ニコン NIKKOR Z 85mm f/1.8 S|中望遠単焦点レンズで描く旅と日々のスナップ
はじめに
85mmという焦点距離は、標準ズームレンズのテレ端(一番望遠側)あたりに近い数字であり、用途としてはまず真っ先に「ポートレート」が思い浮かぶ方が多いのではないでしょうか。今回は中望遠に分類されるニコンのNIKKOR Z 85mm f/1.8 Sで、敢えてのスナップ撮影に出かけてみました。
中望遠、85mmという画角
中望遠に分類される85mmの画角は、スナップ撮影にはちょっと狭いと感じる方も多いのではないかと思います。ましてや旅先では次々に目の前に現れる新しい情報を、あれこれたくさん撮りたくなってしまうもの。
一方で視界に入る情報から主体となるものを選び、不要なものを削り落とすことで撮りたいものを明確にする、という点においては85mmの焦点距離が活躍します。撮影時に何をどこまで入れるのか、撮りたいものをフレームに入れるには自分の立ち位置をどのあたりにするのか、時には「これ以上は下がれない……!」と不自由に感じることもまた、この画角ならではの楽しさと感じながら撮影を進めました。
今回は7月に北海道を訪れたのですが、到着してすぐにサッポロビール園を訪ねました。この場所に来るとまずフォトジェニックなレンガ造りの建物にテンションが上がるとともに、目に留まるのはやはり「赤星」。まずは引きで建物や窓の形、そして煙突を入れたカットを撮影。さらに建物に寄って赤星を大きく、壁の赤星はステンドグラスとして建物内部から見るととても綺麗だろうなと想像しながら、三角屋根のてっぺんに掲げられたふたつとともに天に向かって堂々とそびえるさまを切り取りました。
ニッカウイスキーの工場見学にも参加しました。通路が伸びて奥行きのある場所ですが、望遠による圧縮効果もあり、石造りで赤い屋根のヨーロッパ調の建物とかわいらしい形に揃えられた木、そして奥にはウイスキーの樽といった素敵と思える要素がぎゅっとまとまった一枚になりました。ちなみに敷地内の電線はすべて地中に埋められ、非常に景観に配慮された場所で、どこを向いてもフォトジェニックで素敵な場所でした。
夏咲きのコスモスを見つけました。最短撮影距離が0.8mと長めなので、小さなお花を大きく撮るにはあまり適しているとはいえないレンズですが、コスモスであれば周囲の様子も入れつつ、しっかりお花の存在感の伝わる大きさで撮ることができました。
85mm F1.8のボケ感
本レンズの開放F値はF1.8。同じF値でも焦点距離が長くなるほど被写界深度は浅くなるため、85mmという中望遠の要素も加わりピントの前後に大きなボケを得ることができます。また「滑らかで柔らかく自然なボケ」という謳い文句の通りの、とろけるようなボケ味が楽しめます。
ひまわり畑にずらりと咲き並ぶ中から一輪を選びましたが、被写体の前後が大きくボケることで主役となる一輪が浮かび上がっているように見えます。また、ピント面から前後に向かって非常に滑らかにボケており、背後のひまわりは大きく柔らかなボケとなって表現できています。
夕方の神戸の街をスナップ。ピントは店先のガラス面に合わせ、奥に写る店内の照明などが大きく柔らかなボケとなりました。
玉ボケの大きさと形を比較してみました。開放のF1.8だと85mmという焦点距離もあり、大きな玉ボケができたもののややレモン型となりましたが、ダイヤルひとつ分絞ったF2.0では中央部分はボケの大きさはほとんど変わらずほぼ真円となりました。また絞り値が大きくなるにつれて、絞り羽根の枚数(9枚)がわかる形のボケとなりました。
▼F1.8
▼F2
▼F2.8
▼F4
シャープで繊細な解像感
単焦点レンズならではのヌケの良さ、ピントの前後は柔らかくボケつつもピント面はしっかりとシャープな解像感を得られることも、本レンズでの撮影が心地よく感じられる要素のひとつです。
シャープで繊細な描写にピッタリな被写体としてガラスを撮影してみました。下の2枚はできるだけ最短撮影距離(0.8m)まで寄ってピントの前後を大きくボカしたものと、F値は開放のF1.8ではあるものの被写体からの距離を取って被写界深度をもう少し稼いで撮影したものですが、どちらもガラスの透明度や質感がピシッと伝わるものとなりました。
