ニコン NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S & NIKKOR Z MC 50mm f/2.8 開発者インタビュー|Zシリーズ初のマイクロレンズを徹底解説

ShaSha編集部

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はじめに

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2021年6月25日に発売されたニコンの交換レンズ「NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S」と「NIKKOR Z MC 50mm f/2.8」。Zシリーズ初のマイクロレンズとして大きな注目を集めました。今回はこれら2本のレンズについて、開発に携わった3名の方々へインタビューしていきます。

登場していただくのは株式会社ニコン 光学本部より、NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR Sの機構設計を担当した萩原康介氏、NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR Sの光学設計を担当した栗林知憲氏、NIKKOR Z MC 50mm f/2.8の光学設計を担当した小野拓郎氏です。

レンズ概要の解説

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(左から)株式会社ニコン 光学本部 萩原康介氏、栗林知憲氏、小野拓郎氏

― まずレンズの開発コンセプトをお聞かせください

萩原:NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR Sはミラーレスカメラ用の交換レンズとして高画質を達成する最高峰の中望遠・マイクロレンズというコンセプトで開発しました。具体的に言うと無限から等倍まで高いMTF、色収差の徹底抑制、色付きのない美しいボケを実現すること、VRや高い精度のAFを搭載することです。

栗林:またNIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR Sは、Zマウントシステムを最大限に活かした大口径の非球面レンズやEDガラス3枚を使用することで、軸上色収差などの収差を徹底的に補正しています。色収差の補正によって、まるで空気をも切り取ったような描写ができるようになりました。

小野:対して、NIKKOR Z MC 50mm f/2.8は、幅広いシーンから最適な被写体を探して映像表現を楽しむことができる、高性能かつ小型軽量の万能なマイクロレンズがコンセプトです。

― Zマウントになって実現できたことはありますか

栗林:フランジバックが短くなったことで、画面周辺部の解像度を向上させるレンズ構成を実現できました。マイクロレンズは一般レンズより撮影範囲がかなり広いので、無限遠から等倍まで満遍なく性能を上げることが必要になります。特に、周辺部でピントが抜けるような現象、「像面湾曲」をフォーカス全域で補正することが求められます。補正が不十分だと、どこかの倍率での周辺部のピント抜けが起こり、中心部が解像していても画像周辺の解像が悪いといったことが発生します。フランジバックが短くなったおかげで、周辺部のケアを手厚くできるようになりました。

特にマウント径が大きいほど、大きい径のガラスが使用できるため、周辺部のケアが行いやすくなります。ただ、径が大きい分、当然1枚1枚のガラスの質量が大きくなってしまい、全体的に質量がアップしてしまう。そこで、非球面レンズを採用することで、複数のガラスで補正するところを1枚で行うことで、軽量化しています。大口径マウントと非球面レンズの効果は非常にマッチしていますね。

小野:NIKKOR Z MC 50mm f/2.8は今回、前群繰り出し方式を採用しています。一般的に前群繰り出しの部分で収差を取って、後群の方はテレコンバーター的な役割になります。Zマウントシステムのショートフランジバックによって、後群の方に多くの大口径のレンズを入れることが可能となり、センサーに光線を緩やかに届けます。その結果、無限遠から等倍まで高い光学性能を維持したまま小型化を実現しています。

― 「マイクロニッコール」から「MC」へ名称を変更した経緯などがあれば教えてください

萩原:名称が長くなってしまう事と複雑化を避ける為、レンズの種類は短縮して表記することとしました。レンズの種類の呼称は「マイクロレンズ」でFレンズの時と変わりません。

NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR Sについて

― FマウントのAF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-EDと比較した際、レンズ構成が大きく変わっていますね。どのような効果があるのでしょうか

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左:NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S 右:AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED

