? ライカMP3のファインダーマスクは現行品のライカMPとは異なり、35mm 、50mm、90mmの3種のみで同時に2種類の枠が出ない仕様になっているのもストイックです。
アポ・ズミクロンのLHSAモデル
では、このライカMP3に合わせるといい感じになると思うレンズは何でしょう? と水谷さんにお薦めレンズを尋ねると、カウンターの上に登場したのはクラシカルな雰囲気のレンズでした。金属製のピント調整リングに細かく縦筋が刻まれたローレット加工は1950年代のライカレンズに見られるもの。さてこのレンズの正体は?
「ライカM3J(連載vol.004)のときにもご紹介させていただいたのですが、アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.特別限定モデルを推させてください。これが好きなので、ついつい色々なボディと合わせたくなるんです」と語る水谷さんお気に入りの1本は、通常のアポ・ズミクロンと光学系は同じですが真鍮製の鏡筒をクラシックスタイルで再設計してブラック仕上げしたもの。2018年に300本だけ限定生産されたもので、実はこのレンズを発注した団体は、ライカMP3と同じLHSAだったのです。その翌年にはLHSA刻印なしの品物が上市されることになります。
まとめ
ライカM3と同様にファインダーガラス外枠にデコラティブな張り出しがあり、レンズマウント周辺部に深くエプロンが伸びる一体成型のトッププレートを持ちながら、フィルムカウンターは剥き出しのディスク式。これは明らかにオリジナルのライカMPへのオマージュですね。これらのディテールは、ライカの熱心な研究者集団であるLHSAのメンバーがオリジナルのライカMPを特別な存在として捉えていたからこそ再現されたのでしょう。
ライカMP3は、ブラックとシルバー各500台で合計1000台が製造されたそうですが、日本市場に入ってきたのはボディ単体ではなくライカビットMP新造型および特別仕様のズミルックスM f1.4 50mm ASPH.を同梱したスペシャルセットだったとのこと。その驚異の内容は、次回にお伝えする予定です。
■ご紹介のカメラとレンズ
・ライカMP3(中古AB) 価格440万円
・アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. LHSA 50周年記念モデル(中古A)価格600万円~
※価格は取材時点での税込価格
■お薦めしてくれた人
ヴィンテージサロン コンシェルジュ:水谷浩之
1985年生まれ。憧れのカメラはM3J、M3ブラックペイント。
■写真家:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。
新宿 北村写真機店 6階ヴィンテージサロン
新宿 北村写真機店の6階ヴィンテージサロンでは、今回ご紹介した商品の他にもM3やM2、M4のブラックペイントなどの希少なブラックペイントのカメラ・レンズを見ることができます。
どのような機種が良いか分からない方もライカの知識を有するコンシェルジュがサポートしてくれますのでぜひ足を運んでみてください。