ニコン Z 9 レビュー|Ver.4.10で追加された鳥認識AFの実力
はじめに
発売からすでに2年が経過したニコン Z 9だが、度重なるファームウェアアップデートを受けて今なお進化を続けている。2023年12月現在における最新ファームは10月4日に公開されたVer.4.10で、AF時の被写体検出に「鳥」モードと「飛行機」モードが追加された。野鳥撮影と飛行機撮影を専門とする筆者にとって、このアップデートはメジャーアップデート級のものであり、その進化度合いを実感できたのでここにインプレッションをお届けする。
ニコンZ 9の9種類の被写体検出AF
ニコンZシリーズ初のフラッグシップ機として、ニコンZ 9が発売されたのは2021年12月24日のことである。9種類の被写体検出AF、最高120コマ/秒の高速連写、ブラックアウトフリーのEVFなど、大胆なスペックを引っ提げて登場したZ 9は、ミラーレス新時代を築くに相応しい動体撮影カメラとして君臨している。
なかでも9種類の被写体検出AFはZ 9最大の訴求ポイントであり、検出対象となるのは「人物」、「犬」、「猫」、「鳥」、「車」、「バイク」、「自転車」、「列車」、「飛行機」の9種類。ディープラーニング技術を用いて開発したアルゴリズムを搭載し、構図やシャッターチャンスに集中できるようカメラがピント合わせをサポートしてくれる。ただし9種類の被写体検出AFといっても、これまでのファームでの被写体検出設定の選択肢は「人物」、「動物」、「乗り物」、「オート」の4種類であり、筆者が被写体とする野鳥は「動物」、飛行機は「乗り物」に設定するしかなかった。
それがVer.4.10では「鳥」と「飛行機」の専用モードが追加されてそれぞれのモードに設定できるようになり、鳥と飛行機の被写体検出精度が大幅に向上したというわけだ。
野鳥撮影における被写体検出AFの重要性
そもそも野鳥撮影において被写体検出AFが有効なのはどのような場面なのだろうか?
野鳥に限らず、動物写真では目にピントを合わせるのが基本である。Z 9においては画面のどこに鳥がいてもAF撮影できるカバー範囲を備えている反面、493点ある測距点のどこにピントを合わせるのかという問題が生じる。ここまで測距点数が多いと手動選択するのは大変だし、被写体検出無しでカメラ任せにするのも意図しない部分にピントを合わせてしまうリスクが高い。それを解決するのが被写体検出AFであり、動体撮影においては避けて通れない機能といえよう。
野鳥は我々が思っている以上によく動くもので、おとなしく水面に浮いているようなカモ類でも実際に撮影すると右に左に動き回る。このときAFを合わせたい部分である目は鳥の向きにより左右入れ替わるので、被写体検出がないとこれを手動で測距点選択せねばならない。また、鳥の大きさや構図によっても画面内における最適な測距点位置は変わるし、鳥の前景や背景にAFを引っぱられる要素も少なくない。ゆえに被写体検出精度というのは撮影の成否を分ける極めて重要な性能といえる。
Z 9 Ver.4.10の鳥検出AFの実力
それではZ 9 Ver.4.10の鳥検出精度はどれくらい向上しているのかを検証していこう。Z 9発売当初、すなわちファームウェアVer.1.00当時の野鳥検出精度はというと、水辺など背景がスッキリしている場合は検出精度もAF精度も高いが、背景が煩雑な場合は誤検出が多くAFも背景に抜けやすい印象を持っていた。
その後Ver.2.00、Ver.3.00、Ver.4.00と3回のメジャーアップデートを経るごとに被写体検出精度とAF精度は向上していき、Ver.4.10では初期のZ 9とはまったく別物のAF性能といえるまでに進化し、現在発売されているカメラの中でも一、二を争う被写体検出精度を有している。
枝被りの小鳥撮影でも優れた検出精度
水辺や草原の野鳥など、開けた場所での撮影では鳥の全身が見えやすく被写体検出もしやすいが、森林性の野鳥では全身が見えないことが多々あり、そのような場合には前後の枝葉にAFが引っぱられることが多々ある。
Z 9 Ver.4.10ではこのような難しい場面でも合焦率が向上した。もちろん一発で合焦しないこともあるので、筆者はAF-ONボタン押下時にフォーカスポイントをシングルポイントAFに変更するカスタマイズをしておき、AFを引っかけやすくしている。またレンズのフォーカスリングを回して、半マニュアルフォーカスでZ 9に被写体を認識させやすくするのもテクニックのひとつだ。
猛スピードで飛ぶカワセミに完全にAF追従