栗林:まず3枚のEDガラスで無限遠から等倍まで軸上色収差を徹底的に補正しており、従来製品と比較したときに色にじみが全くありません。その差は一目瞭然です。ピント前後で紫や緑色の色付きが非常に目立つ金属や白い花、太陽に照り返される水面で光っているところなどのハイライト部分の色付きが解消されています。更に、ボケのふちの色付きも減らしているので、パープルフリンジの軽減はもちろん、ボケのエッジが変に目立たないような収差バランスになっています。

後玉の非球面レンズの効果は、像面湾曲の補正と軽量化の両立に貢献しています。非球面レンズは画面の周辺までの光線を独立に補正することができるので、通常の球面レンズだと複数枚必要なところを1枚で補正することができます。また、センサーに近づけば近づくほどレンズが大きくなるため、その独立補正の効果は更に上がります。よって、大口径のZマウントとショートフランジバックの恩恵を十分に活用した、Zマウントでしかできないレンズ構成になっています。

色収差の徹底的な補正と周辺部の解像感の向上によって、NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR Sはフォーカス全域で高解像を実現しています。ピント面はシャープでもボケのエッジは固くない収差バランスにしているため、遠景や複写といった平面の描写では、圧倒的な高解像感が生まれます。また、ポートレートや花のような立体物の撮影では、ピント面の忠実に再現された質感と奥行きの自然で美しいボケというコントラストを楽しめます。

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「色収差の徹底的に補正した」と栗林氏

― 例えばポートレート撮影において、明るい単焦点レンズと比べた時の違いはありますか

栗林:マイクロレンズは撮影範囲が広く万能レンズと言えます。ポートレート撮影にも適しており、例えば、引きでバストアップ撮影、次に少し寄って顔のアップ、さらに寄ってイヤリングのアップの撮影などを組み合わせて一つの作品を作ることができます。また、寄れば寄るほど被写界深度が浅くなるので、ボケを活かして、あるパーツを引き立てるような撮影もできます。そう言った面で、マイクロレンズでポートレートを撮影するのは他の大口径単焦点レンズと違った表現が可能になると考えています。

― フリンジやゴーストフレアに対しての性能も向上していますか

栗林:ピント面で出てくるような色付いたフリンジは色収差によるものですので、今回EDガラスの使用でそれは解消されています。光源が強いところで目立つフレア・ゴーストについては、「アルネオコート」と「ナノクリスタルコート」の両方でケアすることで、従来製品より耐ゴースト性能もさらに上がっています。また、逆光シーンだけでなく、物撮り時に多灯のライティングをする場面でもゴーストが出ないようにケアしています。これら2つの高性能反射防止コーティングにより、レンズ面で反射する光の絶対量が従来より圧倒的に軽減されており、より一層クリアな画質が得られます。

― 中望遠のマイクロレンズというと近接撮影でAFに時間がかかるイメージがありますが、その点は改善されているのでしょうか

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「新規のAFアルゴリズムによって性能を向上させている」と萩原氏

萩原:AFアルゴリズムを新規に開発しております。撮影距離により実効F値が変わってしまっても、新規のアルゴリズムにより高いAF精度を実現しています。従来製品では超音波モーターでしたが、本レンズではステッピングモーターを採用した点もAF性能の向上に寄与しています。

栗林:AFに関しては本レンズに限らず、ZマウントシステムはFマウントのNIKKORレンズよりもAF精度・速度ともに格段に向上しています。ただ、マイクロレンズは無限遠から等倍まで撮影距離が非常に長いので、一般のレンズと比べればピント合わせに時間がかかってしまいます。そこで、従来製品ではFULLと∞~0.5mだったレンジリミッターを今回FULLと0.5~0.29mにし、近距離側を制限するようにしました。近距離側のレンジリミッターを搭載することで、マクロ撮影時にピント抜けしたときの復帰速度が速くなっています。

もちろんMFでマクロ撮影を楽しむこともできます。フォーカスリングはメカ連動式ではなく、回した速度に応じてピント合わせをすることが可能です。ですので、例えば、レンズのFnボタンに拡大機能を割り当て、マニュアルフォーカスリングを使ってピント合わせをすることでシビアな撮影も簡単に行うことができます。

