ニコン NIKKOR Z 28-400mm f/4-8 VR|高倍率ズームの恩恵を感じられるレンズ
はじめに
高倍率ズームレンズは、私自身はこれまであまり積極的に使用する機会が無かったタイプのレンズです。というのも、高倍率ズームレンズの開発が積極化し、各メーカーから市場に供給されるようになった90年代後半というのは、ちょうど私が大学で写真学生として学んでいた頃で、教員から「まずは50mmの単焦点レンズに慣れよ」と刷り込まれていた時期だったことが大きかったように思います。
学生の多くは、入学する前にあまり知識もない状態でカメラを購入するのですが、そこで一眼レフと一緒に家電量販店から勧められるままダブルズーム(大抵が焦点距離28-70mmと70-200mmの二本セット)のレンズキットを買い求め、それを携えて大学に進学することになります。すると、入学してすぐにその二本を下取りに出して50mmの単焦点レンズを購入するよう言い付けられるといった具合です。
そのまま数年間、単焦点レンズを扱い続けるので、当然ズームレンズを使う機会などなく、ましてや高倍率ズームレンズなどは、全く選択肢にありませんでした。それは単に画角的な慣れの問題だけでなく、レンズ光学の先生の講義などで、画質的な部分における高倍率ズームの設計の難しさなどを聞かされて、まだ商業写真のレベルで使えるものではないというような思い込みが、長く頭の中に残っていたこともあります。
名実ともに万能となった高倍率ズーム
高倍率ズームレンズの開発は、タムロンが先行し、それに続いてニコンやキヤノン、シグマといったメーカーが参入しましたが、長らく高倍率ズームレンズと言えばタムロンという時代が続きました。それぞれのメーカーが、高画質化と高倍率化、それに加えて小型軽量化やフォーカス機能、ブレ補正の高性能化に取り組んできた背景があります。
市場への投入当初から、広角から望遠までを一本でカバーするその特徴から、旅行用に最適であるとしてトラベルレンズなどと呼ばれて需要を増やしましたが、多くはライトユーザー向けといった風潮で、ヘビーユーザーやシリアスなアマチュアフォトグラファー、プロフォトグラファーには中々広まらなかったように個人的には思います。
それが少しずつ変化してきたのは、デジタル写真の黎明期を過ぎ、アナログからデジタルへの移行が本格的となった2010年前後くらいからだったように思います。特殊低分散レンズや手ぶれ補正の導入などにより、性能や利便性が向上し、徐々にユーザー層に広まりが見られるようになりました。その後、ミラーレス機への移行が進む現在では、高倍率ズームは名実ともに万能レンズとして多くのユーザーが注目する撮影機材となっているように思います。
ただ、私に限らず昔ながらのフォトグラファーというのは、単焦点レンズや大口径標準ズームに慣れてきたこともあって、なかなか触れる機会が無かったジャンルのレンズではないかと思うのです。私自身も、以前の記事で解説したように、普段は24-120mmと100-400mmのズームレンズを使い分ける方法を取っておりますので、高倍率ズームレンズを意識的に選択するのは、写真を始めて以来のことになります。
NIKKOR Z 28-400mm f/4-8 VRの使い心地は?
