オリンパス OM-1N レビュー|撮影者の意思のみが写真表現として具現化されるフルマニュアルフィルム一眼レフ
はじめに
カメラといえば、もはやデジタルカメラのことを指すようになって、いく月年が経つ。それほどにデジタルカメラが一般的となっている令和のこの時代ではあるが、意外にも最近になり、かつては主流であったフィルムカメラの人気がとても高まっているという。
特に若い人たちの間では、アナログならでは画像の緩さや、デジタルにはない「手間」や「写真が仕上がるまでの時間」を楽しむ傾向があるのだそうだ。
ただ現在はすでに新品で手にいれられるフィルムカメラはごく少数に限られており、また手に入れられるにしても、かなり高価となってしまう状態だ。そこで人気なのが、かつて第一線で活躍していたオールドフィルムカメラだ。
ひと口にオールドフィルムカメラといっても最新のデジタルカメラと同様の機能を持つフルオート対応のカメラから、ピント合わせから露出設定までを、すべて撮影者がマニュアルで設定する一眼レフカメラまで多くの種類の製品がある。
フルオート対応のカメラは基本的な操作法をマスターしてしまえば、比較的誰でも簡単に使用できる手軽さはあるが、ピント合わせやフィルム巻き上げなどの操作を行うことの楽しみといった点では、現在のデジタル一眼カメラとあまり差がなく、これらを楽しみたい方は物足りなさを感じるかもしれない。
一方、ほとんどの操作を撮影者自らがマニュアル操作で行う必要のあるカメラは、クラシカルな見た目ともあわせて、カメラを自らの手で操作する楽しみを得ることができる。この点が現在フィルムカメラを求めている人々のニーズにマッチしたことで人気を集めているとのことだ。
今回紹介する「オリンパスOM-1N」は、まさにクラシカルなスタイルなカメラであると同時に、撮影に必要なカメラ操作の全てがマニュアルである一眼レフカメラだ。このOM-1Nは、そもそもは1972年にオリンパスから発売された「M-1」 、その直後の1973年に「OM-1」へと改称されたカメラのマイナーチェンジ機として1979年に発売された、OM-1シリーズ後期モデルとなる一眼レフカメラだ 。
内蔵露出計以外のすべてのカメラ動作が機械式であり電源がなくとも撮影ができる設計となっている。露出方式はマニュアル露出のみで、オート露出(AE)は搭載されていない。そのため撮影時には内蔵露出計によるファインダー内の針の動きで、適正露出となるように絞り値とシャッタースピードの組み合わせを撮影者が調整して撮影を行う。これらの点がこのカメラの大きな特徴だ。
オリンパスOM-1Nの主なスペック
■オリンパスOMマウント(バヨネット交換式)
■ファインダー:ペンタプリズム式 視野率97%
■ファインダー倍率:0.92倍(50mmレンズ・無限遠)
■シャッター:メカニカルフォーカルプレーン式
■シャッタースピード:B・1〜1/1000秒 X同調1/60秒
■フォーカシング機構:マニュアルフォーカス
■ミラー:クイックリターン式・ミラーアップ機構付き
■測光方式:TTL式 中央重点開放測光
■フィルム感度設定:ASA(ISO)25〜1600
■フィルム巻き上げ:レバー式 小刻み巻き上げ可能
■大きさ:幅136mm 高さ83mm 奥行き50mm(ボディのみ)
■質量:約510g (ボディのみ)
■電源:1.35V HD型水銀電池1個(製造完了のため互換品もしくはLR44/SR44変換アダプターで使用可能)
*メーカー発売時のデータを元にしています
OM-1シリーズは、それまでの一眼レフカメラと比べ、遥かに軽量コンパクトであったことからとても人気の高かったカメラだ。それまでの一眼レフカメラは大きくがっしりとした造りで重いものが一般的であったが、このOM-1では撮影者の掌の中に収まるサイズを目標として開発されたという。さらにカメラ全体のシルエットは「デルタカット」と呼ばれるもので、デザイン性を保ちながら手に当たる箇所の角を削ったフォルムとなっている。これも手に馴染みやすい要因のひとつだ。OM-1をはじめOMシリーズのカメラは比較的掌が小さめの筆者であっても実にしっくりとくるサイズとなっている。
