ニコン Z 8|野鳥撮影でのインプレッション
Z 9×機動力=Z 8
ニコンZシリーズ初のフラッグシップ機として登場したニコンZ 9。発売から1年半を経た今なお衰えない人気の秘密は、何機種分ものカメラが持つ能力を1台に詰め込んだことにある。そのZ 9唯一の欠点ともいえるのは大きさと重さで、フラッグシップ機を使い慣れたユーザーでない限り二の足を踏むだろう。
Z 9の並外れた能力はEN-EL18dという大容量バッテリーにより実現したものであろうし、我々ユーザーもそのことを理解したうえでZ 9の大きさと重さを受け入れてきた。将来的には「縦位置グリップ無しZ 9」が登場するだろうとは予想しつつも、出たとしてもそれはZ 9の機能限定版であろうというのが大多数の見立てだった。
そんな我々の予想を見事に裏切って、出し惜しみ無しのZ 9フルスペックで登場したのがZ 8である。4,571万画素の高画質、9種の被写体検出AF、RAW撮影時20コマ/秒の高速連写、そしてブラックアウトフリーのリアルライブビューまで採用し、縦位置グリップ無しのコンパクトボディに凝縮して世に送り出してきた。Z 9の能力をそのままに、機動力を大幅に向上したZ 8は、Z 9の兄弟機であると同時に、一眼レフカメラの決定版として名高いD850の系譜も感じさせる。
Z 8はバッテリーをZ 7IIやZ 6IIと共通のEN-EL15cという小型のものを採用しつつも、前述のように基本性能はZ 9とほぼ同じである。それどころか飛行機検出専用モードや美肌モードなどZ 9には無い機能を採用し、Z 9よりも優れている部分すらある。バッテリーが小型なためCIPA基準のカタログスペック上の撮影可能コマ数は330~370コマ程度と少ないが、フィールドにおける実写では1000コマ~2000コマ程度は撮影可能なので、1日あたりバッテリー2個+予備1個持てば事足りるという感覚だ。
筆者はZ 9発売を機に一眼レフからミラーレスのZシステムへ完全移行したが、それまで野鳥撮影のメインカメラはD500またはD850であった。D500とD850はフィールドでの取り回しがとても良かったが、Z 9への移行はカメラの大型化と重量増を招いた。もちろん撮影能力も向上したし、超望遠レンズもZレンズでは軽量化されたのでトータル的には生産性は向上したが、コンパクトなZ 9も欲しかったというのが本音である。そこに現れたZ 8はまさに筆者が望んでいた1台なのである。
Z 8と600mmをフィールドに持ち出して野鳥撮影に使用してみると数値以上に軽く感じ、Z 9で撮影しているときよりも軽快だ。被写体の動きに合わせて振り回しやすくなり、手持ち撮影時にカメラとレンズを保持できる時間も長くなったので、よりシャッターチャンスに強くなったといえる。なにより丸1日動き回ったあとの疲労感が楽になったのである。
▼Z 8+Z 600mm f/4 TC VR
▼Z 8+500mmf/5.6PF+FTZ
4571万画素の高画素機
Z 8のイメージセンサーは、Z 9と同じ4,571万画素と高画素で、ピクセル寸法は8,256×5,504px。パソコンのモニター上で100%拡大表示すると、あまりの繊細な描写に思わずニンマリしてしまう。これはもちろんカメラ本体のみならず最新設計のZレンズあってこその高画質であるのはいうまでもない。
野鳥撮影で便利なDXクロップ
高画素機で便利なのは、DXクロップを多用できることである。これは画素の一部を切り出して擬似的に望遠効果を得る機能で、いわば撮影時トリミングである。Z 8はFXフォーマット(フルサイズ)で4,571万画素(8256x5504px)なので、DXフォーマット(APS-C)にクロップして1.5倍の望遠効果を得ても1,936万画素(5392x3592px)で撮影できる。野鳥は警戒心が強く、超望遠レンズを使用しても大写しできないことが多々あるため、フル画素にこだわらずクロップ機能をうまく使いたい。
なお筆者は、カメラを構えたときに右手薬指で操作するFn2ボタンを押下することで、FXフォーマットとDXフォーマットを瞬時に切り替えられるようカスタマイズしている。このDXフォーマットメインの使い方をすれば、Z 8はD500の後継機にもなり得ることを意味する。つまりZ 8はD850のミラーレス版であると同時に、D500のミラーレス版とも捉えることができるのだ。
クロップ時は一眼レフのようにマスク表示ではなく、EVFらしくファインダー全面に拡大表示されて便利だが、反面FXフォーマットとDXフォーマットの区別がつきづらいので、FXフォーマットへの戻し忘れに注意が必要だ。
▼600mm
▼840mm
▼1,260mm相当(DXクロップ)
