ニコン NIKKOR Z 800mm f/6.3 VR S レビュー|野鳥撮影の標準レンズ
はじめに
ニコンZマウントレンズ最長となるNIKKOR Z 800mm f/6.3 VR Sが発売されたのが2022年4月22日のこと。筆者も発売と同時に購入し、撮影現場で投入してきた。軽量コンパクトかつ優れた描写力を持つこの800mm f/6.3は、野鳥撮影の標準レンズとして筆者のカメラバッグに納まっている。あらゆるシチュエーションで使い倒して約2ヶ月が経過して分かってきた使用感をここにレビューする。
コストパフォーマンスに優れたZ 800mm f/6.3
筆者は野鳥や飛行機など、空を飛ぶものを専門に撮影する写真家である。ゆえに常日頃から超望遠レンズを常用しており、大袈裟ではなく800mmが標準レンズなのである。とくに野鳥撮影では被写体が小さいうえに人に対する警戒心があるため、大きく撮影するためには最低でも500mm、できれば800mm以上の超望遠レンズがほしくなる。野鳥への無理な接近は相手に対し恐怖心を与えかねないので、自然な仕草や表情を写し取るためにも野鳥と適切な距離感を保って撮影する必要があり、800mmというのはひとつの基準なのである。
筆者は昨年まではニコンのデジタル一眼レフカメラでシステムを構築しており、メインレンズとしてAF-S NIKKOR 800mm f/5.6E FL ED VRを使用してきた。このFマウント800mm f/5.6の描写性能には大変満足しており、果たして新しいZマウント800mm f/6.3はFマウント800mm f/5.6のパフォーマンスを超えるのだろうか、実際に現場で使用してみるまでは多少の不安があった。
その理由はいくつかあるが、まず第一に開放f値がf/5.6からf/6.3へと1/3段暗くなったことである。開放f値が暗くなるとAF速度や精度の低下を招くし、シャッター速度が稼げなかったりISO感度を上げる必要から画質が低下するリスクがあるからだ。また、PFレンズを採用したことで軽さを手に入れたのと引き換えに、画質を犠牲にしているのではないかという懸念もあった。
希望小売価格97万円、実売約79万円というチャレンジングな価格設定も不安要素だ。というのも前述のFマウント800mm f/5.6が実売約190万円、先に発売されたNIKKOR Z 400mm f/2.8 TC VR Sが実売約160万円であることを考慮すると、Z 800mm f/6.3の実売約79万円というのは破格の安さといえる。しかし実際に使用してみると、そんな心配を払拭してくれるほどの結果が得られることが確認でき、いまでは満足している。
機動力と高画質のバランス
大口径超望遠レンズに慣れ親しんできた筆者が、初めてこのNIKKOR Z 800mm f/6.3 VR Sを持ったときの第一印象は「軽い!」である。レンズ質量は2,385gと大口径超望遠レンズにしては非常に軽量で、Fマウント800mm f/5.6の4,590gからは2.2kg以上、48%も軽量化されており、長時間の手持ち撮影も苦ではない。
ここまで軽量化できた理由は、開放f値をf/5.6から1/3段暗いf/6.3に抑えたことで最大径を小さくするとともに、PF(Phase Fresnel:位相フレネル)レンズを採用して全長を76mmも短縮したことにある。当初懸念していた1/3段の暗さというのは、実際の撮影でそれほど影響することはなく、コンパクト化で機動力が上がりシャッターチャンスが増えたメリットのほうがはるかに大きい。
画質面でも絞り開放から極めてシャープで、ボケ味も良好。定評のあるFマウント800mm f/5.6と比べても遜色ない画質だ。PFレンズ唯一の欠点とも言えるのが点光源を撮影したときに起こるPFフレアで、たとえば薄暮の時間帯に飛行機を撮影した際、点光源の周りに独特のフレアが発生する。ただし日中の撮影や、逆光ぎみの撮影であっても輝度の高い点光源が写り込まなければとくに意識する必要は無い。
機能と操作性
超望遠レンズの手持ち撮影では、レンズ先端寄りを左手でホールドすると安定しやすいが、Z 800mm f/6.3の鏡筒のレンズ先端側には広く滑り止めゴムが巻かれておりホールド感は良い。しかし、フォーカスリングがだいぶ手前側に配置されているために手持ち撮影時に左手がフォーカスリングに届かず、マニュアルフォーカスしづらくなっているのが難点だ。
