ニコン Z fc 開発者インタビュー|話題のミラーレスカメラを徹底解説
はじめに
往年のフィルムカメラにインスピレーションを受けたデザインが話題を呼んでいるニコンの新作ミラーレスカメラ「Z fc」。今までのZシリーズとは一線を画す存在であることはその見た目から明白ですが、ではなぜこのZ fcは誕生したのか。Z fcとはどんなカメラなのか。開発者へのインタビューを通して注目のカメラを深掘りしていきたいと思います。
今回お話を伺ったのは、商品企画全般を担当した株式会社ニコン 映像事業部のハウ・ネルソン氏、プロダクトデザインを担当した株式会社ニコン デザインセンターの鈴木舟氏です。
Z fcの開発経緯
― まずZ fcですが多くの反響を呼んでいます
ネルソン:ありがとうございます。ここまで反響があるとは予想していなかったので未だに半信半疑ではありますが、非常にありがたいと思っています。
鈴木:ニコンのカメラでここまで話題になる、お客様からこんなにも反応があることが、(私自身)初めての経験でしたので非常に嬉しく思います。
― Z 7・Z 6シリーズ、Z 5、Z 50などミラーレスカメラのラインナップが揃ってきた中でZ fcが開発された経緯を教えて下さい
ネルソン:ラインナップを拡充させてきた中で、他のZシリーズとは一味違うコンパクトで高機能なモデルを出したいと考えました。ユーザー層の裾野を広げることを一番の目的に、何をどうしたらいいか考え、一味違う、ニコンのヘリテージ(伝統)を活かしたデザインの発想が生まれました。プライマリーターゲットは20~30代の若年層を意識しており、特に持ち物にこだわっている女性にもアピールしたいと考えました。そういった方にはニコンのいままでの製品とは違うものを出さないと響かないと思い、こういったカメラを企画しました。
鈴木:従来のニコンのカメラは使い勝手を重視し、機材として本格的に使えるという部分にフォーカスしてきました。それに対して今回のZ fcは、よりユーザーの生活やライフスタイルに馴染む、より身近に使ってもらえる、そういったコンセプトがありました。また、ニコンのヘリテージデザインをベースにしようと、企画が進んでいきました。
― Z fcという名前に込められた意味を教えて下さい
ネルソン:Z fcの「f」はfusion(フュージョン)を表します。以前発売されていたデジタル一眼レフカメラ「Df」のfと同じで、ヘリテージなフォルムに最新の技術が融合されていることを意味します。
また、「c」はcasual(カジュアル)です。とにかく気軽に写真を撮っていただきたい。アウトプットも大事ですが、そこまでのプロセスを楽しんでほしいと思います。カジュアルにコンパクトに、どこに持っていっても自分のライフスタイルに融合するように開発しています。
こだわりのデザインや機能について
― FM2にインスパイアされたデザインとのことですが、外観のポイントは何でしょうか
鈴木:Z fcは、FM2という明確なインスピレーションの元があり、これまでニコンの機材を使ってこられた方は、ご存じの方も多くいらっしゃいます。そういうお客様が手に取った時に違和感がないように、FM2が持っている存在感を大事にしました。
FM2はフィルムカメラ、今回のZ fcはミラーレスカメラなので、そもそもの骨格が違いますよね。なので、同じようなデザインを着せても全く違うものになってしまいます。同じ佇まいを感じさせつつも、デザイン自体はそれぞれの骨格に合わせてチューニングしていくことで、新しいデザインでありながらFM2が持っている雰囲気が表現されるように工夫しました。
細かいディテールで言えば、丸型のファインダーや革の意匠などはフィルムライクなカメラのデザインにおいて喜ばれるポイントと考え、そういう部分まで一つ一つ丁寧に作り込んでいます。手に取ったとき、「本物のデザインなんだな」と感じてもらえたら嬉しいです。
また、Z fcではFM2の完全再現を目指したわけではなく、新しいミラーレスカメラにFM2にインスパイアされたデザインを入れ込んだモデルになります。例えば、ダイヤル類に関していうと、FM2ではプラスチックでしたが、Z fcではより「持つ喜び」や「操作する喜び」を高めるため、金属削り出しのダイヤルを使っています。さらに、文字の一つ一つをとっても、FM2発売当時の刻印文字を採用し、文字自体も彫り込んで色を入れるという手間とコストがかかるようなことをしています。手に取って近くで見た時も「ああ、ここまで作り込んでいるんだな」と感じられるデザインとなるよう、努力しました。