OM-1Nのスタイルはとてもシンプルだ。正面から見るとストレートな長方形の箱の上部にピラミッド型のペンタプリズム部が載せられ、そこにカメラ本体の高さいっぱいになるほどの大きなレンズマウントが設けられている。完璧に無駄を排除したデザインだ。
カメラ上面には必要最小限のダイヤルおよびレバー類が配される。これらは小さな本体の割にはどれも大きく、操作性の高さを実現している。
OM-1Nのピント合わせはマニュアルフォーカスのみである。この頃の一眼レフカメラにはまだ実用に耐えうるオートフォーカスのカメラはなく、ほとんどのカメラがマニュアルフォーカスであった。
その代わりにファインダー倍率は大きく見やすく、またレンズを通した光によりファインダー内に像を映し出すフォーカシングスクリーンも、ピントの状態が掴みやすいものであったことから、見え方よりも明るさを重視している近年の一眼レフカメラと比べるととても見やすかったのだ。きっとマニュアルフォーカスでのピント合わせが初めての人でも、さほど悩むことなくピント合わせを行うことができるだろう。
レンズを取り外すとカメラ本体に対してマウントが大きいことが良くわかる。マウントの奥には一眼レフカメラであることの証ともいえるミラーボックスが存在する。レンズを通ってきた光がミラーボックス内のミラーによって反射され、それが上部のファインダースクリーンに結像することでファインダー内に像が現れる仕組みだ。
なおOM-1Nをはじめ、当時のオリンパスOMの1桁シリーズは、どの機種でもユーザー自身でフォーカシングスクリーンを交換することができるようになっている。フォーカシングスクリーンには標準のものに加え全面マット型や方眼マット型、マクロ撮影用など多種多様なものが揃えられていた。これはOMシリーズにはマクロ撮影から超望遠撮影まで、また顕微鏡との組み合わせといった特殊用途も含め幅広いシステムを構築していたことによる。ただし、現在これらを手にいれるのはもう難しいだろう。
カメラの裏蓋を開けた状態でシャッター速度をB(バルブ)でシャッターを開放したところ。シャッター幕が開くと同時にミラーボックス内のミラーが上部に折り畳まれることで、レンズからの光が直接フィルム面に届き結像する。これでフィルムに像を露光することができる仕組みだ。デジタルカメラではフィルムの位置にセンサーが搭載されるが、裏蓋を開けることはできないので、このような状態を見ることができるのはフィルムカメラならではだ。
OM-1Nにフィルムを装填。フィルムは裏蓋を開けてパトローネ室にセットしたうえで、フィルム先端を巻き上げレバーと連結した軸上のスプールの溝に差し込み巻き上げレバーでゆっくりと巻き上げる。このときフィルムが外れていないことを確認しよう。ここで外れてしまうとフィルムが巻き上げられず、何枚シャッターを切ったとしても撮影はできないので注意が必要だ。
フィルムの巻き上げレバー。親指に当たる箇所は滑らかな樹脂製で角もなく、巻き上げの感触はとても滑らか。レバーは小刻みで複数回に分けての巻き上げも可能。これによりファインダーから目を離さずに覗きながらの巻き上げもしやすい。シャッターボタンは巻き上げレバーの軸のすぐ前にある。押し込み量は深すぎず浅すぎず。人差し指を乗せて軽く押し込むとシャッターが切れる。シャッターボタンのロックはない。
なおシャッターの作動音はとても小さく振動も少ない。これもOM-1シリーズの開発コンセプトのひとつである撮影時の静粛さを実現したものだ。大きなダイヤルはフィルム感度設定用のもの。表記がASAとなっているがこれは当時の規格名称。現在のISOと数値は共通なので、使用するフィルムのISO感度数値に合わせれば良い。
カメラ上部左手側にある大きなレバーは内蔵露出計の電源スイッチ。ONの位置に合わせることでファインダー内の露出指針が稼働する。