9種の被写体検出可能なオートフォーカス
Z 9に採用された9種の被写体検出可能なオートフォーカスは、Z 8にも採用された。Z 8では飛行機専用モードが独立したが、鳥を検出する専用モードは無いため野鳥撮影時は被写体検出を「動物」に設定する。
野鳥撮影におけるオートフォーカス性能については、Z 9の現行ファームと同程度という印象だ。AF精度や速度といったAF自体の基本性能は非常に高いものの、鳥の被写体検出についてはまだ改善の余地がある。AFエリアモードの設定は、オートエリアAFだと狙っている野鳥以外の部分に合焦してしまうことが多々あるので、筆者はワイドエリアAF-L+被写体検出ON(動物)を基本に、AF-ONボタン押下時はAFエリアモードが一時的にシングルポイントAFになるようカスタマイズしている。
また、レンズFnボタン押下時はダイナミックAF-Lになるようカスタマイズするとともに、至近距離の被写体に対してはフォーカスリング操作でピントを手前側に持って行き、Z 8が被写体を検出するため手助けを行う。ひとたびAFを引っかけさえすれば、あとはZ 8が被写体を追い続けてくれる。
RAW撮影時20コマ/秒の高速連写
Z 8の連写性能はZ 9と同じくRAW撮影時最大20コマ/秒の高速連写が可能。時間を遡って記録できるプリキャプチャ機能も採用されており、最大120コマ/秒(JPEG/NORMAL)の超高速連写もできる。
Z 9が登場する以前のミラーレスカメラは動体撮影に向かなかったが、それはEVFの表示遅延と連写時にEVF像が引っかかることにあった。しかしZ 9で採用されたリアルライブビューでは、ブラックアウトフリーであると同時に連写時のEVF像の引っかかりもないため、一眼レフからの移行でも違和感なく動体撮影ができる。このリアルライブビューはZ 8でも採用されているので、激しく動く野鳥を撮影する際も高精度なフレーミングが可能だ。
CFexpress/XQDとSDのダブルスロット
メモリーカードスロットはCFexpress/XQDとSDのダブルスロット。高速書き込み可能なCFexpress Type Bメモリーカードと、入手しやすく汎用性の高いSDカードが使用できる。Z 8の性能をフルに生かすためにも、できるだけ高速書き込みできるCFexpressカードとSDXCカードを使いたい。
世界最速スキャンレートの積層型CMOS&メカシャッターレス仕様
野鳥撮影においては、とまっている鳥と飛んでいる鳥の、おもに2種の形態を撮影することになる。前者はシャッター速度を遅めにしてできるだけ高画質を得て、後者はシャッター速度を速めにして動きを止めるのが基本的な撮り方だ。
とまっている鳥を撮影時における失敗例の多くは、ブレにある。ブレには被写体ブレとカメラブレがあるが、一眼レフカメラでは圧倒的にカメラブレによる失敗が多い。それはミラーとシャッター幕が作動することに起因する振動によるもので、超望遠レンズを使ってのスローシャッター撮影時は避けられないものだった。ミラーレスカメラでもメカシャッターでは作動ショックによるブレは避けられず、それはいくら手ブレ補正機能が優秀でも補正しきれない。その点、完全電子シャッターのZ 8はカメラが発する振動は皆無なので、適切な三脚さえ使用すれば暗所における撮影成功率が上がる。
メカシャッターレスで気がかりなのはローリングシャッター歪みだが、世界最速のスキャンレートを誇るZ 8の積層型CMOSセンサーならほぼ歪まない。たまに左翼を振り上げて右翼を振り下げているような、左右の翼の形が異なっている野鳥写真を見かけるが、あれはローリングシャッター歪みが顕著に出てしまった一例である。
まとめ
Z 9フルスペックをそのままに、軽量コンパクト化して機動力を手にしたNikon Z 8。実売約54万円と少々価格は高いと感じるかもしれないが、この充実した機能と性能をもってすれば納得いくはずだ。これまでZ 9に興味があってもその大きさと重さがネックとなっていたユーザーはもちろん、Z 9からの買い換え・買い増し、D850・D500からの移行、Z 7II・Z 6IIからのステップアップ、さらには他社製品からの乗り換えなど、すべてのユーザー層に自信を持っておすすめできる一台である。
※(c)Koji Nakano/写真の無断転載禁止
■写真家:中野耕志
1972年生まれ。野鳥や飛行機の撮影を得意とし、専門誌や広告などに作品を発表。「Birdscape~絶景の野鳥」と「Jetscape~絶景の飛行機」を二大テーマに、国内外を飛び回る。著書は「侍ファントム~F-4最終章」、「パフィン!」、「飛行機写真の教科書」、「野鳥写真の教科書」、「飛行機写真の実践撮影マニュアル」など多数。