ネルソン:FMシリーズは、見た目でいうと実はどれも大きく変わりません。しかし、FMからFM2になって、シャッタースピード1/4000秒やシンクロ速度1/250秒など画期的な機能が加わり、コンパクトで高機能、かつ手に入りやすい価格だったことも極まり、プロだけではなく一般の人にも広く使ってもらえるカメラとなりました。結果、大ヒットモデルとなりました。Z fcでは、FM2をオマージュするという想いがありました。
― 完成形のデザインに辿り着くまでの過程を教えていただけますか
鈴木:ここに並んでいるような検討用のモックをいくつも作って、デザインをブラッシュアップしました。Z fcではデザインのバランスやプロポーションがとても大事だったので、簡単にできる石膏モックや樹脂モックをどんどん作りながら細かいディテールを詰めていきました。最初に作ったモックはペンタプリズムが小さく、全体的なバランスが悪い結果になりました。EVF搭載のミラーレスカメラでは「頭」が小さくなりがちですが、やっぱり違和感がありますよね。
ペンタプリズムとボディのバランスだけでなく、シルバーとブラックの色のバランスなども慎重に検証しています。サイズが同じでも、白黒の比率が違うだけでプロポーションが変わって見えるんです。そういった部分も立体で確認しながら、実際の製品となったときにどういうバランスに見えるのか、検証しながら作っています。
開発の過程では、実際のマテリアルに近い素材を使用したモック、ダイヤルやレバーが動かせるモックも作って操作性などを検証しました。操作したいときにすぐに操作できるけど、誤作動などで簡単に動かない、そんな力量と形状のパラメータのバランスがとれた快適なデザインとなるよう、試作機で感触をみながら仕上げています。Z fcでも、従来のZシリーズと同じ開発プロセスを踏んでおり、社内で操作性のレビューなども経ているので、その辺りの性能もしっかり担保されています。
ネルソン:外観から入ったデザイン、見た目のためだけのデザインではなく、使いやすさも考慮されたデザインというわけです。ボタン一個一個のクリック感なども何回も微調整して完成にこぎつけています。
― フラットなボディデザインもZ fcの特徴ですよね
ネルソン:Z fcとZ 50を比べると明らかに違うのがグリップ部分です。フラットボディーを実現するためバッテリーを縦から横向きに変更し、シャッターユニットもZ 50からは180度ひっくり返した向きに配置しています。FM2にインスピレーションを受けていることももちろん影響していますが、Z fcでは女性や若年層を意識しているので、スムーズにカバンに出し入れできることが重要と考えたこともあり、グリップをなくしています。コンパクトさを優先した美しいフォルムを実現した一方で、ホールド感は多少犠牲になっています。そのため、オプション品として「Z fc用エクステンショングリップ Z fc-GR1」も別で企画することになりました。
鈴木:Z fcはレンズ交換式ですし、装着するのはコンパクトなレンズだけではないだろうということで「Z fc用エクステンショングリップ Z fc-GR1」を用意しました。Z fcは軽量で撮り回しが良いことが売りなので、エクステンショングリップを装着してもゴツくなってはいけない。カメラに装着した際、より一体感があるよう設計しています。ホールド性は高まるけどコンパクト性は損なわれないことを考慮した結果、底面などは最低の高さで抑えつつ、従来前側にしかなかったグリップをリア(親指部分)にも設け、両方でケアすることで小さくてもしっかり握れるよう工夫しています。
― 機能面での特徴は何が挙げられますか
ネルソン:基本的な性能はZ 50と同じです。違いはモニターがバリアングルであること、USB Type-Cの給電・充電ができること、内蔵フラッシュです。ただ、形が違うと使い方も違ってきますし、Z fcでは特に上面に並んだダイヤルを活用していただきたいと思っています。Z 50ではいかに速く、正確に、キレイな写真や動画が撮れるかを重視し開発しましたが、Z fcでは撮るときの喜びを大事にしました。一個一個ダイヤルをいじって、自分が何をしたらどういう写真が撮れるのか、写真の基本が上から見てすぐわかるようにレイアウトしてあります。
