麦のアルバム ~ Hello, Good bye ~|麦グラファー (平野 はじめ)
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はじめに
「麦踏み」という言葉をご存知ですか?
私は麦のマジックにかかるまで、一度も聞いた事がありませんでした。
”麦グラファー”こと平野はじめです。私の生まれ育った佐賀は、実は全国でも有数の小麦・大麦の生産地…
幼いころから身近にあったはずの田園風景が、このように魅力的に見えるとは思いもしませんでした。
きっと、そんな経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本日はちょっぴり、「麦の成長記録」をあなたにお届けできたらなと思います。
踏まれても、なお
Farmers
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■撮影環境:焦点距離 80mm SS 1/1000 F4 ISO200 WBマニュアル
故郷佐賀県を含む近隣県では、二毛作といって 同じ畑内で一年に二度交互に作物を育てることが多いです。
よくある組み合わせだと、表作で米、裏作で麦といった所でしょうか。
米と違って麦は水田に苗を植えるのではなく、土に種を蒔きます。
最初は草のような容姿で、そこから農家さんは”麦踏み”と呼ばれる過程を経ます。寒さや乾燥に強くなり、また根が丈夫になるんだとか。
現在はローラーやトラクターで行うことが多いようですが、昔はせっせと人の足で踏んでいたよと、年配の方はよくおっしゃいます。
雪が多い年は、降りつもる雪の重さが麦踏みの役目を果たすことも。
北部九州でこのような幼い麦を見られるのは寒さも本格的になる年明け、車窓が気になる私はソワソワきょろきょろ。
それにしても、なんだか不思議な光景ですね。
こんにちは、赤ちゃん
Swaddle
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■撮影環境:焦点距離 80mm SS 1/1000 F4 ISO200 WBマニュアル
暖かくなってきたから
目を覚ます準備
私はこれくらいの時期から本格的な麦シーズンに入ります。
おくるみをされている、青々しい大麦…
3月頃になると私たちが目にしている麦の姿がようやくみえてきます。
穂が開く前の彼らはとてもスタイリッシュなグリーンカラー。
色かぶりに注意をしながら撮影を行いました。最近のカメラはWB(ホワイトバランス)がオートでも問題なく色調整をしてくれる事もありますが、私はホワイトバランス調整に加え、マルチセレクターを「アンバー、ブルー、グリーン、マゼンタ」の4方向にて細部設定を行い、撮影することも。とは言えども、麦の色表現は難しく、私も今なお勉強中です。
麦の入学式
Beginning
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■撮影環境:焦点距離 80mm SS 1/250 F5.6 ISO250 WBマニュアル
競争するのが好き。
空まで程遠いけど、隣をみながら
すくすく上へ上へと育っていく
高台から見える等間隔に植えられた麦のラインは美しく、最初の頃はそればかりを撮ることに魅了されていました。
畑の大小により、入れるトラクターの大きさはもちろん、レーンの幅や植え方も異なってきます。
あちこちの畑に通ううち、穂がスッと垂直に伸びる大麦の畑ではレーンが際立つんだな、ということがわかってきました。
さわさわと風の動きが分かる麦畑レーンを、私は麦の「デジタルサイネージ」と呼んでいます。思わずダイブしたくなる!
とはいえ、このような景色が見られるのは、ひたすら地平線がひろがる故郷の「佐賀平野」ならでは。
火山灰が堆積した丘陵地帯である北海道の麦を撮影した際、急こう配に育つ野生的な彼らを前に、まったくの別天地に思えたものです。
あちこち旅をしながら、それぞれの風土や気候になじみ、個性を発揮してゆく麦たち。
友達、できるかな
Visitor
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■撮影環境:焦点距離 200mm SS 1/800 F4 ISO500 WBマニュアル
お昼寝の邪魔をしないように、、
そっと座り込んで、、
そこから見る小さな世界は
新しい感情を生み出すだろう。
ごつごつとたくましいルックスが特徴の小麦を撮りました。
この子は、おもに麺用として品種改良された北部九州出身1990年代生まれの”チクゴイズミ”。
麦単体のフレーミングも多いのですが、麦と〇〇という切り取り方も表現のひとつとしてよく撮影をします。
自然に生息する生き物とのタイアップは、狙って撮れる事は多くありません。
私の撮影は、オーディションからスタート。見つけた主役とともに、時にゲストを数時間待つ事もあります。
撮影にはそんなゆっくりと流れる時間も大切ですよね。
呼ばれぬ客が突如現れたりと、舞台上では偶然の産物が生み出すラッキーもあります。
前ボケを使った、飲み込まれるような切り取りは私の代表的な撮り方。
今日は発表会
Spotlight
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■撮影環境:焦点距離 200mm SS 1/50 F3.5 ISO1000 WBマニュアル
すらりとしたルックスの大麦を撮りました。
見慣れたものを夕方や夜に撮るとドラマチックに演出できるなぁと思うのは、私だけでしょうか。(それって、光と影がうみだす”錯覚”というマジックなのかもしれませんね)
夜間撮影において背景ボケを使うときは、街灯などの光がバックにあるロケーション探しから始まります。
被写体と背景ボケとの距離感はもちろん、背の高い主役を発掘する過程がひと苦労。
慣れないうちは、明るいうちに個体の目ぼしをつけておくのをおすすめします。日が暮れてからでは、暗やみで落とし物を探すくらい大変!
