ニコン Z 9 × 麦グラファー (平野 はじめ) |Sweet Home SAGA
はじめに
踏まれても立ち上がる、そんな麦の生命力に魅せられて。麦を愛するあまり、商標登録を取得しました。
私は農家でもビールが大好きな訳でもないです。
初めまして、麦グラファー®こと平野はじめです(※麦グラファーとは、麦とフォトグラファーをかけた造語です)。私の生まれ育った故郷佐賀は、全国有数の麦の生産地。早くも次シーズンで麦暦9年目を迎えようとしています。「廃にも美は存在し、目に見えるものがすべてではない」これは私の全作品に共通する視点です。
今回は【ニコン Z 9】で撮った作品と共に麦との出会いやこだわりをご紹介していきます。
はじまりは、遠くから…
歩いてかえろう
出遅れた20代後半での自分探しの旅、そこで私を待っていたのは、タイムズスクエアの喧騒や砂漠に落ちる夕陽。見たこともないような多人種、映画の中に迷い込んだようなカラフルな街並みを前に、夢中でシャッターを切り続けました。
”ここに居た事を残したくて”
それが写真家を目指した私の原点です。北米から帰国後、待っていたのは良くも悪くも変わらない故郷佐賀の風景。海外のダイナミックな景色たちと天秤にかけてしまい何を撮って良いのか分からなくなった私はスランプに陥りました。そんな時、目にしたのが見慣れたはずの麦。高台から見る優しく揺れる麦畑は、等間隔で植えられていて、ただ純粋に美しかった。この車窓からの1枚のように。
彼らは物語の主人公
水面
撮影時に意識していることは、イケメンや美女などの主役探し。私にとって、麦を撮影することは人を撮るのと同じような感覚です。だって”麦”もみんなと一緒で生きているんですからね。ただ、麦は人と違って、笑ったり歩み寄ったりしてくれる訳ではないので。撮り手側がいかに麦に寄り添って撮影するかがポイントと言えるでしょう。もちろん麦に限らず動植物撮影なども同じことが言えると思います。主役を探すために歩き続けることもあるし、1日かけても見つからない時もある。仮に見つかったとしてもその時のシチュエーションが合わなければシャッターを切ることすらしない。麦畑は毎日がオーディション会場、それが私のスタンスです。
撮影ロケ地に行ったら、”よーいどん”と言われたかのようにシャッターをガシャガシャ切っていないですか?
よーく観察してみてください。きっと撮ってほしいと求めているあの子に出会えるはずです。
三脚なしが麦グラファースタイル
Gradations
よしあしは人それぞれですが…麦撮影をする際、昼夜問わず三脚を使わないのが麦グラファースタイル。だだっ広い畑の中から主役を探すため、三脚を使うことによって直感的な動きや表現が制限されてしまいます。できる限り日中と同じスタイルでストレスなく撮影をしたいのが正直なところ。
この作品は日没後、麦畑の中のあぜ道からアスファルトに育っている麦を撮影しました。Z 9とレンズの連携による強力な手振れ補正効果により薄暗い日没後でもブレずに撮ることが出来ました。そういえば福岡市美術館で行った個展では、「まるで恋人たちや家族のよう」などとほっこりした感想を沢山いただけたのも嬉しい事の一つですね。一度きりの夕陽の濃淡を、彼らも見ていたのでしょうか。夢をつかまえるという蜘蛛を肩にのせて。
クローズアップに
Glass Tears
遠くから眺めていた麦、いつしか引き寄せられていきました。撮影回数を重ねるうちに麦そのものにも興味がわいてきて、農家さんに声をかけては品種や育て方を聞くことも増え、気づけば互いの撮れ高(穫れ高)を話すように。
ニコン純正のマウントアダプターとFマウントレンズのAF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G EDを組み合わせて、私の好きな情景のひとつ、雨上がりの畑で出会った”チクゴイズミ”を撮影しました。雨粒の顕微鏡には、逆さの小宇宙が。
暗所でも小さな主役を逃さない
Spotlight
下積み時代から私が撮り続けているもののひとつは、クラシックバレエです。スポットライトをあびるプリマも、舞台を彩るバレリーナたちも、すべてが大切な存在。それは、麦畑でも同じ。
暗所で撮影をする際、ストレスを抱えた経験があるかと聞かれたらほとんどの人は”YES”と答えるでしょう。私もその一人で、日が落ちた薄暗い麦畑では主役を探すことすらとても苦労します。今までのピント合わせはMF(マニュアルフォーカス)を使うことも多く、ピントが甘かったり、撮影リズムが落ちたりしたこともありました。Z 9は9種の被写体認識AFを搭載する点もすごく魅力的ですが、[ピンポイントAF]も忘れないでほしいです。私はこの機能を大変重宝しています。合焦するまでのスピードは落ちますが、小さい被写体はこれに限る。ぜひ試してほしい機能です。