こういったマニュアル操作は初心者には難しいと思われがちですが、実はメニューに入らず全てダイヤルで操作できることは逆にシンプルな一面があります。一つのダイヤルに一つに機能しかついてないのがポイントですね。
鈴木:一方で、正しく設定をして撮らなければいけないこともないと思っていて、Z fcでは自由に自分が表現したいように撮ってほしいと思っています。設定してみて「なんか光飛んじゃったけどキレイに撮れたな」とか、「ピント合ってないけどなんかおしゃれに撮れたな」とか、そういうのがあってもいいと思います。
写真が上手くなりたい人はそこから、「このダイヤルはもっとこうすればこうなるんだ」と学んでいけばいいし、もしくはこれも表現だと、そのまま使ってもいいでしょう。とにかく、パラメータをいじるカメラの楽しみは最近のカメラではなかなか感じられないと思うので、難しいか簡単かというより、撮影の楽しさを再発見してもらういいキッカケになるんじゃないかなと思います。
ネルソン:バリアングルモニターも撮影の自由度を高めてくれますが、裏返しにしておけば昔のフィルムカメラみたいに何がどう撮れたのか分からないため、ドキドキ感が味わえます。Z fcのEVFはZ 50同様に見やすさを重視しているので、背面モニターを使わずとも快適に撮影できると思います。EVFは他社と比べても輝度を高くしており、明るく見えることで“見やすさ”に繋がっています。
― Z fcではAUTOモードでも露出補正ができるようになりましたね
ネルソン:露出はシャッタースピードと絞りをいじると大きく変わってしまうので、簡単に調整できるよう露出ダイヤルを設けました。どんなモードでもすぐに微調整できた方が便利ですからね。自分の思った通りの露出で撮影できるよう、ぜひプラス/マイナスに回してみてください。
― 動画撮影については意識された部分はありますか
ネルソン:Vlog撮影においても、バリアングルモニターが役立つと考えています。自分撮りモードも搭載しており、モニターを反転させるとタッチ操作しやすい位置にセルフタイマーが表示される点もZ 50と比べて進化したところですね。Zシリーズの若年層ユーザーは、旅行はもちろん自宅でもいろんなシーンを撮ってSNSにアップしているので、その点については意識して使いやすいように開発しました。
Z fcをどう使ってほしい?
― 往年のカメラファンからこれからカメラを始める若年層など、幅広いユーザーに受け入れられる機種になりそうですね
鈴木:Z fcのインスピレーション元にFM2を選んだのは、ニコンのカメラをこれまでなかなか使ってこられなかった若年層や女性の方々、そしてもちろんこれまでのニコンファン、どちらのお客さまにも届けたい想いが込められています。FM2は壊れにくいこともあって、プロもサブ機として使うほどでしたが、一方で、写真学校などの教育場面で初心者にも使われるカメラだったため、Z fcを届けたいユーザーとすごく重なる部分がありました。表層的にFM2をイメージしたのではなく、これまでFM2が築いてきた価値や存在感みたいなところをこのカメラで体現したい想いがありました。この想いも、ユーザーの皆さんに届けられたらいいなと思っています。
こういうクラシカルな外観にした場合、カメラが好きな方が見ると「これはこうあるべき」「なんでこうじゃないんだ」と色々な思いを抱くことがあると思います。私たちが作ってきたカメラを大事に想ってくださるのは非常にありがたことですが、一方でもっと自由にいろんな解釈でどんどん変えながら使っていっていいと思うんです。だからこそ、若年層の方やこれまでニコンを知らなかった方がZ fcを手にした時に、新しい使い方が生まれるんじゃないかと思います。
その一例ではないですけど、今回プレミアムエクステリアも用意しています。見る方によっては邪道と思われるかもしれませんが、でも、こういう色があってもいいじゃん、こういう楽しみ方があっていいじゃん、と提案したい想いがあり、思い切ってカラフルなカラー展開にしています。