スマホのライトで照らしながら主役を探す私は、時に畑の不審者と間違われることもあります(笑)。
見上げてごらん
みんなが応援してるよ。脇役がいるから輝けるのさ
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■撮影環境:焦点距離 13mm SS 1/30 F7.1 ISO1000 WBマニュアル
センターに主役を配置し、広角レンズを装着したカメラを上向きに備え、リモート撮影に挑戦してみました。
特に、広角レンズで撮影する場合は必然的に足し算をしすぎてしまうため、注意が必要ですよね。
主役(主題)・脇役(副題)を意識することにより、よりストレートな見せ方ができるかと思います。
超広角域だけではなく望遠域でも応用できますので、足し算引き算のトレーニングをするのも面白いかもしれませんね。
アングルを大胆に変えて、額縁構図に。
アリやカエルたちは、いつもこうやって絵画を見るように大空を仰いでいるんですね~。
また逢う日まで
Finale
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■撮影環境:焦点距離 270mm SS 1/640 F5.6 ISO400 WBマニュアル
夕陽に向かい、お辞儀をするかのようにこうべを深く垂れる麦たち… そろそろ、彼らにも卒業式:フィナーレが近づいたあかし。
いつもは雨風に強い麦、ただしここまで実ると話は別で。収穫間際に台風予報でもあろうものなら、一日でも早く刈り取ろうと農家さんは途端にあわただしくなります。
残された麦畑を追いかける私も…違った意味で大忙し。
金麦の季節になると、ざわざわに近い、硬く乾いた麦風の音色に変わります。
私にとっての”甲子園”である麦の季節… 刈入れがすすむ5月末は、毎年少しセンチメンタルになったり。
いのちは、めぐる
次の目的地への待合所
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■撮影環境:焦点距離 44mm SS 1/200 F9 ISO500 WBマニュアル
刈り終えられた麦はベールに優しく包まれ、次の旅への準備をします。
ある仲間は牧場へ、ある仲間は競馬場へ旅立っていくのでした。
夕暮れ時、私はそっとシャッターを切ってその場を後にしました。
雨に濡れて風邪をひいてしまうので、麦ロール(麦稈ロール)たちはすぐにトラックで運ばれてしまいます。
ロールとして畑にいる姿は佐賀ではとても貴重であり、麦グラファーも多くは見た事がありません。
白いビニールに巻かれた麦ロールは、発酵中なのだとか。そのひと手間で牛さんのご飯になったり、また別の使い方では馬や牛のベッドになったりすることもあります。
レタッチにて、部分的にシャドウを効かせることによって、のどかな風景を叙情的に表現してみました
Phoenix
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ロールとは異なる、麦のスピンオフ。
一部の農家さんが行っている「野焼き」…日本でも長く行われてきた、伝統農法です。
刈り取り後の畑を燃やし灰にして、土に還す。それらは養分として、次に育つ米などの作物につながっていく、とのこと。
現在では環境的観点から賛否はありますが、今でも合法的に野焼きをする生産者さんもたくさんいらっしゃいます。
野焼きは、私が長く向き合ってきた題材のひとつでもあります。
本作は、ドローンから偶然にも巡り合えた奇跡の一枚。麦畑から巣立つさまがいかにも不死鳥のようで、フェニックスと命名しました。
2023年度のソニーワールドフォトグラフィーアワードにて日本部門賞第一位をいただいた、思い入れが深い作品でもあります。
こたえは風に吹かれている
平等という境界線
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■撮影環境:焦点距離 12mm SS 1/500 F9 ISO200 WBマニュアル
黄金の銃弾は無条件にとびさっていく
なびく麦に変えられたらどんなにいいことだろう
遠い穀倉地帯に心を寄せて…
吹き抜ける風に身体が浮き上がるような昼下がり、広角レンズを使用して大きく切り取ってみました。
ハイアングルのフレーミングは、麦の動きをさらにダイナミックに見せることができる手法だと思います。
両手いっぱい、思い切ってハイアングルで撮ると違った見え方がするので、ぜひ試してみてください。
ヒーロー
Shine
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■撮影環境:焦点距離 52mm SS 1/800 F5.6 ISO100 WBマニュアル
シーズン中は農家さんとお話ししながら撮影をすることも多くなりました。
作業風景を撮らせていただいたり、時にはご許可を得て畑の中でポートレート撮影をしたりすることもあります。
コンバインで刈り取った金麦を脱穀するようす。照り付ける初夏の日差し、農家さんの笑顔も輝く季節です。
小麦は主にパンやうどん、パスタなどへ。大麦は味噌や醤油などの調味料、時にはビールに変身して、私たちのもとにやってきます。
ほとんどのひとは、ヒーローの元の姿や育て親を知りません。
さいごに
いかがでしたでしょうか、簡単ではありますが赤ちゃんから旅立ちまでの”麦の成長記録”。
まるで家族アルバムを見るかのような気持ちになったならば、あなたも明日から〇〇グラファー、かもしれません。
「人類最古の栽培作物」と呼ばれ、太古の昔からひとに寄り添ってくれた”麦”。
壮大なるいのちの連鎖は、目の前の畑でもしずかに受け継がれている…
見慣れた日常のなかに、古代や未来へつながるタイムトンネルが潜んでいるようで、なんだかロマンがありますよね~。
■写真家:平野はじめ
日本有数の麦の生産地佐賀市で育つ。その生命力に魅了され、商標登録を取得。自分探しの渡米で写真に目覚め、帰国後舞台撮影などを経て独立。「廃にでさえ美は存在し、目に見えるものがすべてではない」という視点をもとに、ドローンでも一瞬を切り取る。新聞・ラジオ・TV出演・業界誌執筆や個展開催など、フォトアーティストとしてだけではなく、モデル・タレントとしても活動の幅を広げている。
現在、佐賀市公認観光アンバサダーリーダーも務める。ニコンHPで「NIKKOR Z 50mm f/1.8 S×平野 はじめ」を公開中。
2023年 ソニー ワールドフォトグラフィーアワード 日本部門賞 第1位 2024年 同部門賞 第2位
PX3やIPAなど世界的フォトコンテストでも受賞多数。