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レンジリミッターが近距離側を制限するよう変更されている
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MFの距離指標も電子表示となった

― 高い性能と軽量化の両立はどうやって達成されたのでしょう

萩原:フォーカス高速・高精度化と小型化を両立するため、小口径・高トルクのステッピングモーターを新規開発しました。また、モーターに連動する駆動機構も新規開発しており、細かく動くレンズに追従し、かつ衝撃などにも耐える信頼性も確保しています。さらに、レンズボディを構造する素材の変更やアルミニウム合金製マウントの採用により、高い強度・耐久性、および光学性能を確保しながら従来製品より軽量化を達成することができました。

― NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR Sは動画撮影でも活用できますか

萩原:ステッピングモーターを採用したことによるAF駆動音の静音化、クリックレスのコントロールリングを採用したことによる操作音の静音化、電磁絞りによるなめらかな制御で、F値変更による露出のちらつきも低減しているので動画用途にもお使い頂けます。

― 「S-Line」のデザインやコントロールリングの配置が変更されていますね

萩原:デザイン変更については、お客様のご意見を反映したマイナーチェンジになります。NIKKOR Zを発売してから、お客様から外観デザインについてご指摘、ご要望を頂き、新しいデザイン案を検討してきました。そして、今回このレンズの発売を機に新デザインを投入しました。

新デザインには、S-Lineを象徴するため、刷新した金属製のS-Lineのエンブレムと、ダイヤカットおよびダブルアルマイト処理を施したダークシルバーラインと呼んでいるリング状の加飾を施したコントロールリングの2点を採用しています。

コントロールリングの位置やサイズについては、レンズによって大きさや重さのバランスが異なるためある程度の統一は図りながらも、操作性を重視した配置にしています。またローレットについては、他の操作リングとの識別性を確保しつつ精密感のあるローレットを採用し、高品位なデザインに仕上げています。

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S-Lineのエンブレムデザインがマイナーチェンジされた

NIKKOR Z MC 50mm f/2.8について

― 本レンズの開発で苦労した点はなんですか

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前群繰り出し式を採用したNIKKOR Z MC 50mm f/2.8

小野:最も苦労したところは、ステッピングモーターを使って本レンズにカスタマイズした前群繰り出しのフォーカス方式を採用した点です。その中でZマウントシステムにおけるAF精度と速度を担保し、さらには従来製品よりもの性能を上げることが課題でした。目標とするAF精度と速度を達成するために、光学設計としては前群繰り出し量を短くする必要がありました。

しかし、前群繰り出し量を短くすると光線を曲げる力が強くなり、後群の方で大きく収差が発生してしまいます。今回、Zマウントシステムのショートフランジバックによってセンサーに近い後群に大きなレンズを配置することが可能になり、緩やかに光線を届かせるように設計してできております。一般的には、前群繰り出しの場合、動く前群で収差を取って、後群はテレコンバーターということで無収差にする必要がありますが、FマウントのNIKKORレンズではできなかったショートフランジバックのところに大口径レンズを配置することでこれを解消しています。

さらに、無限遠から等倍までの光学性能を向上させるために、最も効率の良いところにEDレンズと非球面レンズを使用しております。その結果、従来製品よりも光学性能を向上させることができ、さらに繰り出し量を短くすることができました。

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「小型軽量化と高い光学性能を両立できた」と小野氏

― 光学性能と描写力の特徴を教えてください

小野:NIKKOR Z MC 50mm f/2.8のコンセプトは気軽に持ち運べる小型軽量レンズということで、スナップ撮影、近接撮影において光学性能が最も発揮されるバランスになっております。もちろん、無限遠の撮影でも十分お使いできる性能を持っています。さらに、色収差を徹底して抑えた設計とすることで、金属のアクセサリーなど近接撮影で色収差が目立ちやすいものに対しても、実際に目の前で見ているかのように描写した画像が得られます。また、ボケのエッジ部分への色付きも少なくしており、解像感に優れたピント面に加え、色付きの少ないボケで被写体の立体感を一層高めることができる一本になっています。

