映画の中の、あのカメラ|02 007/サンダーボール作戦(1965)ニコノス I型

映画の中の、あのカメラ|02 007/サンダーボール作戦(1965)ニコノス I型

はじめに

皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。

ダイナミックな水中撮影が盛り込まれたスパイ映画

007シリーズは、おそらく世界中の人が知っているスパイ映画シリーズ。英国諜報機関のエージェント007が容赦ない殺戮や魅力的な女性への狼藉を繰り返すことの是非論はさておき、世界の名所や海、山、空から宇宙空間まで、我々庶民が憧れる未知のロケ地はもとより、ボンドカーをはじめとする魅惑的な小道具が登場するのも見どころのひとつです。

テレンス・ヤング監督のシリーズ第4作『サンダーボール作戦』(1965)は、007シリーズとして初めて水中アクションを取り入れたことで観客の度肝を抜いた作品。主役はご存じショーン・コネリーです。

『サンダーボール作戦』のニコノス I型

原子爆弾を搭載したNATO空軍のヴァルカン爆撃機が訓練中に消息を断ち、犯罪組織スペクターは奪った原爆と引き換えに1億ポンド相当のダイヤモンドを要求(ひどいやつらだ)。そこで英国秘密情報部は原爆を奪還すべく『サンダーボール作戦』を発令(すごい名前だ)。
00要員であるジェームス・ボンドはバハマのナッソーへ飛び、海に不時着させた爆撃機から強奪された核爆弾を捜索します(もちろん色恋も忘れません)。

そこでスペクター所有のクルーザーに核爆弾が隠されていないかどうかを確認するために使われるのが、本編の主役であるニコノス I型なのであります。映画では水中カメラとしてだけでなく、装備品担当Qが改造したガイガーカウンター内蔵のスパイ用品としても使われています。

日本光学が初めて出した水陸両用カメラ

ニコノス I型は、1963年に日本光学が発売開始した水陸両用カメラです。ニコンのカメラといえば直線的な外観の印象がありますが、本機は楕円形の外殻を持つユニークなデザイン。B、1/30、1/60、1/125、1/250、1/500秒の表記があるシャッターダイヤルと同軸にフィルム巻き上げレバーがあります。レバー収納ポジションから撮影者側に押し込むとバネの力でレバーが飛び出し、それを押し戻すことでフィルムが1コマ巻き上げられてシャッターがチャージされ、レバーはホームポジションに。その状態で押し込むとシャッターが切れる仕組みです。シャッターボタンが無いのは、水の浸透してくる可能性がある穴の数を減らしたいという合理的な設計思考からだと思います。

防水用のOリングを装備した交換レンズ

ニコノスの防水性能は6気圧。地上海抜ゼロメートルを1気圧とすれば、静圧環境下において50メートルまで潜水させることができます。特殊な防水ハウジングなしにこの防水性能を持たせるのは結構大変なことだと思います。しかも、レンズは交換式です。レンズを外すには、ボディからレンズを被写体側にすこし引っ張る感じで持ち、左右どちらにも回転するので距離および絞り操作ノブが12時と6時の位置まで回すとポコッと外せます。

レンズマウントには防水用のOリングを装備。ここに微量のシリコングリスを塗布しておきます。レンズ外周にはノブ操作で指標の動く絞りおよび距離インジケーターがありますが、これを正面から見て逆さまに装着しておくと、水中撮影時に指標を確認するのが楽になるというのがニコノスを使うダイバーたちの編み出した裏ワザです。

ボディシェルからガバッと外れる本体

交換レンズ・ボディシェル・カメラ本体は、こんな風にバラバラになります。フィルム装填するときにはまずこの状態にしてあげる必要がありますが、プロセスとして重要なのはまずレンズを外すこと。そうしないとカメラ本体にレンズのバヨネットが噛み合っているので分解することはできません。

カメラ本体のトップカバー外周にも、交換レンズと同様にOリングが入っているので、ここにも微量のシリコングリスを塗布して防水性能を確保しておきます。ここにグリスが塗ってあるとボディシェルから抜き出す時の感触も良くなります。そのフィーリングはサザエの壷焼きに箸やフォークなどを刺して、ニュルっと引き上げて中身を取り出したときの達成感に近く(個人の感想です)、他のカメラにない操作感です。