加えて、今回化粧箱なども大きく刷新しました。既存のZシリーズではニコンの従来の化粧箱の高級感を意識したデザインを採用し、Z fcはそこから切り離し、化粧箱自体も飾っておきたくなるようなスタイリッシュなデザインに仕上げています。同梱されているリーフレットも、ただの説明書ではなく、持っておきたい、飾っておきたいと思えるようにデザイン面で工夫しました。こういったディテールからも、Z fcの世界観が伝わると思います。また、このカメラを愛せるひとつのキッカケにもなると思いますので、ユーザーの方には自分のグッとくるポイントをそれぞれの視点で見つけ、楽しんでいただきたいですね。「ニコンだからこうでなきゃ」「FMだからこうでなきゃ」といったことはありませんので、自由な見方でいいかなと思います。
ネルソン:箱を開ける前から喜びを感じてもらいたくて、通常のZシリーズとは一味違うデザインにしました。箱を開ければプレミアムエクステリアのリーフレットもあり、Z fcの世界観をトータルコーディネートしています。
ボディーもデザインが格好いいとか、可愛いとか、評価していただけて非常にありがたいのですが、FM2を真似たわけではない、表面的なデザインだけがポイントではないことを強調したいですね。ダイヤル一個一個とっても、そこに配置する理由があり、理にかなった機能美を感じ取ってもらえたら嬉しいです。
― プレミアムエクステリアへの反響はいかがですか
鈴木:正直、発売するまでは、受け入れてもらえるか、何これって思われるか、心配しました。プレミアムエクステリアのサービスも張り替えにしており、本当に利用してもらえるのか不安なところもありましたし、ニコンとしてもこういうサービスを展開するのは初めてでしたので、少しチャレンジングな企画でしたね。ですが、予想以上に良い反応で、「この色が好き」「自分だったらこの色を選ぶ」など話題にもなり非常にありがたいです。ペンタプリズム部分の革の色が変えられるのも大きな特徴ですし、カメラの印象もガラッと変わるのでぜひ活用してほしいですね。
― SNSなどデジタルでの写真の楽しみ方が主流となる中、Z fcが果たす役割をどうお考えですか
鈴木:私としては、これまでの写真の楽しみ方を見直すきっかけとなるような役割を、このZ fcが果たしてくれたら嬉しいですね。デジタルカメラが主流の昨今では、写真はデジタルで楽しむことが主流となり、逆にプリントされたものが新鮮になりました。スマートフォンで手軽に撮影し、情報のようにどんどん流れていき、見ないかもしれないけどストックしておく。そういう中で、簡単にキレイに撮れることも重要ですが、長い間カメラを作り続けてきた私たちのブランドが伝えたいことはそれだけではありません。
ダイヤルをいじる、ファインダーを覗くなど、一枚の写真に対して向き合って撮影したことがない方も多いですが、じっくり撮影してみると、「写真を撮るってこういうことなんだ」と感じることでしょう。もしかしたら、Z fcに興味をもっていただくきっかけは「なんか可愛い」「なんかオシャレ」というところからかもしれませんが、このZ fcを手に取って撮影する時に、そういうことを感じていただけたら嬉しいですね。
現状、カメラ市場はスマートフォンに押されていますが、Z fcを通してカメラならではの強みや価値を再発見していただきたいと思っています。
今後の展望について
― Z fcのような機種は今後も開発されるのでしょうか
ネルソン:個人的にはぜひやりたいと思っていますが、目先はZ fcをどうやって手に取っていただくかに集中したいと思います。
鈴木:どこまで企画できるか分からないですが、次のカメラを出すだけではなくて、例えばプレミアムエクステリアのようにカラー追加してみるとか、色々な展開のし方があると思うので、そういうことも考えながら、カメラ市場を盛り上げていけたらと思います。
「Z fc」レビュー記事はこちら
■ニコン Z fc レビュー|上田晃司
https://www.kitamura.jp/shasha/article/482757772/
■ニコン「Z fc」はブラブラスナップが面白い!|三井公一
https://www.kitamura.jp/shasha/article/483182915/