― 初期のロードマップでは60mmを想定していたようですが、今回50mmになった理由はなんでしょう

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左:NIKKOR Z MC 50mm f/2.8 右:AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G ED

小野:今作のコンセプトとして小型軽量が最大優先事項でしたので、そこを焦点として開発を進めました。最適な焦点距離とフォーカス駆動がどういうものか様々なタイプ検討をし、50mmが一番小型軽量かつ色収差抑制等の高い光学性能を実現することができました。また、マクロ撮影だけでなく、より幅広いシーンで本レンズを楽しんでいただきたいと考え、標準単焦点としても使いやすい焦点距離50mmに変更いたしました。

― NIKKOR Z 50mmf/1.8 Sとはどういった使い分けが考えられますか

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左:NIKKOR Z MC 50mm f/2.8 右:NIKKOR Z 50mmf/1.8 S

小野:NIKKOR Z MC 50mm f/2.8は最短撮影距離が短いので、NIKKOR Z 50mmf/1.8 Sよりも寄って、被写体を大きく撮影することができるのが大きな違いです。小型軽量のため1日撮影していても全く疲れない、撮影に没頭できる製品となっています。テーブルフォト、料理、花など近くで撮影する必要があるシーンで最大限の機動力を発揮することができます。今は外出しづらい状況ですので、室内で身近なものを撮影して楽しんでいただけたらと思います。

― Zレンズで初めてフィルムデジタイズアダプターに対応しましたね

小野:本レンズは豊富なアクセサリーがつけられるようになっており、その一つがフィルムデジタイズアダプター ES-2です。お客様からの要望もあり、等倍でも良好な性能を出すよう設計しているので、フィルムのデジタル化においても納得のできる画像が得られます。

― その他に使い方の提案はありますか

小野:NIKKOR Z MC 50mm f/2.8をDXフォーマットのZ 50に装着することで、焦点距離75mm相当の中望遠マイクロレンズとして楽しむこともできます。NIKKOR Z MC 50mm f/2.8にもZ 50にもVR(手ブレ補正機構)は搭載されていませんが、Zボディは高感度性能が非常に高いため、暗い環境でもISO感度を上げれば手持ちで問題なく撮影することが可能です。ぜひこの小型軽量のレンズを持ち歩いて、屋内屋外でマイクロレンズ特有のボケと等倍撮影を楽しんでほしいと思います。

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Z 50に装着すれば75mmの中望遠単焦点レンズとして使うことができる

今後の製品開発について

― レンズのロードマップも更新されましたが、今後どのような製品が登場しそうでしょうか

萩原:詳細内容はお答えできませんが、Zマウントシステムならではの高い光学性能を備えた超望遠レンズを開発したいと思います。

栗林:ミラーレスになってからボディが小さくなったこともあり、レンズの小型化も求められています。Zマウントシステムのボディの電子補正は非常に強力で、光学補正で言うと非球面レンズが入っているようなイメージを想像してもらえればと思います。そういった要因もあり、かつてない小型軽量性を実現した、今までにないようなレンズスペックも実現できるポテンシャルを持っています。ぜひ、今後のNIKKOR Zにもご期待ください。

ニコン マイクロレンズレビュー記事はこちら

ニコン NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S レビュー|クキモトノリコ
https://www.kitamura.jp/shasha/article/482368252/

ニコン NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S レビュー|素早いAFとキレの良い高い解像力に脱帽!
https://www.kitamura.jp/shasha/article/482305457/

ニコン NIKKOR Z MC 50mm f/2.8 レビュー|優しい描写力が魅力の常用できるマイクロレンズ
https://www.kitamura.jp/shasha/nikon/nikkor-z-mc-50mm-f-2-8-2-20210701/

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