ワインのコルク抜きみたいな吊り革具

ニコノス I型からIII型までの鉄則は、フィルム装填の前にまずレンズを外すこと。次にボディシェルから本体を抜くのですが、その時に使うのがストラップ吊り金具です。本体の左右端にある突起部分に金具を左右均等にあてがい、テコの原理でグイッと金具を下に動かすと、ニュルっと本体が浮き上がってスポッと抜けます。これはワインのコルク抜きと同様の原理ですね。

ニコノス I型が開発されていた昭和30年代の日本では、ウイングタイプのコルク抜きって一部の裕福な世帯でしか見られないものだったのではないかと推測します。何でこんな発想ができたのかといえば日本光学の設計担当者がワイン通の人だったということではなく、ニコノスはフランスの潜水器具メーカー、スピロテクニーク社が開発したカリプソという名前の水陸両用カメラをアレンジしたものだったから。この機構は、日常的にワインの栓を開けている国民でなければ発案できないと思います。

コンパクトなボディにはスプロケット未搭載

ボディ本体にフィルムを装填するには、バネの効いた圧板の下にフィルムのリーダー部分を潜らせて、シャッターダイヤルと同軸の太い巻き上げスプールの溝に差し込んで、前述のフィルム巻き上げレバーを何回か往復させてセットします。

ニコノス I型がコンパクトなスタイルを実現している理由としては、フィルムのパーフォレーションに噛み合って送り出し、8個ぶんで止める役割を果たすスプロケット機構を搭載していないことが挙げられます。このことから、ニコノス I型ではフィルムを送っていくに従ってコマ間隔がどんどん開いていくので、最終カット近くでは現像済みのフィルムをスリーブに入れる際に1列に6コマを入れることができなくなります。この不都合はスプロケットを採用した大ぶりなボディのニコノス III型以降では解消されます。

小さなフィルムカウンターと富士山マーク

ボディシェルの底面には小さな覗き窓があり、フィルムが現在何コマ目まで使われたのかを示すカウンターが見えます。カウンターはボディシェルを引き抜くとゼロ帰針する自動復元式を採用。とはいえこの数字、水中でゴーグルをして確認するのはちょっと難しいのではと思われる小ささです。

ボディシェルには小さなダイヤモンドパターンが刻まれて、濡れた手でも滑りにくい実用的な合成皮革が貼り付けてあります。ニコノス I型のごく初期には、海中で落とした際に見つけやすいように白い貼り革のモデルが少数生産されたとのこと。シェルの背面にはプリズムと凸レンズを組み合わせた枠に”NIPPON KOGAKU TOKYO”と記した旧日本光学のシンボル、通称富士山マークがあるのもニコノス I型の特徴。後続のII型では斜体の“Nikon”に変更されます。

水中用の外付けフレームファインダー

ニコノス I型には窒素封入された防水のアルバダ式光学ファインダーを搭載していて、35mmの撮影枠を確認することができます。このファインダー部分は防水が効いているとはいえ、ダイビング用のゴーグル越しではアイポイントが短すぎて使えません。そこで、水中ではオプションの外付けフレームファインダーを装着して撮影します。

ニコノス I型の標準レンズとして用意されていたのはW-NIKKOR 35mm F2.5。これはレンジファインダー機のニコンSシリーズ用のレンズを、水中使用可能なニコノスマウントの鏡筒に換装したものなので陸上でも素晴らしい写真が撮れますが、水中での収差に合わせて専用に設計された水中用レンズは陸上で使うとピンボケになるのでご注意ください。

まとめ

ニコン初の水陸両用カメラ、ニコノス I型の発売は1963年。当初は水中撮影に対する一般人の関心はそれほど高くなく、多くの在庫を抱えてしまったとか。その状況から一変して1966年から急激に売れ出したそうです。その理由は本編でご紹介しました007シリーズ第4作『サンダーボール作戦』が1965年の暮れに封切りされたことが影響していた模様。

現存するニコノス I型は発売から60年も経過しているので防水性能は失われていると考えるのが無難です。だから首から下げて海中へとエントリーするのは避けるべきですが、W-NIKKOR 35mm F2.5、NIKKOR 80mm F4およびLW-NIKKOR 28mm F2.8の3本は陸上で使える設計なので、目測式のクラシカルなスナップシューターとして今でも撮影に使うことが可能です。

 

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

 

 

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