ただしOM-1N自体はメカニカルシャッターなので、電源OFFでもシャッターもレンズの自動絞りも稼働するので撮影は可能。カメラ上面左端にはフィルムの巻き戻しレバー。装着したフィルムをすべて撮影し終わったら、カメラ前面の巻き戻しロックレバーをRの位置に回したうえで、巻き戻しレバーを回転させてフィルムをパトローネ内に巻き戻す。すべて巻き戻せたら巻き戻しレバー全体を上に引っ張り上げることでカメラの裏蓋が開放される。
なおフィルムがまだ完全に巻き戻されていなくても、巻き戻しレバーを引っ張り上げてしまうと裏蓋が開き中のフィルムが感光してしまうので、フィルムが完全に巻き取り終わった際のレバーの回転が軽くなったことを必ず確認したうえで裏蓋を開けるようにしよう。
カメラ前面部の大きなレバーはセルフタイマーレバー。レバーを最大位置まで回し、軸の小さなレバーをスライドすることで、ジーという機械的な作動音とともにおよそ12秒後にシャッターが切れる。セルフタイマーレバーを回す角度を加減することでタイマーの秒数を短くすることもできる。その上はフィルムを巻き戻す際のロック解除レバー。
エプロン部側面のレバーはミラーボックス内のミラーを持ち上げてロックするミラーアップ機構のレバー。これを90°回転することでミラーが持ち上げられた状態でロックされる。これはシャッター時に発生するミラーの稼働ショックを無くすためのものだ。
たとえばカメラを三脚に据えつけてスローシャッターで撮影する際などのミラー振動ぶれを抑制したい場合などに用いる。ただ、OM-1のミラーショックはとても小さなものなので実際の撮影でミラーアップさせて撮影することはほとんどないだろう。
OMシリーズでは一部機種を除きシャッタースピードダイヤルがマウント周辺部に配置されている。他のメーカーのカメラにはほぼ見られない独創的な点だ。これは左手だけでシャッタースピードダイヤルを操作することができる位置でもある。
同じくレンズの絞りリングも左手で操作できるので、右手は人差し指をシャッターボタンに添え、掌でカメラをホールドした状態とし、シャッタースピード・絞りは左手のみで操作できるというメリットがある。これに一度慣れてしまうと、一般的なカメラ上面に位置されているシャッタースピードダイヤルの操作性の悪さに、我慢できなくなってしまうほどだ。
OMシリーズと組み合わせるオリンパスのズイコーレンズは、当時から高性能なレンズであると評価が高い。レンズ着脱ボタンはカメラ側にはなく、レンズのマウント側の上部に設けられているので、片手で着脱ボタンを指で押さえたままレンズを回転し、取り外すことができる。
ズイコーレンズのマウント側下部に設けられた絞り込みボタン。このボタンを押すことで一時的に設定された絞り値に絞りが動作する。これはファインダーを覗きながら実絞りまで絞り込むことで、撮影時の被写界深度の確認するための機構だ。
OM-1ではクリップオンストロボを使用するためにはアクセサリーシューを装着する必要がある。これはカメラのデザインを優先させたために、あえて外付けとすることになったためとも言われている。
ただしアクセサリーシューはOM-1とOM-1Nでは使用できる型番が異なるため注意が必要だ。なおOM-1Nでは純正専用ストロボとの組み合わせ時に、ストロボチャージ完了をファインダー内で知らせるランプを点灯させることができる機能が追加されている。
OMシリーズには早い時期からさまざまなアクセサリーが用意されている。モータードライブやワインダーといった自動フィルム巻き上げができるアクセサリーも代表的なアクセサリーだ。現在でも時折動作するものにお目にかかることもあるので、その際は手に入れてみるのも一興だ。
ただし初期のOM-1にはモータードライブ/ワインダーを装着するためにはカメラ底板の交換が必要なものもあるので注意が必要だ。OM-1(MDバージョン)とOM-1Nでは標準状態でモータドライブ/ワインダーを装着できるようになっている。