池の畔でカモを撮影していたら「チィー!」というカワセミの声に気づき、咄嗟にカメラを向けて撮れた一枚。猛スピードで飛翔するカワセミを、Z 9は確実に仕留めてくれた。
枝から飛び立つカワセミを、プリキャプチャー120コマ/秒で撮影してみた。多くのカメラではカワセミの速さにAFが付いていけないが、Z 9のAFは毎秒120回もの測距演算を行っており、カワセミの動きに被写体検出もAFも追従しているのにはさすがに驚かされた。
Ver.3.00あたりからはAFの初速が速くなり、AF追従性も向上したかなという実感があったが、Ver.4.10で鳥認識が追加されたことでさらに動体撮影精度が向上している。
空飛ぶ松ぼっくり
地面に落ちている松ぼっくりを咥えて飛び上がるイスカをプリキャプチャー120コマ/秒で捉えた。イスカが飛び上がった瞬間は手前の草にAFを引っぱられてピンボケ状態だが、数コマ後にはAFを合わせに行っている。EVF映像の検出枠自体はイスカから一瞬外れたものの、撮れた写真では合焦している。Z 9では被写体をファインダー内に捉えてシャッターを切りさえすれば、人間業ではとうてい成し得ないシーンが撮影できるようになった。
自由自在に変形するミサゴを撮る
鳥検出が難しい理由の一つは、被写体の形が変わることにある。鳥は止まっているときと翼を広げているときでは姿形が全く異なるし、ミサゴのように突然翼をすぼめてダイビングする姿は、もはや鳥の形をしていない。それでもZ 9 Ver.4.10では以前とは別のカメラと思えるほどのAF追従性能を獲得している。
山バックの撮影では、補助的にマニュアルフォーカス併用
山バックで飛ぶ猛禽類などは、初期ファームのZ 9では背景にAFが抜けてしまう場合が多かった。その場合はフォーカスポイントを狭めるか、ダイナミックAFやシングルポイントAFなど、被写体検出自体をOFFにして撮影することもあった。Ver.4.10では鳥検出性能が大幅に向上したことでAFが背景に抜けることが少なくなり、よりカメラ任せで快適に撮影できるようになった。
とはいえ背景と同系色の鳥であったり、画面に対して鳥があまりにも小さいと、検出精度は低下する。このような場合にAFを合焦させる手っ取り早い方法は、マニュアルフォーカスを併用して鳥にAFを引っかけることである。とくにAFが背景に貼り付くとなかなか戻ってこないので、一旦フォーカスリングを鳥の手前側に回してからAF作動させることでAFを引っかける。ひとたびカメラが鳥を検出しさえすればあとはZ 9が追尾してくれるはずだ。
Z 9の鳥検出AFの弱点
無敵にも思えるZ 9 Ver.4.10の鳥検出だが、意外な弱点がある。サギやツルなど、細長い鳥は顔ではなくて胴体を誤検出してしまいがちなのである。これまでにダイサギ、アオサギ、コサギ、マナヅル、ナベヅル等でこの現象を確認しているが、皆共通して細長い鳥である。これらの鳥種では、顔と胴体に2つの検出枠が出現しがちで、検出枠の横に出現する△マークの方向にサブセレクターを動かせば検出枠を動かせるのだが、一手間増える煩わしさがある。
また、群れなど複数の鳥が同時に写り込む場合のターゲット選択に難があり、このような場合はAFエリアを狭めたり、被写体検出をOFFにするなど、手動でAFエリア選択するのが無難なのかもしれない。
まとめ
一眼レフ時代はカメラ性能を司るのはハードウェアであり、ソフトウェアをアップデートしたところで大幅な能力向上は見込めなかったものである。しかしミラーレス時代ではソフトウェアのアップデートによりカメラの性能や機能が大幅に向上することが、Z 9のアップデートによって実感させられた。もちろんこれは発売後もZ 9をアップデートさせることを前提に設計しているのだろうし、そのためにハードウェアにも余裕を持たせてあるはずだ。
2年前に発売されたZ 9とはまったくの別物のカメラに進化を遂げたZ 9のVer.4.10。野鳥や飛行機の撮影に特化した筆者にとってはこの上ないファームアップとなった。今後Z 9がどこまで進化するか楽しみだし、2024年の早い時期にはZ 8にも「鳥」モードを追加するファームアップが予告されているので、Z 8でより機動力に優れた野鳥撮影も楽しめそうだ。
※(c)Koji Nakano/写真の無断転載禁止
■写真家:中野耕志
1972年生まれ。野鳥や飛行機の撮影を得意とし、専門誌や広告などに作品を発表。「Birdscape~絶景の野鳥」と「Jetscape~絶景の飛行機」を二大テーマに、国内外を飛び回る。著書は「侍ファントム~F-4最終章」、「パフィン!」、「飛行機写真の教科書」、「野鳥写真の教科書」、「飛行機写真の実践撮影マニュアル」など多数。