とくに野鳥撮影時はAFが背景に引っぱられてしまうことが多々あるもので、それをアシストするためにMFでピント位置を一旦手前に持ってきてから再度AFを作動させることでピントを引っかけやすくする小技を多用するのだが、この作業が微妙にやりづらい。裏技としてはL-Fn2(レンズファンクション)ボタンにメモリーリコール機能を割り当て、被写体よりも手前側にフォーカス位置をあらかじめメモリーセットしておき、AFが背景に抜けるようであればL-Fn2ボタンでメモリーしたフォーカス位置を呼び出すのが便利だ。ただし、この機能はレンズ交換時にリセットされてしまうので、レンズ交換ごとにメモリーセットする必要がある。
Zレンズ標準装備のコントロールリングは手の届きやすい一等地にあるものの、現時点では割り当てられる機能は少なく、筆者は誤動作を防ぐためにコントロールリングには機能を割り当てていないとともに、リングが動かないようテープを貼り固定している。
AF駆動はSTM(ステッピングモーター)で、Z 400mm f/2.8に採用されたSSVCM(シルキースウィフトVCM)ほどではないものの、静粛でレスポンスに優れており不満を感じることはない。ただし前述のように、野鳥撮影ではとくにAFが背景に貼り付きやすい傾向があるので、AFスタート位置を一旦被写体の手前側に持ってくるのが素早くAFを合わせるためのコツだ。
手ブレ補正機構VRは、Z 9との組み合わせではレンズ側とカメラ側のVRが連動するシンクロVRが適用され、最大5.5段分もの補正効果が得られる。一眼レフカメラからの乗り換えでは、ミラーショックが無いこともありスローシャッター撮影時には数値以上に手ブレ・カメラブレが少なくなっていることを実感する。
Fマウント800mm f/5.6のVRはSPORTモードの無い古いタイプで、シャッターを切るごとに露光前センタリングを行うため動体撮影に向かなかったが、Z 9+Z 800mmf/6.3の組み合わせではSPORTモードで常時ONのまま快適に動体撮影可能だ。またAF作動音もVR作動音も極めて静かなため、動画撮影時も作動音を気にせず収録できる。
レンズフードはこのクラスのレンズとしては珍しくバヨネット式で素早く着脱可能。ただ確実にロックされているかどうか分かりづらい点もあるので、従来の締め付けノブ式と好みが分かれるところだろう。
テレコンバーター対応+クロップ撮影
▼下の4枚は同じ場所から撮影
野鳥撮影では、じつは800mmでも足りないということはザラである。800mmを使っても「もうひと伸び」欲しくなることが多々あるので、そんなときはテレコンバーターを使用するか、カメラ側でクロップ撮影するかのどちらかが有効だ。Zテレコンバーターは1.4倍のZ TELECOVERTER TC-1.4xと、2倍のZ TELECOVERTER TC-2.0xの2種があり、Z 800mmf/6.3と組み合わせるとそれぞれ1120mm f/9.5、1600mm f/13相当で使用可能だ。
テレコンバーターを使わなくてもカメラ側でクロップ撮影すればより大きく写すことができる。これは画素の一部を切り取って擬似的に望遠効果を得るもので、Z 9をDXクロップすると1.5倍の望遠効果が得られて1200mm f/6.3相当の超望遠撮影ができる。DXクロップすると1.5倍の望遠効果と引き換えに画素数が4,544万画素(8256×5504ピクセル)から1,936万画素(5392×3592ピクセル)に目減りするが、1,900万画素あれば画質的には十分とも言えるだろう。
まとめ
ニコンZ 9で野鳥撮影を楽しむユーザー待望の超望遠レンズNIKKOR Z 800mm f/6.3 VR Sは、大きい、重い、高いの三重苦が当たり前の800mmの常識を覆す画期的なレンズである。入手初期の段階ではパフォーマンス面での不安も多少あったが、やはり機動力に優れた800mmというのはとても使い勝手が良く、今ではすっかりメインレンズして活躍してくれている。一眼レフで超望遠レンズに使い慣れてきたベテランはもちろん、これから野鳥撮影を始めたいという方々にも安心してオススメできる一本だ。
※(c)Koji Nakano/写真の無断転載禁止
■写真家:中野耕志
1972年生まれ。野鳥や飛行機の撮影を得意とし、専門誌や広告などに作品を発表。「Birdscape~絶景の野鳥」と「Jetscape~絶景の飛行機」を二大テーマに、国内外を飛び回る。著書は「侍ファントム~F-4最終章」、「パフィン!」、「飛行機写真の教科書」、「野鳥写真の教科書」、「飛行機写真の実践撮影マニュアル」など多数。