モータードライブ/ワインダーを装着する際にはカメラ底面の接続部の蓋を取り外して、内部のギアとモータードライブ/ワインダーの連動つまみを連結させる。
OM-1シリーズでは露出計を動作させるためのボタン電池が必要。カメラ底面の電池室に電池を入れる。ただし本来使用する1.35V HD型水銀電池はすでに製造完了となっているので、同等の互換品もしくはLR44/SR44電池をHD型の代わりとして使用できるようにする変換アダプターを使用することで、露出計を動作させることができる。
この頃のフィルム一眼レフカメラでは、シャッターボタンを指で押すかわりにケーブルレリーズを装着してシャッターボタンを押すこともできる。最近のカメラは一部の製品を除き、ほとんどが電気式のスイッチとなっているので機械式のケーブルレリーズが使用できるカメラを見たことがないひとも、もはや少なくはないだろう。
OM-1Nでの作例写真
OM-1Nは一眼レフカメラとしては軽量かつコンパクトなカメラだ。そのおかげでカメラを構えていてもあまり目立たずに撮影ができる。これはスナップ撮影ではとても大きなメリットとなる。そこで今回はおもに日常のなかで行ったスナップ撮影の作例を紹介しよう。
*OM-1Nで撮影したネガフィルムを現像後にデジタル化(カメラのキタムラ フィルム現像&スマホ転送サービスを利用)
撮影者の意思がそのまま写真に反映されるフルマニュアルカメラ
今回紹介したオリンパスOM-1Nは、これまで発売されてきた数多のフィルム一眼レフカメラのなかでも、とてもシンプルなカメラのひとつだ。シャッター機構は完全機械式のメカニカルシャッターであり、露出方式は撮影者の意思をそのまま反映するマニュアル露出のみ。ピント合わせもファインダーの像を見ながら自らレンズのフォーカスリングを回して合わせる必要があるマニュアルフォーカス方式のみと、カメラ任せでは何もできない不自由さがある。今のカメラに慣れ親しんだ人だと最初は戸惑ってしまうかもしれない。
しかし言い換えれば、すべての設定値を撮影者自身が望み選択し撮影することは、撮影者の意思を写真に込めることにつながる。時には設定を間違えてしまうこともあるかもしれないが、それもまたフィルム写真特有の描写と合わせて、最新のカメラでは得にくい「ゆらぎ」を楽しめる良い機会であると考えると楽しめるはずだ。
OM-1Nは他のフィルム一眼レフカメラと比較しても軽く小さく、実に手の中で収まりがよい。そして見やすく倍率の高いファインダーとあわさることで、心地よい没入感を提供してくれる。これにより初めてフィルム一眼レフカメラを使用する人でも、きっとすぐに馴染めるはずだ。
実はこのカメラは筆者自身が写真を始めた学生時代から愛用している機体であり、これまでにありとあらゆる被写体を撮影し学んできた。それだけに今でもこのカメラを手にするといつでも初心に戻ることができる。このカメラと出会えたことで、いまの写真家人生があるといっても過言ではないだろう。
OM-1Nは発売からすでに40年以上が経っているが、当時の人気から出荷台数も多かったことで今でも中古市場では比較的手に入れやすく、また価格も手頃だ。これからフィルムでの撮影を始めたいと思われている人にもおすすめできるオールドカメラだ。何より撮影していて心地よさを感じることができるカメラというものは、とても良いカメラだといえる。
このレビューをご覧いただきOM-1Nに興味を持たれた方は、ぜひ程度のよい機体を探してみてはいかがだろうか。
■写真家:礒村浩一
広告写真撮影を中心に製品・ファッションフォト等幅広く撮影。著名人/女性ポートレート撮影も多数行う。デジタルカメラ黎明期よりカメラ・レンズレビューや撮影テクニックに関する記事をカメラ専門誌に寄稿/カメラ・レンズメーカーへ作品を提供。国境離島をはじめ日本各地を取材し写真&ルポを発表。全国にて撮影セミナーも開催。カメラグランプリ2016,2017外部選考委員・EIZO公認ColorEdge Ambassador・(公社)日本写真家協会正会員