ひまわりにやってきたハチも、その身体や羽根の艶やかさや細かな花粉を付けている様子をしっかり描写してくれています。
暗所での優位性
開放F値が小さいということは、絞りを大きく開いて多くの光を取り込むことができるということであり、光の少ない暗い場所でもシャッター速度が遅くなりにくく、ブレに強いというメリットが挙げられます。
暗い場所のひとつは室内。前述のニッカの工場見学時にウイスキーの樽を並べた貯蔵庫も見学させていただきました。木の樽がずらりと並んだ貯蔵庫はやはり撮りたくなるものですが、何しろ暗いのでブレが心配なシチュエーションです。絞りは開放で、ISO感度は800に設定。シャッター速度は1/80秒となりましたが、手ブレ補正もあるので感度はこれ以上は上げずに撮影しました。
レトロな建物の階段を下りる途中で素敵な照明に目が留まりました。背景の扉の模様も素敵だったので、あまりボケ過ぎないようにF2.8に絞って撮影。
夜の街で、絞りは開放のF1.8に設定し、街灯や建物の明かりを利用して目に留まったものをスナップして歩きました。暗い中でもピント面のシャープさや、コンクリート壁の細かなディテールまでしっかり描写されていることがわかります。
旅と日々のスナップ
最後に、今回の北海道旅と日々のスナップをいくつかご紹介いたします。
赤いレンガに囲まれたブルーグレーのキャノピー(入口前の天蓋)の色や形、また前庭の黄色い花やグリーンが醸し出す空気感を、ローアングルかつピントを敢えて手前のお花に合わせることで、少し遠い世界のものといったイメージで撮影しました。
余市のニッカウイスキーの工場敷地内を移動中の一コマ。整然と並んだ木の緑と三角屋根の倉庫、これだけでも絵になる光景ですが、ちょうどやってきたウイスキーの入った樽を運ぶリフトがアクセントとなりました。
工場見学の途中、蒸留のためのポットスチルへ案内していただいた際に、タイミングよく職人さんが火を入れるところを見せていただけました。画角的に上のポットスチルまでは画面に入りませんでしたが、職人さんの姿も含めて炉に石炭が入れられるところをクローズアップして撮影することができました。
札幌の中心地、大通公園で手前に花壇のお花で前ボケを入れつつ、奥にはテレビ塔の足元とSAPPOROの文字を入れて。強い日差しの中で噴水の水飛沫が舞う様子に、夏らしい一枚となりました。
地元・神戸に戻って街スナップ。PLフィルターは使わずショーウインドーの映り込みはそのままに、ガラス越しでも繊細なレースの質感と照明によるやわらかな空気感の漂う一枚となりました。
ふと見上げた空が茜色に染まり綺麗でした。写真を撮る上で何かと邪魔者にされてしまいがちな電柱や電線ですが、倒れないかと心配になるくらいの斜めっぷりとごちゃごちゃとした配線が印象的で、そのままシルエットとしてフレームに入れてみました。
まとめ
今回はNIKKOR Z 85mm f/1.8 Sで旅先と日常スナップを撮影してみましたが、正直なところ「もう少し広い画角が欲しいなぁ」と思う場面は多々ありました。一方で、画角を自在に変えて「感覚で撮る」ズームレンズとは違って「ここで私が撮りたいものって何だろう?」と考えて自分の立ち位置や構図を決めたり、撮影した写真を見て画角やボケ感からフレームの枠外をイメージさせてくれる余韻を感じるところに「中望遠の単焦点」の醍醐味があるのだと改めて思いました。85mmはスナップ撮影の際には、広角系の単焦点レンズと合わせて2〜3本持ち出す中に是非とも入れたいレンズです。
■写真家:クキモトノリコ
学生時代に一眼レフカメラを手に入れて以来、海外ひとり旅を中心に作品撮りをしている。いくつかの職業を経て写真家へ転身。現在はニコンカレッジ、オリンパスカレッジ講師、専門学校講師の他、様々な写真講座やワークショップなどで『たのしく、わかりやすい』をモットーに写真の楽しみを伝えている。神戸出身・在住。晴れ女。
公益社団法人 日本写真家協会(JPS)会員