ファインアートとしての麦表現
Day dream
「佐賀平野」との呼び名どおり、私のふるさとに限りなく地平線が広がり、風が吹きわたっています。5月頃は、あたり一面が黄金色。
いつもの見慣れたはずの風景が突如色を変える、そんな感覚を私は麦畑でなんども経験しました。そのときの心象風景に浮かんでいた空をPhotoshopにて合成加工した、ファインアート的な作品。表現したいと思う気持ちは、撮影技術だけではなくアイデア力も成長させてくれます。
息をのむことを忘れさせるような瞬間
航海
大海原の荒波を超える船のように、ドラマのある麦畑は私を惹きつけてくれます。シャドーを強く出す表現が好きで、アンダー気味で撮影を行なっているとどうしてもEVFでも見づらくなってしまうことが多かったのですが。Z 9の電子ビューファインダー(EVF)は精細な表示がまるでファインダー内でスライドショーを見ているよう。AF動作中に解像度が下がることはなく滑らかです。
また、風でなびく麦や動体を連写することもありますが「遅延」がなく、「もうほぼ光学ファインダー」といっても申し分ない仕上がりで、さすが、世界で初めてファインダー像の消失が起きることのない「Real-Live Viewfinder」搭載だと思いました。映し出される画は爽快と言えばよいでしょうか、そんな例えにしたいくらい美しいビュー表示をしてくれるカメラです。
絵画的タッチで表現する麦
老麦 -長生きした分の美しさ-
先に結論を言えば、【テレコンを使うと画質とAF性能が低下する】は過去の話だと思っています。個人的には開放からの撮影でも大きく気になることはなかったのですが、絞って撮影することで、より納得できる画質を得られると思いました。水墨画をイメージし、麦の長寿を切り取った1枚です。刈り取られる直前まで生をまっとうする、潔さ。
レースのひと針、麦一本まで鮮明に
麦秋
麦秋とは、穂が実り麦にとっての収穫期を迎える初夏をさす日本古来の季語です。人々の平和な営みの象徴である落陽の麦畑。中世ヨーロッパを思わせるたたずまいの被写体に写実的なタッチ、私自身の代表的なモチーフであるインディアンヘッドドレスを掛け合わせることで、時代や国境を超えた生命の輝きを切り取りとった私の代表作です。
ラージサイズのプリント作例として使用いただけることもあり、率直にZ 9のパワーを感じさせてくれる1枚。レースや麦の細かい芒(のぎ)までも抜けがあり、シャドー部分もつぶれることなく描写しています。画素数の高さから、”もうちょっと寄りたい”を安心してクロップ撮影できる高解像度機です。
さいごに
私にとって麦撮影はライフワークの一部です。決まって”麦のどこが好きですか?”などの質問をいただく事が多いのですが、決して麦のルックスだけが好きだから撮影している訳ではありません。麦撮影は季節が限定される。私にとってそれは”甲子園”みたいなものなのです。
今まで故郷佐賀をなかなか好きにはなれなかったけれど、レンズを向けることを通して麦畑は居場所のひとつとなりました。
麦は私の世界を広げ、人とのつながりを産んでくれる。静かに、生きざまを見せてくれる。
皆さんにとっても、きっとそんな存在が案外身近にひそんでいるのではないでしょうか?麦畑でもストリートにも、ありふれた場所にでさえ非日常への入り口はあるものです。
ストレートな表現で忠実性があるからこそ現場での信頼度は抜群に高く、 撮影ジャンルを問わずどんなシチュエーションでも対応できる心強いフラッグシップカメラ、それが【Z 9】だと思います。
■写真家:平野はじめ
日本有数の麦の生産地佐賀市で育つ。その生命力に魅了され、商標登録を取得。自分探しの渡米で写真に目覚め、帰国後舞台撮影などを経て独立。「廃にでさえ美は存在し、目に見えるものがすべてではない」という視点をもとに、ドローンでも一瞬を切り取る。新聞・ラジオ・TV出演・業界誌執筆や個展開催など、フォトアーティストとしてだけではなく、モデル・タレントとしても活動の幅を広げている。
現在、佐賀市公認観光アンバサダーリーダーも務める。ニコンHPで「NIKKOR Z 50mm f/1.8 S×平野 はじめ」を公開中。
2023年 ソニー ワールドフォトグラフィーアワード 日本部門賞 第1位 2024年 同部門賞 第2位
PX3やIPAなど世界的フォトコンテストでも受賞多数。