前置きが長くなりましたが、そんなわけで、今回は、ニコンから2024年の四月に発表された新製品、約14.2倍の高倍率を実現させたNIKKOR Z 28-400mm f/4-8 VRを使ってみたいと思います。手ぶれ補正やAF精度において最大限の性能を引き出したいこともあり、ボディは今回Z 8を選択しました。小型軽量を追求したレンズとはいえ、レンズ重量は約725グラムあるため、印象としてはずっしりと手に載る感覚があります。標準ズームレンズと望遠ズームレンズを二本持つよりは良いだろうというところでしょうか。Z 8に装着した場合の全体のバランスは悪くないのではないかと思います。
この一本で旅をしてみる
トラベルレンズという異名を持つ高倍率ズームレンズですので、今回はこの一本だけを持って東北地方を巡ることにしました。撮影にあたって最初に決めたことは、撮影モードの使い分けについてです。28mmと400mmでは、保持したい低速のシャッター速度の限界も変わりますし、焦点距離や撮影距離に対してどの程度絞り込む必要があるのかも細かく変化します。ざっくりと広角から標準域では絞り優先オートを、望遠側ではマニュアルモードで、その都度シャッター速度や絞りを確認しながら撮影することにしました。ISO感度はどちらもオートです。
ふとした風景や瞬間を切り取るスナップ撮影では、標準域から中望遠程度の画角を細やかに使い分けられるのが便利で、ファインダーを覗きながら瞬間的にフレーミングを整えられる利便性の高さはさすがだと感じられました。現像した画像を実際に眺めてみても、画質としては十分で、高輝度部分に発生するパープルフリンジなども後処理によって補正可能な程度に収差が抑えられていることが分かります。メーカーのウェブサイトで公表されているMTF曲線を見てみると、ワイド側、テレ側共に画面周辺で解像力は落ちるものの、コントラストは高く保たれ、見た目の抜けの良さは保持されることが示されています。
階調豊かな現代のレンズ
撮影初日、岩手県の宿に着いて部屋で休む娘を撮影しましたが、輝度差の大きなシーンでもシャドウからハイライトまで豊かに階調を再現することができました。明るいトーンの消え入るような緑色も繊細に描かれています。画角を微調整しながら撮影位置を吟味できることで、狭い室内でもフレーミングの自由度は非常に高いことが感じられます。
周辺で草花を撮影しましたが、近接距離における撮影に対応していることで、旅先の植物を大きく撮影できることは非常に有効な機能であると感じました。レンズ史的に見ても、マクロ撮影のような接写は、長らく高倍率ズームの苦手とする撮影であったため、最大撮影倍率0.35倍を達成している本レンズは、それでこそ現代のレンズであるという、ある種の感慨がありました。絞り開放では若干の収差が感じられるものの、必要十分な写りには至っているのではないでしょうか。
400mmまでの望遠域があると、鳥の鳴き声にも惹かれるようになります。目視で確認できる距離であれば、十分な大きさで写すことが可能です。素早い動きを追う可能性を考慮して、シャッター速度は1/2000秒を選択しています。
二日目は、花巻市で春日流八幡鹿踊保存会による鹿踊が披露されると聞き、撮影に向かいました。舞台に対して大体10〜20メートルのところを移動しながら撮ったのですが、高倍率ズームレンズの恩恵を今回最も感じられた撮影だったように思います。踊り全体を舞台と共にフレーミングしながら、すぐにズーミングして一人の踊り手にフォーカスすることもできます。マニュアルモードで、絞りはF11、シャッター速度を1/1000秒に固定することで、動体の細部まで鮮明に捉え、ある程度の被写界深度と画質を保ちつつ撮影し、鹿踊の豪快な迫力を写し止めることが出来たように思います。色彩豊かな衣装や面の色も、鮮やかに再現されました。
宮城県へ移動していた夕暮れ、水が張られた田植え前の水田に夕日が落ちていました。広い風景では、ワイド端の28mmが役立ちます。オレンジから薄闇へ変化する空のグラデーションが、美しく描かれました。逆光によるフレアも抑えられており、良好なコントラストが保たれているのが分かります。
三日目は山形県に入り、山形蔵王の地蔵山山頂から宮城県の熊野岳へ向かって歩き、宮城蔵王のお釜を目指すことにしました。例年に比べると暖かく、風も弱い日でトレッキングには最良の天候でした。ここでは、同じ位置から28mmと400mmの画角を比較しました。この二枚の違いは極端ですが、自分の意図に沿った的確なフレーミングをズーミングによって行えることは、高倍率ズームレンズの特権だと言えるでしょう。
交換レンズを持たずに、軽装で歩くことができるため、結果的には小型軽量であり、非常に携帯性に優れた撮影機材であることが実感できます。
おわりに
今回、ほとんど初めて高倍率ズームをメイン機材として三日間撮影を行いましたが、はじめに持った感触は「思った以上に重いし大きい」というものでした。しかし、行程を通して一本だけでここまで様々な被写体に対応できたことからすると、最終的にはその携帯性を実感するものになったように思います。今後、例えば海外への出張やロケハンなどには、単焦点レンズ一本に加えて本レンズを用意するだけで十分かもしれないと思わせる、優れた機能性を実現したレンズであると感じられました。
また、得られる画角の自由度から言うと、動画を撮影する方にとっては完璧なレンズ選択のひとつとなるであろうと思います。開放F値が暗い上に、ある程度絞って撮影することが前提になるため、夜景や光量の少ないシーンは苦手ですが、その他多くの場面においては必要十分な機能を提供するレンズだと言えるでしょう。
■写真家:大和田良
1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。